表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第二章 旅の目的
14/209

ストーカーと屁理屈女

ノアは図書館のメインルームで繰り返し見た本を再び捲っていた。

地下に続く階段のところまでは緋彩について行ってやったが、それより先は制服を着ていないノアには進めない。自分の分の制服も拵えて、階段を下りた先の警備員がいる手前まではついて行ってやっても良かったが、隠密行動に複数人は目立ってしまう。今度こそバレたら自警団に突き出されるだろうし、緋彩一人なら、もし見つかっても捕まるのは緋彩だけだ。邪魔な荷物が消えたと思えばなんと喜ばしいことだろう。

とりあえずは緋彩が無事戻ってくるか、若しくはスタッフの動きが慌ただしくなるまでは、こうして暗記するほど読み込んだ本に目を滑らせて時間を潰している。

内容など頭に入ってきていない。いや、もう頭に入っているものを視覚で捉えているだけだ。働かせていない脳はスリープモードに入ってきていて、色付き始めた陽の光に照らされているのにも関わらず、伏せた目は微睡み始めていた。


うと、


うと、と頭がゆらゆらと揺れる。





かくん、かくん、と、頬杖を突いた手から顎がずれ落ちそうになったその時、





「────…っ!」





はっと息を呑むのと同時に、まるで大音量のサイレンでも聞いたかのようにノアの目は見開かれた。

勿論周りは、外の鳥の囀りさえも聞こえるくらい静寂なままだ。






「…っ、くそっ…、あんの、馬鹿……っ!」






見ていた本を開いた状態のそのまま、ノアはガタリと立ち上がって席を離れた。















***















人の出入りが少ないということは掃除もあまり行き届いていないということか、大量の本と一緒に降ってきたのは、大量の埃だった。


「げほっ、ごほっ…いたたたた……」


肺を蝕むハウスダストを払いながら、強かに打った腰と頭を擦る。何が起こったかと言うと、見ての通りである。

脚立は倒れ、綺麗に棚に収まっていた本はバラバラと床に散らばり、緋彩はその下敷きになっていた。結構な高さから宙に投げ出された緋彩は、一度向かい側の本棚にぶつかり、そこに並べられている本たちを巻き込みながら床に叩きつけられた。痛いはずである。

本を掻き分けて顔を出すと、目の前には如何ともし難い表情の警備員がじっと緋彩の顔を見ていた。


「……あの…、大丈夫ですか……?」

「あ、はい、何とか」


一応心配の声は掛けてくれたが、警備員の今立っている位置を確認すると、こいつ、しっかり避けている。バランスを崩して脚立から落ちた少女を受け止めるでもなく、どうにか脚立を支えようとするでもなく、我が身の保身のため、自分だけしっかり無傷だ。能面なのは顔だけじゃなく心もか。


「怪我とかしてませんか?」

「ああはい。明日は全身痣だらけでしょうが、とりあえず動けるくらいには大丈夫です」


自分だけ助かったのがどうも気に病んだのか、警備員はおずおずと緋彩に手を差し出す。その手に掴まり立ち上がると、ズキリと後頭部が痛んだ。そういえば棚の角で頭を強打した覚えがある。緋彩が不死でなければ多分致命傷になる怪我だっただろう。


「こんな状況で申し訳ないがアマノヒイロ殿。所定の時間が過ぎている。ここは私が片付けておくのでこの場はお引き取り願いたい」

「ああ、そうでしたね。こちらこそ余計な仕事を増やしてすみません。では、お言葉に甘えてお願いします」


警備員は懐中時計を確認し、即座に仕事モードに切り替わる。

あくまで自分がしたことなので自分も片付け手伝いますだとか、もう少し閲覧時間増やしてくれません?だとか、何かと理由をつけて食い下がることも出来たが、既にこれだけ目立っているので、これ以上はあまり印象に残る行動は避けた方がいいだろう。

緋彩は服から埃を払って立ち上がると、本を腕に集める警備員に一礼してさっさと書庫から出ていった。
















たたた、と来た時よりは足取りも軽く、緋彩は小走りで階段を駆け上っていった。第二関門にいた警備員にも埃塗れになった姿に何事かという目で見られたが、詳しくは中の人に聞いてくださいとはぐらかしておいた。

一刻も早くここから立ち去りたかったのだ。

ズキズキと痛む頭を擦ると、しっかりたんこぶが出来ていた。あの大きな衝撃にもたんこぶ一つで済むなんて、不死とは本当に恐ろしいものだ。痛みは残るというのだから、難儀なものでもある。


階段は上に登る度周りが明るくなっていくが、暗いところに慣れた目は返って光で視界が白んで見えづらい。目を細めながら上り詰めると、突然行く手を塞がれたようにぬっと人影が現れる。


「っわ!」

「!」


ドン、と顔からぶつかり、鼻が潰れる。それだけならまだ良かったが、割と勢いよくぶつかったお陰で身体の重心が後ろに傾いた。もしかして、また落ちるのか。

手摺も掴まるところもなく、先ほど無防備で落ちてしまって後悔した経験を生かして、せめて受け身だけでも取ろうとした。だが、受け身の取り方が分からない。映画でみたスタントマンってどんな風にしていただろう。見様見真似でもしないよりはマシだろうと、腕で頭を抱えようとした。




けれど、それよりも早く、ガシリと大きな手が緋彩の腕を掴んだ。




「!」

「……、お前……、」

「…あ、」




この辺に警備員はいなかったはずだし、いたとしても助けてはくれないと思ったのだが、衝撃に備えて強く瞑った目を恐る恐る開けると、そこには逆行を背負ったノアが仁王立ちしていた。

