つるはしの使い方
ガキンガキンと金属が地面を崩す音。同時にバシバシと鞭が叩きつけられる音も重なった。呻き声と怒声、泣き声と罵声。人がその辺に転がっているのに、誰も気にかけないのは、もう息絶えているからだろうか。ここでは人権どころではない。人は動く道具として扱われ、使えなくなったら捨てられる。
地獄よりも目を背けたい光景が広がっている。
「お前はここから向こう、今あの茶髪の男が掘っている所までが担当範囲だ。終わるまで休むなよ」
「…休むなって…。こんなの筋骨隆々男だって一週間はかかるでしょ…」
「あ?何か言ったか?」
「いーえ。何でも。仰せのままにぃー」
茶髪の男といっても、その男が点でしか見えないくらい遠くにいる。茶髪かどうかは分からない。兵士の視力に驚きだ。
緋彩は渡されたつるはしをヨイショと持ち上げる。あまり大きくはないのにかなり重い。気合いを入れて振り上げる。
「おっ、と…ととととととととと!?」
「うおっ!?てめぇ何しやがる!?」
「あ、すみません。新人なもので」
重みでバランスを崩し、通り掛かった兵士の首を掻っ切るところだった。避けてくれて本当によかったと思っている。
兵士は気を付けろ!と青褪めた顔色で去って行ったので、もう一度手に力を込めて挑戦を図る。僅かしかない筋肉を叱咤し、何とか頭上まで持ち上げたつるはしをエイヤ、と振り下ろした。
「あっ」
「ヒイッッッ!!!!」
「失礼。新人なもので」
「てめぇ殺す気か!!」
「ハハハ。そりゃあんたたちの方でしょうよ」
「あん!?」
狙いが定まらず、振り下ろした先は目的とは百八十度ずれた場所。またも通り掛かった兵士に一発お見舞いする所だった。つるはしを持った緋彩には近付かないほうかいい。怪我するぞ。
山に芝刈りにも川に洗濯にも行ったことのない緋彩には、こんなアナログな作業は難しい。いつか人を殺しかねないのだけれど、拒否したらしたで多分殺される。いや、死なないのか。死なないのなら拒否してみてもいいが、その時は殺される打撃を食らうと思うので、ノアに影響が出て結果的に緋彩はノアに殺される。どっちにしろ無事では済まされない。
総合的に考えた結果、緋彩はつるはしを振り下ろすのではなく、地面に突き刺したまま熊手の如く削るように使う方法をとった。
だがそれは当然、楽をしているようにしか見えない。巡回している兵士の目には特に。
「おい女、てめぇちゃんと働けよ!」
「ちゃんと働くために考えた結果、こうなったんですが?」
「何で偉そうなんだよ。ふざけんな」
「大真面目ですが。殺されたくなければ放っておいてください」
「はあっ!?何だとコラ!」
「っ!」
どっちが悪役か分からない台詞を吐けば、それはこうなるに決まってる。
額に青筋を浮かべた兵士は、緋彩の髪を引っ掴み、ぐんっと自分の方へ引き寄せた。
「いっ…た…」
「お前、今日入ったばかりの噂の新入りだな?」
「噂って…、どこでそんな…」
「無謀にも城に潜入しようとしたってな。最近はそんな奴は少なくなってきたからな。そんなことをすればすぐ噂にもなるさ」
「はあ」
転入生は何かと噂になりやすい。
それを考えたらアリアは一度目に城に攻め入ろうとした時、よく無事に逃げ果せたものだ。あの足の速さあってのことだろう。
「とにかく、さぼっている者には罰が必要だなぁ?」
「………」
転入早々、やらかせば目立つ。緋彩としては真面目に大人しくしていたつもりなのに、いつもこうだ。気を付ければ気を付けるほど何かとトラブルを引き寄せてしまう。
ノアがトラブル女だと罵ってくる理由も分からないでもない気がする。
何にせよ、こんな所にいる時点でそら見たことかと怒られるに決まってる。
ここから出ることが出来ればの話だが。
「おら、来い!」
「いたたたた!だから髪引っ張らないで下さい!ハゲる!」
「誰がハゲだ!」
「言ってませんよ!」
頭部に嫌な思いでもあるのか、緋彩の髪を掴むハゲ兵士は引き摺るようにして緋彩を奥の方へ連れて行った。