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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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畏怖を纏う瞳

どこでも、ここでも、不老不死。


もう、耳に胼胝ができる。



なぜ人はそんなにも綺麗に生きたいのか。



なぜ人はそんなにも死だけを恐れるのか。



永遠に生を紡ぐことだって充分、死と同じくらい恐ろしい。











「不老不死の奴隷って……」


緋彩は思わず口を押える。

それはとても想像しうる範囲内ではなかった。永遠に生きて、永遠に奴隷になるなんて、そんな馬鹿な事、普通の人間が考えることではない。

まともじゃない、と漏れ出る呟きを落とすと、ローウェンが同調する。


「そう、まともじゃないんだ。国王は」

「え?」


そんな返しが来るとは思わず、緋彩は思わず目を丸くする。


「元々から奴隷というものはあったらしいけど、ここ最近の国王は狂ったように奴隷を増やし続けているらしい。不老不死を求めているというのも最近の話で、全くの無関係だとは思えないね」

「国王に何かあった、ということですか?」

「分からない。…けど、そう考えた方が話が早いだろうね。さらにややこしいのは、国を潤す国王を、国民は信頼しているということ。国王の所業がどんなに非人道的なことでも、それが正しい、素晴らしいことだと思ってしまっている。ある種の洗脳とも言えるね」


奴隷にはなりたくない。けれど奴隷でなければ奴隷がいてもいいと思っている。利己的で、浅はかで、愚かな人間の闇の心。きっと誰にでもあるけれど、それに目を覚まさせるかどうかは本人次第だ。

きっとそれこそ永遠に、そんな心は眠り続けているだろうという人間もたくさんいる。ただ、この国にはもう闇で侵されてしまっているのだ。


「ただ、こんな国でももちろんまともな人間もいる。まだ国王の思考に染まっていない人間はいるんだけれど…」


ローウェンが言葉を濁す理由は緋彩にも予想できた。

狂った環境が普通となった世界で、まともな人間は侵されるか、排除されていくか、狂った振りをするか。選択肢は限られている。

もし正論を言えば、どうなるかは分かっている。


「……この宿、アリアの様子も最初から少しおかしいとは思ったんだ。宿自体は特に普通の宿だし、周りがこんな大盛況の中、避けられる理由は見当たらない。なのに経営不振になるほど客足が遠のいているのは、何か理由があるとしか思えないからね」

「アリアは鬱陶しいが、まともな神経はありそうだしな」


そのノアの言葉に、こんな話の中にも関わらず、緋彩の胸はもやっと何かが渦巻く。”嫉妬”というノアに言われた言葉が頭に浮かんだ。その感情の正体はまだ分からないけれど。

しかし今は自分の感情に振り回されている場合ではない。緋彩にとって、ノアやローウェンにとっても見過ごせない状況が目の前で起こっているのだ。

渦巻いた何かを断ち切るように、緋彩は頭をブンブンと振って気を取り直す。


「それは、正常な人が理不尽な目に遭っているということですよね?」

「恐らく。本人から話を聞いてみないことには詳しいことは分からないけど、異色のものを排除しようとする、国に染まらない者をはじきだそうとする、というのは往々にしてあることだからね。とはいえ、国が関わることに僕たちが口を出すわけにも…」

「……いですね…」

「え?」


ぽつりと下に落ちた緋彩の声に、ローウェンは耳を傾けた。何か、言った気がする。





「ヒイロちゃん何か言っ」


「許せないですね!」


「……はい?」






むっとした顔を上げた緋彩に、ローウェンは目をぱちくりと瞬かせ、ノアはサッと顔色を悪くした。


「……な、何が……?」

「決まってるじゃないですか。こんな正しい人が理不尽な目に遭っている状況、見過ごせないですねってことです!」


ぷんすか怒る緋彩に悪い予感でもしたのか、低いノアの声が響いた。


「お前、何をする気だ…」

「え?国王を改心させれば、国王に従う国民もそれについてくるって話ですよね?」

「どこでどうなったらそういう話に発展する?脳みそ足りないくせに変なところだけ頭回るな!」

「えへ、ありがとうございます」

「褒めてねぇわ!」


要は早い話、国王に何が起こっているのか調べてみようということ。そしてルーク国を元の姿に、いや奴隷制度などなくなった国になればいいと、緋彩は言うのだ。それがどんな規模の大きな話で、どんなに面倒な話で、どんなに危険かはよく分かっていない。ただただ、腹が立つからどうにかしたい、とそれだけの単細胞な考えなのだ。