目が光に慣れて、徐々に見えてくる彼の表情は、機嫌の悪さがありありと滲み出ていた。


「ノアさん、迎えに来てくれたんですか。優しいところもありますね!」

「ふざけろ。お前、この格好は何だ」

「え?…てへ!」

「………………」

「ぎゃあ痛い痛い痛い痛い!ちょ、ノアさん!そこ駄目ですって!口内炎!」


しかも頬の上からピンポイントでグリグリと指をねじ込んでくる。バレてる。口内炎の場所がバレてる。この分では緋彩の口内環境が整うのはまだ先のことになりそうだ。


「何でこんな汚れてんのかって訊いてんだ」

「いやあ、それが…」


何と説明すればいいか。分かりやすくというよりも言い逃れしやすい方向に持っていこうと緋彩は脳内を回転させる。

その間もノアの機嫌はますます苛立ちを増して、緋彩の腕を掴む手にギリギリと力が込められていく。もうすぐ骨折する。





「お前、一回死んだな?」


「へ?」





腕の骨が砕かれる前にどうにか離してもらおうと、叩いたり噛みついたりくすぐったりして四苦八苦していると、僅かに怒りが落ち着いた声色でノアはそう言った。そして、組体操よろしく斜めに傾いていた緋彩の身体を引き寄せると、足の裏がしっかり地上に付くように立たせる。落ちるのを防いでくれたのは有難いが、腕だけを単品で引っ張ってくださったお陰で肩が脱臼しそうだ。


「その格好から推測するに、どこからか落ちて頭部外傷を負った、というところか」

「よ、名探偵!」

「………………」

「痛い痛い痛い痛い!そこ致命傷になったたんこぶ!そこ駄目!死ぬ!」


媚びても褒めてもノアの機嫌の悪さは勢いを増すばかりだ。多分緋彩はノアの苛立ちブースターになっているのだろう。何をしても怒るのだから、機嫌を取ったり言い訳したりすることは無意味に近い。

緋彩は諦めて地下書庫での出来事を白状した。








「──…ということでございまして。今に至ります」

「そこで脱ぐな叩くな」


借りた制服は出来るなら洗濯して返してあげたいが、生憎この世界に洗濯機なるものはないらしい。せめて出来る限り汚れを払ってから返してやろうと、緋彩は脱いだ制服をパタパタと仰いだ。

ちなみに、この地下へ降りる階段の周辺は当然だが人通りが殆どない。着替えるなら絶好の場所で、今は見張り(ノア)もいるから絶好のタイミングだ。ここぞとばかりに手早く着替えたのだが、何故かノアには迷惑そうな目で見られた。まさか女子の着替えを見て照れているのだろうか。それなら視線のやり場に困るとか、顔を逸らすとかしそうなものだが、ノアのそれは確かに()()()()なのだ。


「大丈夫ですよ、ノアさん。女子には服で隠しながら着替えるという、古より受け継がれた秘伝の方法がありますから!」

「痴女は否定するくせに、人前で堂々と着替えるのはいいのか尻が見えている」

「ぎゃあ!」


パンツにスカートの裾が挟まっていた。

ノアが気を利かして直してくれたが、気の利かせ方まちがっていますノアさん。


「というか、何でノアさんは私の身に何かあったのが分かったんですか?どこからか覗いてました?」

「アホか。俺はこの階段すら降りられないっつってんだろ」

「だって、私が死んだって言い当てたじゃないですか」


緋彩は上下自分の服に着替え終わると、襟元から中に入り込んでいる髪をはらりと外に出す。髪にはまだ埃がついていて、手櫛を通すとフワフワと綿埃が落ちてきた。お風呂に入りたい。

制服はこれから持ち主に返さなければならないので、軽く畳んでおいた。





「お前が死ぬ度、俺には分かるようになってんだよ」

「はい?」





まだ髪に埃がついていたのか、ノアが指で掴んでふっと息を吹きかけて飛ばす。

ノアはそれ以上は何も言わなかったのでよくは分からなかったが、緋彩は常に監視されているということで合っているだろうか。起きている時も寝ている時もお風呂の時もトイレの時も。ストーカーということで合っているだろうか。


「それよりお前、ちゃんと情報は掴んできたんだろうな?」

「え?ああ、それがですね、私、こっちの世界の字が読めないっていうこと失念しておりまして」

「っは!?」


それにはさすがにノアも想定外だったらしく、普段は切れ長の目をぱっちり開けて、ヘラヘラと笑う緋彩を未知の生命体を見るような顔色で見た。仏頂面がデフォルトであることは変わらないが、意外にもノアの表情は豊かだ。


「どの本が探している情報が書いてある本なのかも、それがどの辺にあるのかも、それっぽいもの見つけても中身がぜーんぜん読めませんでした」

「な…、に言ってんの、お前」

「言語は通じるのに不思議ですよねぇ」

「んなこと言ってんじゃねぇよ!地下書庫に足を踏み入れることまで成功させておいて、何も収穫なしだと!?」


さすがに胸倉を掴まれることはされなかったが、あと少しでも煽れば多分はっ倒されるだろう。これ以上痛い目には遭いたくないと、緋彩はそうなる前に、ノアの両肩に手を掛け、まあまあまぁ、と宥めた。手は即座に埃を払うように弾かれた。


「落ち着いて下さいませノアさん。何も収穫なしとまでは言ってないですよ」

「は?」


ちっちっちっ、と指を振って得意げな緋彩の態度が気に食わなかったのだろう。指をもぎ取られそうになった。

何とかノアの殺戮から逃れると、緋彩は雑に畳んだ制服の中から何かを取り出した。







「閲覧禁止とは書いてますけど、持ち出し禁止とは書いてなかったので!」







緋彩の手には臙脂色の冊子に近い本が握られていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