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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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闇の囁き

緋彩の口から名前が出てきたことが余程嬉しかったのか、アラムは半分だけ形の良い唇を引き上げてにんまりと笑う。

筋繊維が露出している右手が緋彩の頬に添えられ、大切な人形でも愛でるかのように撫で回す。人の体温がこんなに嫌悪感がするものだと思ったのは初めてだ。


「…何であんたがここにいるんですか」

「それはこっちからも訊きたい質問だ。キミはここで何をしている?」


アラムの様子からするに、ここで出くわしたのは偶然のようだ。何かの策略で意図的であればそちらの方が気味が悪いが、これはこれでアラムによって仕組まれたことではないかと思ってしまう。こんな含みのある笑みを浮かべるこの男が悪い。


「私が何をしていようと、あんたに関係ないでしょう」

「ははっ、そりゃそうだ。関係ない。答えてもらったところで特に興味はないから答えなくていいよ」


余計な質問をした、とアラムは心無い謝罪を零す。そして緋彩から離れると、コツコツと靴音を立て、緋彩が転がる地面より数段高くなった場所へ登っていった。よく見れば地面は大理石の冷たい床。くっつく顔が反射するほど綺麗に磨かれているので、ここで立ち上がったらきっとパンツ丸見えだ。緋彩は身を起こしたが、暫く立ち上がれない振りをしておこうと思った。

第一、ここは何処なのか。目を細めるほど高いが、天井があるということは屋内であるようだ。鉱山で兵士たちに殴られたり蹴られたりしたところまでは何となく思い出せるのだが、そこから先の記憶がぼんやりとしている。絶対に気絶するもんかと意気込んでいたのに、知らないうちにここに運ばれたということは、多分意気込み虚しく気を失ってしまったのだろう。

気を失ってしまった理由が問題だ。殴られても蹴られても確かに痛いけれど、その瞬間を我慢すれば気を失うほどではない。骨が折れても内臓が破けても時間が修復してくれるのだから。それでも間に合わず、意識を保っていられなかったということは、たった一つしか原因が思い浮かばない。


「…あー…」


緋彩は、自分にしか聞こえない声量だったが、嘆く声が無意識に出た。

やってしまった。死んでしまったのだ。

そう自覚してからは、散らばったビーズを掃除機で吸い込むように記憶が蘇ってくる。

剣で何度も、何度も刺された。

心臓も、肺も、胃も、腸も、多分形を成さないくらいに何度も。

滅多刺しなんて生ぬるいものじゃない。ミンチにしてハンバーグでも作るのかと思ったくらいだ。



そんなに緋彩はあの兵士達の恨みを買っていただろうか。

出会ったその日に、ハンバーグにしてやろうと思わせるくらい、何をしてしまったのだろうか。






「で、アマノヒイロ」

「!」






アラムの呼ぶ声に、緋彩ははっとする。考えなくてもいいこと、考えても仕方ないことまで思考を巡らせていた。

今考えなければならないことは他にある。


「キミがここにいる理由はどうでもいいとして、キミに出会えたことについては、僕は実に運がいいみたいだ。神様ってやつに感謝するよ」

「じゃあ私の運勢は最悪だったんでしょうね。星座ランキングワースト一位、そんなあなたに捧げるアドバイスでも頂きたいものです」

「何の話かな?」

「朝の番組の話です」


勿論アラムには通じていないが、彼には最初から緋彩の話などまともに聞くつもりなどない。何より自分が大事なのだ。会話をしているようでしていない。目が合っているようで合っていない。意思が通じているようで通じていない。

緋彩も、この男に話が通じるとは思っていない。


「それで、ここは何処なんです?あんたがここにいる理由もそうですが、私は一体何故今この状況に晒されているですかね?」

「あれ?分かってなかったの?絶望した顔してたから気付いているのかと思ってた」

「他人の顔見て楽しんでないで答えてください」


緋彩が困れば困るほど、落胆すればするほど、苦しめば苦しむほど、アラムの笑みは深くなっていく。まるで栄養を吸い尽くす動植物かのようだ。そしてそれに反応すれば尚更、アラムは上機嫌となっていく。出来るだけ無反応、無表情、冷静、不愛想を努めた方が良さそうだ。そう、ノアの真似をした方が良さそうだ。


「ここは城の中だよ、アマノヒイロ」

「城…」


特別秘匿にするつもりはないのか、アラムは素直に答えた。

緋彩は城と言われて周りの景色に納得する。ピカピカの大理石に高い天井、ありとあらゆるところに施された金銀の装飾は全て美術館に展示されているようなものばかりだ。


そして、アラムが立っているその場所も、ただ段差があるだけではない。


「僕はたまたまこの城に用があって暫く滞在していたんだけどね、そんなところに殺しても殺しても死なない少女がいるって聞いた。まさかとは思ったけど、やっぱりキミだった!これは運め」

「運命じゃないです偶然です。…それで、あんたが私に求めることは一つしかないでしょうが、この城に用って何ですか?何を企んでます?」


答えてくれるかは半信半疑だ。ニヤニヤと緩い表情ばかりの男だが、何も考えていないわけではない。自分の非になるなることは言わないだろうが、逆にそうでなければ素直に答えるだろう。分かりやすい、二つに一つだ。

緋彩の質問にアラムは、媚びを売るかのように小首を傾げ、無邪気と邪気でいっぱいな笑顔のまま言った。









「薬を作る材料、ここで手に入れるのがちょうどいいと思ったから」


「………」








緋彩はピクリと眉を動かしただけだ。

一ミリも驚かなかったわけではない。だが全く予想できなかったのとも違う。怒りを抑えることも、困惑を誤魔化すことも、苦しみに耐えることも、もう慣れた。




「……この国の国王の様子がおかしくなったというのは、あんたの所為だったんですね、アラム」




緋彩は決して表情に何も表してはしないけれど、声は彼女の物とは思えないくらい低い。これでも最大限ノアの真似をしたのだ。これ以上は血管がブチ切れてしまう。


「国王…、国王、ね。おかしくなったという噂は聞かないでもないけれど、それが僕の所為だというのはあまりに酷いんじゃないかな?僕はただ助言をしただけなんだが」

「確かに元のルーク国だってまともな国だとは思っていません。奴隷の存在、人間の価値を決める制度、反吐が出ることばかりですが、その中で”永遠の奴隷”を求めだしたということは、明らかに毛色が違う政策です。…一体、あんたは国王に何を言ったんですか」

「別に、大したことは言っていない」


ふふん、と鼻歌でも歌うかのような雰囲気で、アラムはクルリと身体の向きを変える。そしてまた靴音を響かせ、背後にあるカーテンのような暗幕のような分厚い布をそっと右手で掴んだ。


「僕はただ国王に、僕なら永遠に動き続ける人間を作れると言っただけだ」


大したことじゃないと繰り返すアラムは右半分で緋彩を見、左半分はカーテンの中に意識を向けた。少し揺れた布の隙間から、人の足が見えた。明らかに大人の、それも武人であろう体格の良い男の足だ。




そして、アラムが掴んだ布が、もったいぶるようにゆっくりと端に引かれた。







「ねぇ、国王?」


「っ!」







それを目にした緋彩には、もうノアの真似などしている余裕はなかった。





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