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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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頑固対決

赤茶色の紅茶がカップの中から湯気を立てる。この国の平均気温が低いことにもよるが、今夜はいつもより少し冷える。


「泣いてない!泣いてないからな!?」

「分かってますよ。鼻水出てます、はいティッシュ」

「ありがとう!」


アリアは涙を零してしまったことを必死に否定しながらも、渡されたティッシュでしっかり涙と鼻水を拭う。ずび、と赤くなった鼻を啜ると、恥ずかしそうな目をして緋彩とローウェンに目を向ける。


「というか、こんなこと聞いてどうするっていうんだ?あんたたちがいい奴らなのは分かったけど、旅人さんが聞いたところで関係ない話だろ?」

「まぁ、そうだけど…」


ローウェンは言いながら後ろのノアに目を向ける。結局、この国の情勢をどうにかしたいと言う緋彩の意見を採用していいものかどうか、ちゃんと決まったわけではない。ローウェン自身は特に通したい意見はないまでも、まだノアの同意は聞いていない。そういう意味で彼を見たのだが、ノアは腕を組んで目を瞑ったまま反応は見せなかった。

何と返事をしていいものかローウェンが言いあぐねていると、横で緋彩が気合いの入った声でアリアさん!と呼ぶ。




「ご両親を助けましょう!」

「は、はい?」




鼻息荒くそう言いだした緋彩に、アリアは首を傾げ、ローウェンは頭を抱え、ノアは顔を上げて目を剥いた。


「た、助けるって…」

「奴隷なんて許されることじゃない。それに、国王は不ろ…むぐ」

「おいこらトラブル女」


アリアに真剣な目を向けていた緋彩の頬は、後ろからむんずと掴まれ、顔の不細工が極まる。お陰でシリアスな雰囲気が台無しだ。緋彩はタコ口のまま斜め上を見上げると、目の据わったノアが見下ろしていた。


「なんへふかのあはん」

「何ですかじゃねぇよ。てめぇ何を言い出しやがる。俺は承諾した覚えはねぇぞ」

「のあはんのしょうらくはもほめへなひんへ」

「お前が俺の承諾を求めてるかどうかの話じゃねぇ。俺の意見を無視して勝手に話を進めんなって言ってんだ」


ギリギリと頬を掴む手の力が強くなってきて、耐えきれず緋彩は両手でノアの手を払い除けた。頬を擦りながら鬼を背負ったノアに不満げな目を向けると、ふんっ、とすぐにわざとらしく目線を逸らした。当然、ノアの怒りバロメーターは上昇する。


「ノアさんの意見なんて聞いてたら駄目だって言うばっかりじゃないですか。別に手伝ってくれって言ってるわけじゃないですし、ノアさんが駄目って言っても今回は私一人でどうにかするんで」

「あぁ?お前一人で何が出来んだよ?戦闘力皆無のヘッポコが」

「戦闘力なくったって打たれ強いから大丈夫ですもん!」

「そういう問題じゃねぇっつってんだろ!」

「じゃあどういう問題ですか!」

「てめぇに言ったところで理解出来ねぇだろ!」

「はああああ!?」


目の前に繰り広げられる喧嘩に、アリアはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。満足するまでやらせないと止まらないから、と謝るローウェンに、戸惑いながら頷くしかない。ノアは女性相手だと言うのに胸倉掴んで殴りかかりそうな勢いだし、緋彩もそれに負けるとも劣らない剣幕で食い掛っている。他に客がいないからいいものの、本来だったら『他のお客様のご迷惑になりますので』と止める程の大喧嘩だ。


「私っ、ノアさんは横暴で意地悪で乱暴で嫌な奴だけど、根はちゃんと人間味のある温かさを持った人だと思ってました!考えを改めます!根も冷たくて固まり散らかしているやっぱり嫌な奴です!」

「てめぇが勝手に抱いてたイメージだろうが!俺をどう思おうが勝手だが、今回のことは許可しねぇぞ!」

「別に許可してもらわなくて大丈夫ですぅー!ノアさんに許可もらわないといけないっていう法律ないですからぁー!」

「ふ、ざけろ貴様っ!その憎たらしい顔やめろ!」

「んべぇぇぇ」


舌を出してノアを煽る緋彩。傍から見ても腹の立つ顔だ。捕まえようとするノアの手からもひょいひょいとすばしっこく逃れ、そのうちそれはアリアの横まで逃げてくる。

そして緋彩は、机を挟んで向かい合ったノアに挑むような目を向けたままアリアの腕を掴んだ。




「アリアさん、場所変えて話せますますか?ノアさんがいたら話が進まないので」

「え?あ、うん…」

「行きましょう」




半ば強引にアリアを引っ張り、緋彩はアリアと共に食堂を後にした。













ノアはドアが閉まる瞬間までノアはピクリとも動かず、二人が出て行ったその先に複雑な眼差しを向けていたが、ローウェンの呟いたような呼び声にやっと目線を落とす。そして我慢していたかのような盛大な溜息をつき、椅子に腰を下ろした。


