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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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下らない感情

「駄目に決まってんだろ馬鹿!」


一瞬、アリアにノアが降臨したのかと思った。

ただの一秒も、考える素振りも見せない素早い否定。罵倒付き。まさにノアだ。


「何でですか。こんな監視の目がそこらじゅうにある中、誰の目にも止まらずにここを突破するのは現実的に考えて不可能です。囮を立て、警備兵の目がそちらに集まっている隙に駆け抜けるのが一番簡単な得策でしょう」

「そ、そりゃそうだけど!でも駄目だ!他人をこんな危険に巻き込んでるだけでもヒイロには頭が上がらないと言うのに、囮なんかになって捕まったら確実に殺される!そんなこと絶対にさせられない!」

「大丈夫。殺されないですよ」

「何を根拠に…」


不死だから。

言いかけて、緋彩は口を噤んだ。容易に打ち明けるものではない。アリアが信用ならないというわけではないし、寧ろこんな状況なら心配かけない為に言っておくべきかとも思うが、必要に迫られない限り言わない方がいいだろう。信じてもらえるとも限らない。

というか、一番恐れているのは、アリアに言ったとばれたときのノア様だ。鬼すら狩る夜叉の姿へと変貌し、緋彩の命は灯を吹き消されるだろう。


「…まぁ、とにかく私は大丈夫です。悪運強いんで!」

「そんな適当な理由で囮になんかさせらるか!ノアにも言い訳が立たない」

「何でそこでノアさんが出てくるんですか」

「いや、それは、その…、…とにかく!囮なら私がやる!捕まっても、少なくともヒイロよりは抵抗できるだろうし!」

「それは困ります!仮に私が林まで辿りついたとして、城壁を超えるには木によじ登らないといけないんですよね?私木登りしたことないです!」

「!?」


緋彩はこれでも現代っ子だ。木に登る場面に出くわしたことがない。ちなみに兄は登っていたが、お決まりの如く落ちて尻を強打していた。

登ったことがないだけで試したら登れるかもしれないが、事態は確実性を求められる。一か八かは、もっと追い込まれた場面に使うべきだろう。木登りをしたことがないという緋彩に信じられないという目を向けるアリアは、きっと猿のように登れるのだろう。アリアが登れると分かっているなら、今はより確実にここを突破できる可能性を選んだ方がいいに決まっている。


「そんなわけなので、私が囮になって飛び出し、その隙にアリアさんが城内に入るのが最善策です」

「でも、そうしたとして、ヒイロはその後どうする気だ?」

「どうにかして逃げますよ。私、逃げ足は速い方ですし、運が良ければアリアさんが城内に入ったのを確認できたらすぐ後を追います。木に登れなかったら、その木の根元で息を潜めて待っていますので、出来るだけ早く帰ってきてくださいね!」

「あ…、あぁ…」


思わずアリアが頷いてしまったほど、緋彩は自分が囮になる方向で上手く話を進めていった。強引ではあったが、これが一番適役なのだ。城内に入った時のことを考えても、身軽で運動神経の良さそうなアリアが鍵を取りに走った方がいい。





「それじゃ、私は先に行きますね」





いい頃を見計らってアリアさんも走って下さい、と言って、緋彩は物陰から身を出した。















***















コツン、コツン、とゆっくり鳴る靴音が宿内に響く。大きな足音ではないのに、靴の皮がしなる音まで聞こえてくるのは、それほどここが静寂に満ちているからだ。人もいない、物もあまりない、足音の他に聞こえてくる音と言ったら、控えめに時を刻む時計の音くらいだ。

真夜中の時間帯、他人の気配がないのは客のいない宿内だけではない。外から聞こえてくる音も動物や虫の鳴く声くらい。今この瞬間、動いている人間は自分だけではないのかと勘違いするほど。


部屋を出たノアは、自分の足が勝手に向かう先に疑問と苛立ちを覚えていた。

何故こんなことをしているのか。何故自分がしなければならないのか。さっさと寝てしまえばいいものを、ベッドに入ることすらせず、時間を潰すように本を読みふけっていたのは何の為か。

意思とは正反対に動く身体が腹立たしい。意地には勝てない感情がこの身体を動かしているのだということも分かっている。






「……あのバカ」






考えれば考えるほど彼女の間抜けな顔が思い浮かぶ。そうすると悪態も呟いてしまう。

今自分の足が止まった先へも、怒りを覚える。




”アリア”というネームプレート。




ここに何をしに来たのか。ローウェンが言う通り、こんな時間に女性の部屋を訪れるなんて礼儀知らずでもある。

勿論ノアにそんな趣味はないのだが、傍から見ればそう疑われても仕方がない。いや、そんなことを気にしているわけでもない。


ノアはただ、足りないものを補いに来ただけだ。





ドアの隙間から漏れる光で、まだ部屋の主、それから客人が起きていることは確認できる。下らない奴隷解放計画中に寝落ちでもしてなければ、ノックをしても大丈夫だろう。

ノアは指の関節を立て、ドアをノックしようと腕を上げた。




「…………」




だが、その腕はそれ以上動かず、指の関節もドアを叩くことはなく、何の仕事もしないまままたゆっくりと下ろされた。










「くだらね……」










考えることも、何かの為に動くことも、腹を立てることも、全部。


どうせまた、喧嘩をして終わりだ。


これ以上のストレスを重ねる前に、さっさと寝てしまった方が健康の為。







ノアは踵を返して、泊まっている部屋に戻っていった。







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