「てめぇ、自分で何言ってるか分かってんのか」

「分かってますよ。別に人助けがしたいとか綺麗ごとを言ってるんじゃありません。ノアさんがそういうの嫌いなの知ってますし」

「だったら、変なことに首突っ込むな!巻き込まれるこっちの身にもなれこのトラブル女!」

「だって!国王は不老不死に関わろうとしているんでしょ?もしかして私たちも無関係じゃないかもしれないじゃないですか」

「それは……、そう、だが…」


ずい、と顔を近づけてくる緋彩に、ノアは思わず仰け反る。先日の例のシーンを思い出して、ローウェンだけが『お?』と興味深げに目を輝かせていた。


「じゃあ首突っ込んだ方がいいでしょう?ノアさん頭悪い!」

「頭悪…っ!?ああっ!?」


まさか緋彩に言われるなんて思ってもみなかった。何でそんなことも分からないんだと言いたげな緋彩の表情が、さらにノアの神経を逆撫でし、こめかみに極太な青筋を立てさせた。ぐわし、と臥せっていた人間かつ、女性に対する行動とは思えない力で緋彩の胸倉を掴んだ手にも血管が浮かんでいる。緋彩にも譲れないところがあるのか、今回は全く臆さず、ノアの煮え滾った瞳を真っ直ぐ睨んでいる。

とりあえずローウェンは飛び火が来ないよう、こっそり席を立って部屋の隅に移動した。


「そもそも、そのアリアさんって人に助けられたのに、こっちは見て見ぬ振りなんて出来ませんよ。この冷血漢!」

「見て見ぬ振りするなんて誰も言ってねぇだろうが!訳も分かってねぇお前が首を突っ込むなと言ったんだ!」

「ちゃんと分かってますぅー!分かってるから私たちが関わるべきだと言ったんですぅー!」

「てめぇに何が出来んだよ!まだこの小せぇ手にも全然力入ってねぇくせに!」


ノアに手に掛かる緋彩の一回り小さい手は、引き剥がそうと力を入れているのだろうが、震えるだけで何の抵抗にもなっていない。それでも緋彩は抵抗しようとする力を弱める様子はなかった。


「それはノアさんの力が強すぎるんですよ!私はもう正常ですし、力がないのは最初からですからぁ!」

「威張んじゃねぇよ非力女!」

「非力女だのトラブル女だの失礼なことばかり言ってくれますね!」

「本当のことだろうが!」

「そうですけど!?毎度毎度ご迷惑おかけします!」


喧嘩なのか謎の説教タイムなのか不明だが、両者とも一向に引き下がる様子はなく、ノアの手にはさらに力がこもって緋彩の身体を持ち上げんばかりの勢いだし、緋彩も布団から身を出して、少しでも自分を大きく見せる為か、立ち上がろうと床に足を付ける。




「大体ノアさんは優しい時と冷たい時の差が激し…っ、わっ!」

「!」




だが、まだ起きたばかりの身体では、ノアに対抗するどころかまともに立つことすら危うく。





「……………………すみません」

「アホが」




かくん、と折れた膝の所為でノアの胸にしなだれかかるような格好になってしまい、やむなく緋彩はノアに謝ることになるのだ。

仕方なしに緋彩の身体を支えたノアは、胸倉を掴んでいた手を腕に移動させ、緋彩の膝が伸びてしっかり床に足を付けられるように引っ張る。

緋彩は悔しさの滲む声で礼を言うが、言いたいことはまだ言い切れていない、と熱のこもった視線をノアに戻した。






「…私は…、これ以上不老不死が人に広まるのは嫌です。実情を知らないまま不老不死に憧れ、欲し、手に入れた暁に人がどうなるか、誰も想像できない。そんな恐ろしい()()は、知らなければ知らない方がいい。どうあっても私は首でも口でも出しますよ」


「………」





脊髄反射で出した意見ではない。そんなことは分かっている。緋彩は最初から、不老不死が恐ろしいことを理解している。

強く、抗えない色が、瞳に滲むほんの少しの赤に見える。




決して高い戦力を持っているわけでもない。



自分に強く、他人に弱い、



非力な少女の()に、こんなにも畏怖を纏うのか。




睨むように見上げる緋彩の目を暫く見つめると、ノアは今度は腕を掴んでいた手をすっと首筋に移動させた。まさか、首でも絞める気か。怒りまくっているノアならやりかねないと、緋彩はぎゅっと目を瞑るが、その手に力がこもることはなかった。




代わりに、疲れた溜息が聞こえてくる。






「……とりあえず、身体を休めて熱を下げろ。話はそれからだ」






先程まで怒鳴っていたとは思えない落ち着いた声を発したかと思うと、ノアは流れるように緋彩をベッドに乱暴に寝かせ、だが布団を掛ける手付きは優しく、そのまま何も言わず部屋を出て行ってしまった。


展開についていけなかった緋彩が一人、驚いた表情を固めたままだった。






「………な、何だったの………?」







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