「……何なんだあの女……」

「アリアのこと?」

「あ?んなわけねぇだろ、ろくに話してもねぇのに。…ヒイロの馬鹿のことだよ…」


頭を抱えて項垂れるノアの珍しい姿に、ローウェンは眉を下げて笑みを漏らす。さすがに彼のこんな疲弊しきった姿を目にして同情を禁じ得ない。


「残念ながら、ヒイロちゃんは意外にも強情だからね」

「…知ってるよ。意外でもねぇだろ」

「分かってるならノアが折れてあげればいいのに」

「ふざけろよ。不死の人間が不老不死を望んでるクソ野郎のところに乗り込むっつってんのに賛成できるか。俺とお前だけで行くならともかく、何が私一人でどうにかする、だ。くそが」

「ハハハ、ヒイロちゃんが心配で仕方ないも…そんな殺し屋みたいな目で睨まないでくれる?」


乱れた髪の隙間から据わった目が覗いてローウェンを捉えていた。今のノアを茶化すのは命懸けだ。

それにしても、随分とノアは過保護になったものである。ローウェンとしては緋彩がどうなろうと、最後には勝手にしろと言うと思ったのに、最後まで食い下がった。




「……ノアも、随分と強情だね?」




茶化しているわけではない、だけどほんの少しノアを煽るような声に、紫紺の瞳が忌々しそうに睨む。それでもローウェンは穏やかな笑みを崩さなかった。今更ノアに嫌われるかどうかなんて気にしてなどいないのだ。

ノアの方も本気で嫌がっているわけではなく、気持ちの捌け口を失ってしまっただけなのだと自分で悟ったようだ。色んな感情が詰まった溜息がまた一つ聞こえる。




「……この前、龍と闘った時、」

「龍ってマナのこと?」




そうだ、と頷くノアは頭を抱えていた手を顎に置き、頬杖に切り替えた。微睡むようなその瞳には、疲労も残っているが、どこか不安が差すようにも見える。


「不死は勿論死なないし、腕が捥げようが足が折れようが首が飛ぼうが再生する。だが、痛みを感じないわけではない。それどころか、本来なら死に至るために感じない痛みを感じてしまう。いいことだけじゃない」

「…そうだね?」


ローウェンはノアが一体何を言いたいのか分からず、同意しながらも首を傾げる。不死になった人間がいいことばかりじゃないことくらい、ローウェンはもう知っている。今更口に出して確認するまでもないのは、ノアも分かっているはずだ。

それが言いたかったわけではないのか、ノアはローウェンの反応に構わず先を続けた。


「痛みで痛感するのは”生きている”ということだけ。どんな怪我を負おうと死ぬことは出来ないという絶望だけだ」


それは、ローウェンよりノアの方が何万倍もよく分かっていること。緋彩に不死を渡すまでの間、その絶望の中にいたのだ。今だって、その絶望から完全に逃れられたわけではないけれど。


「それはヒイロちゃんだってよく分かってるでしょ。もしかしたらあの子、ノアより死に至る怪我負ってる数多いんじゃないの?」

「だから危ういんだよ」

「え?」


危うくて仕方がない、とノアは繰り返す。




「痛みはあっても再生される、死なない。それは死への感覚を鈍らせる。無駄に死に近づこうとはしなくても、近づいてもいいと思うようになってくる。あいつは…ヒイロは特にあんな性格だから、他人の為なら不死である自分の身体を容易に投げ出す」




苛立ちでも焦りでも恐れでもない。ノアは、危機感というのが一番近しい声色でそう言った。聞いているローウェンも納得せざるを得ないほど。


「他人の為なら痛みを買って己を犠牲にする。…ヒイロちゃんならやりそうだと思えるのが怖いね。あの分じゃ、新月の夜のことも忘れてしまってんじゃないかな」

「アイツが致死の傷を負うことで俺にも影響が出るってことも忘れてやがるんじゃねぇだろうな」

「ハハハ。ありえる」

「笑ってんじゃねぇ」


クスクスと笑うローウェンを尻目に、ノアはガタリと立ち上がる。身体を向けた先は、泊まっている部屋の方だ。


「ヒイロちゃん達のこと、どうするの?」

「…………」


ノアは歩き出したばかりの足を止め、振り返りもせずに捨てるように言った。





「俺が知るか」





再び歩き出した彼の背中を見送りながら、ローウェンは肩を竦めて頑固者同士、と呟いた。






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