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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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下衆にだけ伝わっても仕方ない

まあ、こうなるわな。



緋彩は両手を後ろで縛られ、両腕をサイドからがっちりホールドされて連行されながら胸の内で呟いた。


囮となって警備兵の中に飛び込んで行った僅か三分後、鬼ごっこは疎か、抵抗することすらままならぬまま一瞬で捕縛された。ドヤ顔で囮となってやるぜ、と大口叩いたのに、アリアからの信頼は三分で散っていったと思う。

ただ、アリアを無事林の中まで導くことは出来ただけでも役目を果たしたと言っていいだろう。アリアは、警備兵の目が変な動きをする(煽っていた)緋彩に集まっている隙に、風のように駆けて行った。あんなに足が速いのなら、囮がなくてもよかったのかもしれない。

とにかく無事役目を遂行し、何とか計画通り事が運んでいることは良しとしよう。

ただ、これからどうするか。


「あ、あのぉ…、私これからどうなる予定ですかね?」

「あ?そんなもん地下牢に入れられるか、奴隷となって働くか、二つに一つしかないだろ」

「ですよねー」


これまで、アリアのような国に侵されていない人たちが奴隷解放を訴えて城に攻めてきたことがないわけではない。マニュアルなどなくても、そういった人間たちに対する処遇はパターン化しているのだ。

それらの大半は奴隷になるのが通例だ。地下牢に入れられるのは、たまに存在する警備兵と同じくらい戦闘力の高い者、危険人物だと認識された者である。勿論緋彩は前者に該当するので、このまま鉱山に連れていかれるのであろう。アリアも鍵を奪って鉱山に向かうと考えたら、いずれにせよ彼女と合流することが出来る。うん、このまま大人しく従っておくのが得策だ。


「ところで警備の方達はどうしてこの仕事をしようと思ったんですか?」

「あん?」


突然始まったインタビューに、警備の男達二人は深くかぶった帽子の下から訝し気な視線を覗かせた。右の男も左の男も身長百九十近くはある体格のいい警備兵だ。四十センチ近くある身長差の所為か、見上げる緋彩の目線からは威圧感が半端ない。怖い、とは思うけれど、怒りのノアを思い出せばどんな圧迫感でもへっちゃらである。鍛えていて良かった。


「ほら、社会人でしたらその職を選んだ動機って大半はあるものでしょう?何となく、なんて就職面接では答えられないですからね」

「何を言っているのか分からんが、私たち城に仕える兵達は皆希望してここにいる。全てケルナー国王の為に身を差し出したいとな」

「へぇぇぇ。……ご立派ですね」


最後の呟きは、小さすぎて多分二人には聞こえていない。この人たちも恐らく国王に洗脳されているのだろう。

それにしてもこんなに大規模に、しかも殆どの人間にはそうとは気付かせずここまで洗脳するなんて、国王は一体どんな人物でどんなことをしたというのだろう。魔法も使わずに人の心を動かしてしまう人物とはどんな人間なのだろう。今のところ悪いイメージしかないルーク国国王だが、実際会ってみるとものすごくいい人かもしれない。


…と、緋彩は一瞬考えてその考えを瞬時に取り払った。いい人なら奴隷制度なんてしないし、思いつきもしないはずだ。

仮にいい人であった場合の方が質が悪い。奴隷というものが()であるか分かっていない可能性があるのだから。






そうこうしているうちに、緋彩は殆ど警備兵に両側から吊るされているような状態で裏手の林を抜け、拓けた場所までやってきていた。眩しいと思うくらいに、月の光を遮るものが何もない。何もないけれど、目線より下、少し顎を引けば、寒気がするような光景が広がっていた。






「お前もこれからあいつらの仲間入りだ」






熱くも冷たくも怖くも楽しくもない、平坦な業務連絡のような声でそう告げられた。






「……まじで下衆……」






視界いっぱいに広がるのは、地上に出来たクレーターだった。硬い地面が深く抉られ、崖のようになったその底には、何百という動く影が確認できる。数十人の兵に鞭や棒で脅されながら、必死につるはしを振るうのはまごうことなき人間だった。月明かりだけを頼りに、国の為に、家族の為に、他人の為に、誰かの為に、鉱物を探し求めている。



大きな大きな、鳥籠の中で。













***













ドシャッ、と力いっぱい押されて倒れた身体は、硬い地面で少し磨り減った気がする。


「いった…!」


東京ドームより大きな鉄格子の中に連れてこられ、いくつかある一つのテントに入った途端、この扱いだ。

起こそうとした身体の上に、汚れた布が投げつけられる。何だろうとそれを手に取る前に、大きな靴が腹を抉るように突き刺さってきた。鳩尾にクリティカルヒットし、一瞬息が止まる。


