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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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ルーク国

「わお」


目の前でキスシーンを見せつけられたローウェンは、口元に手をやって頬を染めた。ドラマや漫画じゃあるまいし、他人がキスしているところ何で生で見ることなんてそうそうない。正確には口移しをしているだけなのだが、それでも充分衝撃的な光景だ。

不意打ちを喰らったノアは勿論喜ぶわけもなく、雑に緋彩をの身体を引き剥がしたが、既に彼女の意識がないことを確認すると、ゆっくりと緋彩の身体を支えながら地面に横たえる。

そして、苛立ちと困惑と心配の色を映した瞳は緋彩の顔を見た後ローウェンに向けられる。


「出発するぞ」

「え…?でもヒイロちゃんが」

「俺が負ぶる。お前は荷物を頼む」

「僕はいいけど、ルーク国までまだ距離はあるよ?さすがにノアも万全の体調ってわけじゃないだろうし、人一人背負っていくにはちょっと無茶じゃ…」

「こんな牛蒡のような体型の女、荷物の方が余程重いわ」


最初からローウェンの意見など聞くつもりはないのか、ノアはさっさと天幕を片付け始める。布を取り、支柱にしていた木を捨て、鞄に夜具なども適当に詰め込んでローウェンに投げる。緋彩には自分の上着を肩から羽織らせ、両腕を首に巻き付けさせて両膝の後ろに手を掛けて立ち上がる。かっる…、と呟いたのは本心だろう。言うほど痩せすぎな体型でもない緋彩でも、今はかなり体重が落ちているはずだ。


「ノア、後で僕も替わるよ」


何を言ってもノアが自分の言うことなど聞くはずもないと早々に諦めたローウェンは、事態を受け入れてそう提案した。交代で緋彩を背負えばノアの負担も多少は軽くなるだろうという厚意だったのだが、ノアから返ってきた視線は何故か感謝よりも

何を言っているのか分からないといったものだった。


「お前は荷物抱えてろ。こんな軽いモノ、交代なんか必要ない」

「でも、」

「いいから、行くぞ」


ノアはこれ以上無駄な議論を交わす気などないとでも言うように、さっさと歩を進め出した。その背中をきょとんと見ながら、ローウェンは人知れずぼそりと呟いた。


「…成程…。他の男に俺の女は抱えさせたくない、と…」


間違ってもノアに聞こえることのないように、極めて声量を落として言ったはずなのに、ぐりんっ、とノアの首が回ってローウェンを睨んできた。地獄耳怖い。














***














ノアは緋彩を抱えた状態でも歩くスピードが落ちることはなかった。寧ろローウェンでも少し辛いと思うくらいに速まったようにも思う。

そのお陰だろうか、思ったよりもルーク国には早く着いたのだが、時刻はもう夜に差し掛かり、まともな宿が取れるかどうかは微妙な状況だ。だがさすがは人口の多いルーク国。居心地に頓着しなければ、宿自体の数は多い。少し探し回れば一部屋くらいは確保できるだろう。


思った以上の速さで歩いてきたからか、ローウェンの体力も底をついてきて、先程から足取りが重く、何もない所で度々躓いている。地面に倒れ伏すところまではいかないので醜態を晒すようなことにはならず、注目を浴びるようなことにはまだなっていない。だが、それも時間の問題だろう。

緋彩の意識もあれから一度も戻っておらず、出来るだけ早く宿を見つけるに越したことはないと、ノアは煌びやかに照らされて並ぶ店を注意深く見て行った。

右も左も前も後ろも、良さそうな宿はどこも”満室御礼”の札が掛かっている。視界に入る全ての宿がその文字ばかりで舌打ちしそうなくらいだった。

食料だけ買い込んで町のはずれで野宿する選択肢も考えなければならなくなったが、寧ろその方が効率的で早いのではないか。


そう諦めかけた時だった。




「ノア」

「あん?」


疲れ切った声のローウェンが、あれ、と通りの少し向こう側を指さした。そこにはまだ十代後半くらいの少女が大きく手を広げて手招きしている。自分たちの後ろに誰か知り合いでもいるのかと振り返ったが、反応している人はいない。どうやらノア達に向けて手を振っていることは間違いないようだった。


「ノア、知り合い?」

「いや、知らん」

「あれ、僕たちに来いって言ってるよね?」

「らしいな」

「ノアをナンパしたいんじゃない?さっきから女子の目線独り占めだし」

「鬱陶しいな。無視するか」

「行ってみようよ。何か用事があるかもしれないし」

「面倒くせぇな」


ノアはそう言いながらも、こっちこっち、と手招きする少女の元へ足を向けた。ローウェンはああ言ったが、少女はとてもナンパや客引きをしているようには見えない。熟れた柿のような癖毛の髪に、顔にそばかすを散らし、服も洒落っ気のない使い古したものだ。可愛らしい顔はしているが、あれで男を引っかけようとしているなら随分な勇気である。






少女の元へ行くと、華奢な身体からは想像もつかない大きな声で迎えられた。


「あ、来た来た!お兄さんたち!宿を探してるんだろ!?」

「あ、うん、まぁ…。君は?何か僕たちに用なの?」


緋彩が使い物にならないのなら、どんなに疲れていてもこんなときの役目はローウェンだ。疲弊しきった身体に活力漲る声はダメージが大きいが、ローウェンは何とか笑顔を保った。

少女は白い歯を見せてニカリと笑い、腰に手を当てて高らかに言った。


「私ん家来なよ!泊めてあげる!」

「…………は?」

「私ん家来なよ!泊めてあげる!」

「聞こえなかったわけじゃないよ。そんなでかい声で。泊めてあげるってどういう…」

「だから宿探してるんならうち来なよってこと!部屋余ってんだ!ほら!」

「え?へっ?あっ、ちょっ……」


言うが早いか、少女はローウェンの腕を取って目の前の店の中へ引きずり込むようにして引っ張っていく。成り行きを見守りながら突っ立っていたノアにも声を掛け、抱えている緋彩も休ませなければ危ないだろ、と、このほんの数分で状況を把握したようだった。

不審でしかない少女だけれど、ローウェンは疲弊で抵抗する力もないようだった。ズルズルと引き摺られていく彼を見ながら、ノアは溜息を一つ吐いてその後をついて行った。








頂いた皆様の感想を繰り返し読んで創作意欲を捻り出している。

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