国王の望み
かつてルーク国は、戦争となれば勝利を収め、貿易となれば全て黒字を叩き出し、武力、知力、世界の名立たる有力者が集まるような強国であった。そこで成果を収めれば世界を制したも同じとまで言われていた。力ある者には報酬を、成果を出した者には権力を。誰でも一騎当千のチャンスがあるものの、当たらなければ人間らしい生活すら与えられない、格差の厳しい世界だった。
それが段々と衰退の一途を辿り、それほど国の名が目立たなくなった現在においても、階級制度が顕著にあるのはその時の名残だろう。
現国王ケルナー=ベンはそんな時代から何代も後の統治者だ。政は慎重に進めていくタイプである。
昔の国の歴史は理解しているが、今は何かとハラスメントが厳しく取り締まられる時代である。世間のニーズには応えていかねばならない。だが、ゴリゴリの実力主義の昔も特別悪いとは思っていない。格差が激しいと言われていた時代も、言い換えればチャンスは平等に与えられていたはずだが、結果が芳しくなければ不平等だと声を上げる人達がいたからこそ、そんなやり方は間違っていると判断されてしまった。
歴代の国王達は、それを許してしまった。
全ての人間の同意を得ることは不可能だとしても、要は政を阻む声を宥める、若しくは変えさせれば全ては上手くいくはずだ。パワハラだとかモラハラだとか認識されぬよう、慎重に、穏便に。
そうして出来上がったのが今のルーク国だ。
ケルナー自身、我ながら良い出来だと思っている。国が潤えば人が増える。人が増えれば国は大きくなる。その為の奴隷制度はなかなか妙案だった。私利私欲の為に奴隷を作っているのではない。全ては国の為、国民の為なのだから、何が悪いことがあろうか。
しかも奴隷には国に害を及ぼす人間たちを連れてきている。謂わば悪影響の人間を間引いているのだ。上手く回っている国の制度を崩そうとする者、浸透した思想を変えようとする者、国を回すための奴隷を撤廃しようと言い出す者。全て、全て悪政の根源を排除しているのである。
国民にとっていい王様であろう。国にとって欠かせない王様であろう。国のトップに立つからにはそうでなければならない。
人が幸せである国を作るのだ。
「あなた…が、王様…?」
緋彩は目の前の光景にそれ以外の言葉を失った。
王らしい服、王らしい装飾品、王らしい体格、王らしい家具に王らしく座っている。何もかもが王であると主張しているのに、それは何故王かどうか疑う疑問が浮かんできてしまうのだろうか。
アラムが王に耳打ちするようにそっと顔の左半分を寄せる。三日月形の目と口は、今から悪魔の囁きを呟くかのようだ。左半分だけの彼は、有名雑誌モデル顔負けの美少年。そんな顔を寄せられては勿論誰であろうと見劣ってしまうのだろうが、並ぶ二つの顔は美醜の問題ではない、明らかな差がある。
「こちら、間違いなくケルナー国王でいらっしゃる」
にんまりと笑うアラムがそう紹介した国王は、『うむ』と確かに返事をした。いや、そう見えた。声は聞こえない。
恐らく声など出せない。
だって、人形のようにどこも動いていないのだ。
「…アラム…、あなた一体この人に何をしたんですか」
「そんな怖い顔しないでよ、アマノヒイロ。僕はただ国王の願いに手を貸しただけだ」
「願い?…この姿が?」
玉座に勇ましく座り、背筋を正したまま眉一つ動かさない。比喩でも何でもなく、瞬きすらしないのだ。それなのに呼吸はしているのか、短く生やした口髭が少しだけ靡いている。ただそれが、生きていると言っていいかどうかは分からない。
痛がっているわけでも、苦しんでいるわけでもない。ただただ王らしく凛々しい表情を浮かべたまま固まっているケルナーは、動いてさえいればさぞ裕福に、豪勢な暮らしをしているであろう見た目だった。動いてさえいれば。
「この人は素晴らしい王だ。国民の為に誰よりも王であろうとする意志が強い。人を動かす力もピカイチ、弁が立ち、剣の腕も一流だ。自他ともに認める国王らしい国王。彼は自分にも国にも永遠を願った。自分が永遠であれば国が永遠である。昔のような強国と言われた国の力はいらない。だから、今のルーク国が永遠であれ、と」
「……永遠なんて、」
「だから僕は彼の望みを叶えてあげた。いや、まだ完全には叶えてあげられていないけれど、近い将来叶えてあげられる」
「何を……、したんですか」
じれったく、遠回しな物言いに血液が沸騰してしまいそうだ。
「何をって」
剥き出しの左顔面が狂喜に歪む。
「これを飲ませたよ?」
女性のような細く美しい指で持ち上げられたのは、赤黒い、粘着質な液体が入った瓶。