「ぐっ…っ!」

「ぐずぐずしてねぇでさっさとそれに着替えろ」

「……っ、な、ん…」


ウエスのような布は、飾り気のない服だった。薄手のシャツと、薄手のズボン。暑い日はまだいいが、少しでも気温が下がれば凍えてしまいそうである。せめて襟でも付けたら多少はおしゃれになるのではないかと思うのだが。そんなことより蹴られた腹が痛い。

緋彩は涙目になりながら渡された服を広げる。アリアが来るまでは大人しく従っておくしかないが、それにしても扱いは酷くないか。DVだと訴えたら一発で有罪だぞ。

緋彩は数々の反論をぐっと飲み込みながら、黙って着替えようと立ち上がった。


「あっち向いててください!この変態!」

「あ!?何言ってんだこの女」

「女の着替えを覗こうなんて犯罪ですよ!人権侵害!」

「はっ!お前ら奴隷に人権なんてあるわけねぇだ…ろ!!」

「うぐっ…っ」


再び兵の武骨な脚が襲ってきて、今度は脇腹にヒットした。鍛えられた人間の蹴りはそれだけで危険な凶器だ。肋骨の二、三本は逝ってしまっただろう。アリアを囮にさせなくて本当に良かった。緋彩ならこのくらいの怪我、すぐに治る。

強烈な蹴りは緋彩の身体を吹っ飛ばし、再び地面に倒れさせた。着ている服が渡された服と同じくらいのみすぼらしさになりそうだ。


「いっ…たぁ…。何すんですか…」

「ここではなぁ、さっさと俺らの命令に逆らえない者は罰を与える決まりになってるんだよ!」

「……ああ、そうですか」


本当下衆、と緋彩は兵達に聞こえないくらい小さく呟き、今から脱ぐ服の土を綺麗に払った。そして何も言わず兵達を冷たく睨む。

ついさっきまで頭の悪そうな空気を漂わせていた人物とは思えないくらい、それは一変する。


低く、低く、


氷点下よりももっと低く








そう、


それはまるでノア=ラインフェルトの敵意のように








緋彩の視線に中てられた兵たちは、ヒッと情けない声を出す。




「…っ、なっ、何か文句でもあるのか…っ!」


「…いえ、別に」




高慢な態度は突如として及び腰となり、持っている最大の武器である剣に手を掛ける。まさか、こんな小さな少女に剣を抜く必要があると思っているのだろうか。

馬鹿馬鹿しい、と緋彩は兵達を睨むのを止め、躊躇っていた割には随分と易々と服のボタンを外していった。

首元から鎖骨が覗き、豊かではないけれど胸のふくらみが現れ、襟元を広げると細い肩が見える。暗闇でも発光しているかのような白い肌は艶めかしく、テントの隙間から入ってくる月明かりを反射しているかのようだった。

服から腕を抜き、上半身は下着だけの姿になった緋彩は、微塵の動揺も見せない。寧ろ剣を構えようとしていた兵の方がその動きを止めて固まってしまうほど緋彩に見入ってしまっていた。

真っ直ぐに伸びる腕が、女性らしい曲線を描く身体の線が、すっと正されている背中が、こんなにも細く、とてもグラマラスとは言えない身体なのに、何故か色気を醸し出している。ゴクリ、と兵の男達の喉が鳴った。




「…何か文句でもあるんですか?」


「……っ!」




言われたとおりに着替えているだけですよと、舐めるように見てくる兵に緋彩は微笑を浮かべて言った。ただ微笑んでいるだけだとも、煽っているようだとも、脅しているようだとも取れる表情。兵はそれをどういう風に受け取ったかは分からないが、カッと顔を赤くし、うるせぇと怒鳴った。


「一分以内に着替えろ!終わったら出てこい!」

「はーい」


乱暴に言ってテントから出ていく兵の背中にべーっと舌を出し、緋彩はさっさと渡された服に着替えた。

いくら武術の腕があっても、ただの少女に睨まれたくらいで立ち竦んでしまうような男、大したタマであるはずがない。大口叩いてはいたが、女の着替えに気を遣えないのは女に慣れていないから。案の定、緋彩みたいな牛蒡の身体でもあんなに動揺していた。手玉に取ろうと思ったら取れるのではないかと思うほどだ。

尤も、牛蒡の身体だと緋彩が思っているのは、ノアがそう言うからそう思っているだけで、傍から見れば少し細めなだけでバランスの良い体形をしている。白く滑らかな肌や柔らかそうな肉付きは、充分に男を惑わせるに足るものである。







「ノアさんには無表情にされるのにな…」







きっと良い身体なんて飽きるほど見てるんだろうな、と恨み言を呟きながら緋彩は最後のボタンを締めてテントを出て行った。









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