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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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無理矢理

不死でなければ死んでいただろうか。不死でなければ目を開けていられなかっただろうか。不死でなければ自我を保ってられなかっただろうか。


不死で良かった、と思うのは不謹慎だろうか。





「おいヒイロ、起きろ」

「う…あい…っ」





今日一日歩き続ければ何とかルーク国まで辿り着く。夜を越えて朝日が昇り、目を開けた緋彩の視界にこんな過酷な状況にも関わらず端正を保っている顔が映り込む。これで約一週間ほど、殆ど食べ物も飲み物も満足に口にしていないというから驚きだ。

突然の強い顔面と自分の身体の重さに衝撃を受けながら、緋彩は気合いを入れて身体を叩き起こす。それを待ち構えていたように目の前に湯気の立つカップが置かれた。


「飲め」

「え…、でも…。水分摂らなくても私は最悪死にませんし、ノアさんやローウェンさんが飲んだ方が…」

「十秒以内に飲まないとその熱湯頭からぶっかけるぞ」

「ひぃっ!」


カップの中身はその辺に生えていた薬草を煎じて混ぜた湯だ。僅か三センチほどの量しか入っていないし、栄養が取れるものでもない。だが、この状況での水分はA5ランク級霜降りステーキほど貴重で価値のあるものである。それをノアは有無を言わさず緋彩に押し付け、それどころか頭からぶっかけるなんて言い出した。そんな勿体ないことをされてはたまったものじゃない為、緋彩は素直にノアに従うが、二口ほど喉に通すと、そのままカップをノアに差し出した。


「………何だ」

「残りはノアさんとローウェンさんで仲良く半分こしてください」

「寝言言ってんな。お前が飲めっつったろ」

「私は飲みました。十秒以内に飲みましたから熱湯浴びせられる筋合いもありません。飲み干せとは言われてないですからね。飲まないのなら無理矢理口を開かせて流し込みますよ」

「やってみろボケが」


ビビる癖に強気な緋彩が気に食わないのか、ノアは青筋を立てて頑としてカップを受け取らない。バチバチと火花を散らせる二人にローウェンがまぁまぁと宥めるが、もはや二人にローウェンの姿も声も意識下にはない。それを悟ると、ローウェンは遠い目をして緋彩の手からカップを抜き取り、数歩後ろに下がった。零したらもったいないので。




「ノアさんのっ、頑固、者っ!!」


ノアに飛びつく緋彩。身体の重さは何処に行ったのか。


「っる、せぇ!お前の、方が、充分頑固っ、だろうが!」


猿のように掴みかかる緋彩を渾身の力で引き剥がすノア。こんな時に限って緋彩の力は強い。服を引っ張っても、腕を引っ張っても、頬を引っ張っても、押しても引いても離れない。仕舞いには緋彩がノアを押し倒すような形で取っ組み合いが始まった。


「ノアさん、には、敵いません、よ!ほら、早く、口開いてっ!」

「くそっ、このボケっ、やめ、ろ!」


既に手からはカップを抜き取られているということに気が付いていない緋彩は、ノアの口に指を突っ込んで無理矢理開かせようとしている。勿論ノアは上手く交わすのだが、仮に開かせたとして、そこに流し込むものは今ローウェンの手の中だ。


「大体、ノアさん、はっ、何でも、一人で、できると、思ってるでしょ!」

「出来るだろうが!何が違う!?」

「違いませんよ!違いませんから腹立つし、心配なんです!」

「は!?一体何を……、っ!」


瞬間、緋彩の身体からふっと力が抜ける。ノアは半ば反射的に緋彩が地面へ転がり落ちるのを防ぐように胸で受け止め、腰に手を回して支える。何事かと胸元の緋彩の顔を覗けば、やはり真っ青、いや青を通り越して真っ白な少女の顔が顰められてぐったりしていた。


「おい、ヒイ…」

「…ニコイチ…なんですから、少しくらい弱音とか…泣き言とか…、言ってくれてもいいじゃないですか……。ノアさんのばかやろう」

「…………」


意識はあるみたいだが、強い言葉とは裏腹に、思い通りに身体を動かす気力や体力はもうなく、ノアに支えられていることも不本意で悔しいと顔で示すのが精一杯だった。当然と言えば当然だ。こんな小さな身体の少女が、一週間もまともな食事が出来ていなければこうなるに決まっている。ノアに掴みかかっていたことが不思議なくらいだ。

様子がおかしいと察したローウェンが、すかさず湯が残ったカップをノアに差し出した。受け取ったノアはそれをそのまま緋彩の口元へ持っていく。


「ヒイロ」

「…いや、です」

「我儘言うな。ローウェンが飲んだカップでも我慢しろ」

「え、今そういう話?」


こんな状態でも拒否されるくらい嫌なのかとローウェンが一人ショックに打ちひしがれる。


「飲まないなら無理矢理飲ませるぞ。また口移しされたいか」

「…やだ…、ノアさんのキス魔…」

「誰がキス魔か」


拒否はするのに、緋彩はノアからは離れない。無論、離れようとはしているのだが、身体が動かないだけだ。

ノアは緋彩からの失礼な発言に目つきを鋭くさせながらも、しばし考えて一つ息をつく。諦めたようなその溜息の答えは、このまま緋彩が意識を失うほどの状態になってしまう方が面倒だと、無理矢理飲ませることを選んだのだ。

ノアは意を決すると、緋彩の腕を引っ張って身体を反転させ、片腕で背中を支えながら湯を口に含もうとカップに口を付けた。油断しているうちに、さっさと飲ませるしかないと思った。





だが、


その瞬間、





すっと細い腕が伸びてきてカップを奪っていく。




「なん……、」




それは嫌だとごねていた彼女の小さな口に、こんなにも簡単に流し入れられていった。


その喉に飲み下した動きは見えない。






油断していたのは、ノアの方だったのだ。






何事かとノアが困惑したまま目を見張っていると、グイッと胸元が引っ張られ、ノアと緋彩の距離は急激に縮められる。

警戒など取り戻す前に、ノアの唇には緋彩の柔らかいそれが押し当てられ、温かいものが流れ込んできた。








「────…!」








今のノアには状況を理解するのが精一杯で、どうすることもできない。流れ込んでくるままにそれを嚥下した。

然程多くない量だったはずなのに、干からびていた体内が一気に潤い、細胞が膨らんだ気がする。鈍っていた神経が感覚を取り戻していく。





だからだろうか。





目の前でしてやったり、と不敵に笑う彼女が、妙に綺麗に見える。





そして彼女は、勝ち誇った顔で喧嘩を売るように言った。








「『飲まないなら無理矢理飲ませるぞ』」


「!」








今回ばかりはノアの負けだった。




ふざけんな。




多分、いつものノアなら鬼の形相でそう返しただろう。けれど今はノアだって過酷な状況にあるのは一緒だ。通常の判断などそう何度もできるわけもない。




そうだと思い込んだ。




だからノアは、腹を立てるどころか、顎に滴った水を手の甲で拭い、悔しさよりも頼もしさを感じたような笑みで口端を吊り上げた。













「キス魔はどっちだ」









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