悠長なこと言ってられないほど
アリアが通ってきた隠し通路は、有事の際の逃走経路であり、外に繋がっている。緋彩のお陰で無事鍵を手に入れたアリアは、通路を使ってそのまま鉱山まで向かおうとしていたが、外の尋常じゃない騒ぎにノア達が来たことを察した。
遅かれ早かれ、彼らは来ると思っていたのだ。
「良かった。私の勘が当たって」
「勘?」
人一人がやっと通れるくらいの狭い通路を、ノア、アリア、ローウェンの順番で掛けていく。ノアは無言で進むだけだが、代わりにローウェンがアリアの呟きに応えてくれる。
「あんたたちは絶対私達を追ってくると思ってた」
「うん?何で?」
「だって、ローウェンはともかく、ノアはヒイロがいなくなったら放って置かないだろ?」
「あー…」
何の他意もないアリアの感想に、ローウェンは肯定も否定もしなかったが、納得という反応をしてしまう。瞬間にノアの瞳孔が開いた目を向けられた。否定なら自分でしたらいいのに。
「…ま、まあ、ノアとヒイロちゃんは特別な関係だしね。ヒイロちゃんに何かあるとノアも困るんだよ、いろいろとね」
「困る?」
「余計なこと言うな、ローウェン」
これ以上話すと不老不死のことまで明かすことになる。その手前で、ノアはやっと口を開いた。同時に、後ろのアリアに容赦ない冷たい視線をぶつける。
「お前には関係ない。詮索するな」
「関係ないことないだろ。ヒイロが捕まったのは私の責任でもあるし、ヒイロに何かあるってことがお前にとっても関係あることなら、私も無関係でいられない」
「面倒くせぇな。何でお前もヒイロもそんなに人の事に首を突っ込みたがる?放っておけよ」
関わろうとするから、無関係で済まされたものに関係が出来てしまう。良いことも、悪いことも。
今回だって全てアリアが悪いとは言わないし、寧ろ首を突っ込んだ緋彩に非はあるが、関わらなければこんなことにはならなかった。
痛い思いも、苦しい思いも、しなくて済んだのだ。
「それはお前だって同じだろ」
「!」
僅かに見開いたノアの目には、今更何を言い出すのかとでも言いたげな、きょとんとしたアリアの顔が映り込んだ。
「ノアだって今ここにいるってことは、自分から首を突っ込んだってことだ。不本意かもしれないけれど、確かにお前は自分の意思でここにいる。ヒイロを助けに来ている。…無視することだって出来ただろ?」
「………」
自分の所為で陥った状況に、偉そうなこと言えないけれど、とアリアは眉を下げる。けれど、ノアからの反論はない。
「この前だって、ヒイロと口論になったのは、お前がヒイロを心配していたからだ。本当に面倒なら黙っておけばいい。勝手に動く無邪気なヒイロを、そのまま野放しにして、何があっても自分の責任だと言い張ればいい」
「……お前に、何が分かる」
「知らねぇよ。お前とヒイロがどんな関係かは分からないけど、少なくともお前はそうしなかった」
アリアは黙るノアの腕を掴み、無理矢理振り向かせる。思わず足を止めたノアは、敵意とも取れる目で見下ろした。小柄なアリアには、ノアの身長は顎を上げなければならないほど差がある。
けれど、眼差しの強さは対等だった。
「大切に思っているものに、無関係なんて言ってられないからな」
アリアが緋彩に感じたこと。
人に真っ直ぐで、自分には回り道で、感情的で単純で頭は悪いけれど、決して心は弱くない。
ともすれば、どんなに強固に鍛え上げられた武人よりも強靭で、何物にも代えがたい唯一の心を持った存在。
きっとそれは、どんな冷酷な人間でも目を逸らせない。
文句を言いながらでも失えないと思わせてしまう。
彼が動く理由は、そう感じているからだとアリアは思っている。
***
何度心臓に穴が穿たれたか分からない。
分からないくらい刺されているはずなのに、少女は血塗れのまま、息をしている。
「…は……、…な…、んだよ、こいつ。どういうことだよ…?」
目の前で起こっている信じられない惨状。自分達が起こしたということも忘れて、大の男達が震えていた。
「お、おい…、こいつまさか、国王様が探してるっていう…」
「は…?そんなはずねぇだろ。俺はそんな奴がこの世に存在してるなんて、本当のところ信じちゃいねぇからな…!」
「で、でも…こいつ確かに…」
ようやく気を失ったものの、胸に出来た穴は血が付いているだけで塞がってしまっているし、脈も触れる。
どう考えても、正常の人間の状態ではなかった。
「と、とにかく国王様まで報告だ!これ以上はこっちの判断で動くと、俺らがどんな処分を下されるか分からねぇ!」
「ふ、ふざけんな。そんな人間がいてたまる…、…っ!?」
「な、何だ!?」
信じられぬ光景。まだ理解が追いついていないのに、状況は待ってはくれなかった。
突如として穴の外は騒ぎが起こり始める。
男女の奴隷が騒ぐ声。恐怖や驚きや、困惑にも聞こえた。その中には確かにいつもは蔑むだけの兵士達の声も混ざっている。
「な、何だ!何が起こった!」
「た、大変です!」
混乱の中から報告に来たのか、若い兵士が一人、穴の外から顔を出す。こちらも、信じられないという表情を滲ませていた。
「侵入者が、奴隷達を逃しています…!!」