悔しさの証
「うっわ、アリアさん、警備兵の人たちすごくたくさんいますよ!?」
「だから言っただろうが」
城の正面とはちょうど反対側、裏手の林の近くまでやってきた緋彩とアリアは、物陰から城の方角をチラチラと観察する。
視力の限りで見えるだけでも警備兵が十数人。隙を狙って死角から入ると言っても、その隙も死角も見つからない。少なくとも三人の警備兵の目を掻い潜って城壁の上まで伸びているという木の根元まで行かなければならない。
「思ったより数が多いな。前より警備を強化したのか?」
「というか、この城は何故こんなに警備が固いんですか?城の敷地内ならともかく、外までこんなに広く目を光らせてるなんて異常じゃないですか?」
「それだけ守りたいものがあるってことだろ」
「守りたいもの?」
外部には漏れてはいけない、外部の人間を徹底的にシャットアウトしなければならない理由があるから、人員を割いてでも警備を厚くしなければならないのだ。
一つは絶対に奴隷を逃がさないため。奴隷となった人間は鉱山に収容されているわけだが、誰もが大人しく奴隷となっているはずがない。中には逃亡しようとした者、警備兵を襲撃しようとした者、多少なりともあったのだが、そのどれもが失敗に終わっている。もしくは殺されている。それは警備兵の戦闘力の強さや、分厚い鉄格子で閉ざされている鉱山の入り口の所為。警備兵はともかく、鉄格子は人間の力で砕けも曲げも出来るわけがないし、そこを通るにはただ一つ、太い鎖に繋がれた鍵を開ける他ない。その鍵が城内にあるので、連れていかれた家族を奪還しようと城に攻め入ったアリアのような人たちに対する防衛策なのだ。
そしてどうしても城に他人を入れたくない理由がもう一つ。
国王はここ数年、表に顔を出さなくなったという。噂でしかないが、何でも、人に見せられる状態ではないとか、顔を出す暇もないほど忙しいのだとか、いくつかの国王の理由というものがあるらしい。国民に顔も見せない君主など誰が主だと認めようかとも思うが、この国の人間は既に洗脳されている。目に見えて操られているところというものはないが、考えが、思想が、行動が、本人たちも気付かないほど少しずつ、染め続けられてきたのだ。今はもう、何にも染まらなくなった黒となってしまった。
「フフフ…、隠されると暴きたくなるのが人間の性ってもんですよね…」
「目的を見失うなよヒイロ。私たちが城に入るのは鉱山の入り口の鍵を奪うため。国王に会う必要はないんだ」
「勿論分かってますよ。…でも、仮にこの計画が上手くいって奴隷の皆さんを解放できたとして、それは根本的な解決になるんでしょうか」
「それは…」
奴隷を解放して、その人間たちは家族の元へ戻る。喜ぶと思うし、感謝もされるかもしれない。洗脳されていたといても、家族の帰りは嬉しいだろうし、国民に幸せが戻るかもしれない。それが、一番最高のエンディングだ。
だが、本当にそうだろうか。
ハッピーエンドを迎えた話は、そこからずっとハッピーが続くのだろうか。客観視した者だけが満足で、夢物語を描き続けていて、勝手に安堵と幸福を手に入れる。それが永遠に続くと信じている。
そんな儚くて脆いもの、すぐに散ってしまうと知っていながら。
「奴隷を集めているのは国王なんですよね?その国王を叩かないとまた奴隷を集めるでしょうし、何なら今回奴隷を解き放ってしまったことに腹を立ててもっと酷い政策を敷くかもしれない」
「確かにそうだが、今の私たちには鉱山の鍵を手に入れるのが精一杯だ。全ての兵を撥ね退け、国有数の護衛が護ると言う玉座まで突っ込めるような強い戦力がいれば別だが」
「………」
そんなものない。
数という力をものともしない、圧倒的な力というものは、緋彩は持っていない。アリアは、緋彩は。
今は、いないのだ。
悔しい。
「……いずれは国王もどうにかしないといけないと思います。ですが今はどうしようもない、ですね」
悔やんだ感情の中に何を思い浮かべたか。そんなもの決まってる。自分でも分かってる。それが悔しい。
素直に手を伸ばしても、握り返してくれなかったことも、手を引こうとした手を突っぱねてしまったのも、全部悔しい。
一体、どうすればよかったのか。
「今、私たちが出来ることを精一杯やりましょう。国王をどうにかするとしても、奴隷の解放は必須事項です」
「そうだな。だが、あんたの言う通り国王を叩くことを頭に入れながら行動するべきだ。失念していた。ありがとう、ヒイロ」
「……いえ」
懸念を口にするだけで、結局何も出来ない。悔しい。お礼を言われることなんて何もしてない。悔しい。
悔しい。
悔しい、悔しい、悔しい。
自分では、何にも出来ないことが。
何も、出来ないのか。
本当に、自分には何も。
「アリアさん」
何も出来ないと思ってしまうことが悔しい。
闇に呑まれてしまわぬように、強く、緋彩の声は響く。
「どうした?」
「アリアさんは真っ直ぐ林の方へ向かってください。真っ直ぐ、脇目も振らず、ただ真っ直ぐ」
「……あんたは?」
何か出来ることを。
「私が囮になります」