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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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生きた意思

どくん、と心臓が大太鼓のように鳴った。


衝撃で息が苦しくなるほどだ。





「それ、は……」

「またまた、分かってるくせに訊く必要ないだろう」


アラムは愛おしそうに瓶に口づけをする。恋人を相手にでもしているようだ。

初めて彼と会った時も、この男は今のようにこの胸やけがするような赤黒い液体を大切に持っていた。あの時見た時と同じ瓶、同じ色。中身はきっとその時と同じものだ。

それをケルナーに飲ませたと言う。







アクア族の血を。







「…それが、国王が望んだことだと言うんですか」

「勿論。嫌がらせなんかでこんな貴重なものあげるわけないだろ?僕にとってもこれは命と同じなんだから」


アクア族の血には延命の効果がある。

永遠を望んだケルナーにそれを飲ませたのだ。与えられたのは永遠ではなく延命で、死から逃れる代わりに生きる苦しみを継続させる方法に過ぎない。


「国王が望んだのは永遠でしょう?」

「それはそうだけど、この人本当なら老衰で数年前に死んでるはずなんだ。それをこの血で延命してあげた。僕の薬はまだ永遠を与えることは出来ないから、とりあえず死から遠ざけてやった。薬が出来上がればちゃんと永遠をあげるつもりだから心配しないでよ」

「老衰でって…、国王は今一体何歳なんですか」


誰もそう思わなかったのか。

筋骨隆々で、国の長である前に武人だと知らしめるこの身体が、一体何歳の人間が所持しているものなのだろうと。


一体、いつからこの状態なのかと、




「百三十」

「!」




誰も、


誰も不思議には思わなかったのか。




国民を想う王が、人々の前に顔を出さなくなって一体どれくらいの時間が過ぎたのか。

国を想う王が、主となって一体どれくらいの時間が過ぎたのか。

その間に生まれた命が終わってしまったこともあっただろう。

その違和感に誰も気付かなかったというのか。




「ケルナー国王は元々体格にも恵まれ、百を越えてからも普通の人間なら衰えていく筋肉が殆ど落ちなかった。ただやっぱり人間は人間であることには変わりなく、百二十を越えれば齢を追うごとにみるみるやつれていく。僕が出会った時は骨と皮だけのミイラのような状態だったよ」


緋彩はもう一度ケルナーの姿をよく見る。やはり動いてはいないし、声も発しはしないけれど、ミイラとは違う。筋肉も皮膚も粘膜も健康そのもので、寧ろ動けば勇ましい武人だと疑いもしない。


「アクア族の血は延命の効果があると同時に細胞も活性化させ、再生もする。勿論それは永遠ではないから飲み続けなければまた元に戻ってしまうけどね」

「だから、百三十を越えても彼の全盛期のような身体つきをしていると」

「そう。…普通、周りはおかしいと思うけどね。幸か不幸か、ルーク国は国を強くしたケルナー国王に心酔中だ。誰も彼がいなくなることは望まないし、いなくなることを受け入れもしない。違和感に気付いたとしても、見て見ぬ振りするのが人間の恐ろしいところだよね」


受け入れられないものは信じない。

勝手で利己的でご都合主義の面倒で恐ろしい生き物。それが人間だ。




「でも、全てがそうではないですよ、アラム」




目に映るもの全てを信じ、起こったこと全てを呑み込み、これが現実だと両手を広げて受け入れるなんて、そんな強靭な精神を全ての人間が持ち合わせているなんて思わない。そんな人間がそうそういるとも思わない。





けれど。





「……と、言うと?」


アラムは首を傾げながら僅かに目を細めた。笑みを深くしたようにも、消したようにも見えるが、彼の感情はそこには表れていない。


「あなたは馬鹿な人間を皆馬鹿だと思って見ているでしょうけど、それはあんたの目が腐っているからですよ」

「…ほう?何か違うと?」


アラムはそんな人間を見ているのが楽しくて、面白おかしくて、忌々しくて、馬鹿らしい。まるで同じ生き物ではないと蔑んでいる。

だから、何も見えていないのだ。







「あなたが…国王が見えていない世界には、染まらない意思というものがあるんですよ」







この国で、


家族を取られ、生活を取られ、


それでも自分と家族が帰る場所を残し続けてきた人がいる。


絶望しか見えない未来にいつか光が宿ると信じ続けた人がいる。


藻掻いて、藻掻いて、藻掻いて、


傷ついて、傷ついて、傷ついて、


一人で泣いて、


やっと手にした光を抱きしめて、












「ヒイロ!」













泣いた痕など気にもしないで、ルーク国に残った染まらない意思は扉を開け放った。






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