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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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囮の延長

ザパーッと波にでも打ち付けられたような水が顔に当たる衝撃。波の方がまだ優しい。時には牙を向く自然の方が、わざとではない分まだ許せる。

意思のある人間が生み出す感情の方が余程恐ろしい。


「げほっごほっごほっ!」

「おらっ、ちゃんと飲めよ!」

「っ!」


つい先日まで、飲み水に困っていたのは確かだが、こんな形で与えられることは望んでいない。尤も、あの時であれば喜んで飲んでいたかもしれないけれど。

緋彩は連れて行かれた奥の一角、自然に出来たか人工的に作られたかは分からないが、洞窟のようになった岩場の穴でほぼ宙吊りの格好で四方八方から水攻めに遭っていた。ルーク国はルイエオ国のように干からびた国ではないけれど、それでもこの奴隷が収容される場所では、水は貴重なものである。貴重な資源というよりも、奴隷達に与えられる飲食物自体が貴重であるということである。意地の悪い笑みを浮かべた兵士達の弁によれば、そんな中でこれだけ水を与えてやっているのだから有難く思え、ということらしい。

細菌だらけの泥水など飲めはしないのだが。


「っげほっ!ごほっ!…っ!」

「俺ら兵士様達に楯突くとはいい根性してんな…?」

「…な、に…を、」


武骨な手で顔を鷲掴みにされたかと思うと、それはすぐに緩んで、そっと首筋をなぞる。気温の所為ではない寒気が一気にぞわりと背筋を這い、鳥肌を立てさせた。人の体温が肌に触れるという感覚が、こんなにも気持ちが悪いと思ったのは初めてだ。

三日月型に歪む兵士達の目と口が、気味が悪い。


「俺らに逆らったらどうなるか思い知らせてやるだけだよ。なに、何もお前だけにこんな罰が下るわけじゃない。皆平等、安心していい」

「平等…?…それはどこの世界の話ですか」

「お前ら奴隷が思い描く世界など俺らには関係ない。この国の未来ある世界のためにただ働く。それだけがお前らの目指す世界でなけれならない」

「……お話になりませんね」


話が通じない。こいつらはどこを見ているのか。どの世界に身を置いているのか。反吐が出る。

考えるのも馬鹿らしく、目も合わせたくないと地面を睨んでいたら、そんな緋彩の態度が気に食わなかったのか、首で止まっていた兵士の手に力が入る。


「っ、」

「…お前、つくづく反抗的な女だな…?」


ギリ、と皮膚に爪が食い込み、喉を絞める。気管を圧迫し、血管を潰し、骨まで歪ませようとする。


「…っ、…っかは…っ!」

「顔は極上だからな、ちゃんと優しくしてやろうと思ったけどよ。やっぱ女は中身も良くねぇと駄目だな!」

「っ、や…!」


右手は首を絞め、左手は襟元を掴んで服をビリリと引き裂いた。

松明の火がたった二つ燃えるだけの明るさの中で、下着だけとなった緋彩の身体は発光しているかのように白かった。

水を浴びせ続けられたことによる体温の低下、強気なことを言っていても結局は敵うはずもない男達の力に対する絶望感。こんなことをされているのが、少なくとも今日、緋彩以外に三人は見かけたという事実。様々な要素が混じり合って、緋彩は血の気を失っている。


ただ、同時に屈したくないという熱さも。




「…っ、男、だっ…て、中身重要でしょう…っ!」

「あ?」

「こっちだっ、て…、選ぶ権利くらいある…っ、つーの…。あん…、た達みたいに、ブスでクズでどうしようもない変態ども、こっちから願い下げですよ…!」

「…んだと…」


ビキッ、と緋彩を掴んでいた兵士のこめかみに太い血管が浮き出る。


「あんた達が…、自由にできるのも今のうちです…から、ね…。今のうちに思う存分、今を楽しんでいればいいです、よ…!」

「こ、んの、アマ…!」


ギリギリ声を発することができる状況の中、緋彩はさも余裕とばかりに不敵に笑ってみせた。血が止まって真っ赤になった顔と、相反する白い首から下。何も抵抗などしていないし、出来もしないのだが、彼女は臆することを知らなかった。


もう少し。


もう少しだ。


あと少し、時間を稼がなければ。


一人でも多く、見張りの兵士をここに留めておかなければ。




「こ、…怖い顔したって無駄、ですよ…。私、は…、普段もっと怖いもの見てます、からね…」




アリアが鍵を手に入れて、ここの奴隷を解放するまで。




「生憎…、そっちは超絶イケメンなので勿体無いとは思うんですけどね…」




アリアが、両親と再会するその時まで。




「…お、男は…中身、ですからね…。あれだけ顔が良くてもねじ曲がった性格でプラマイゼロです…」

「…は…?何を…」

「でも、」




だから、アリア。







「あんた達よりは百万倍マシ」







早く







「……っ!…黙れこの女…!」







早く、



この意識が落ちないうちに、








「や、…────あ…!!」








犯されてしまう前に。









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