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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
124/209

逃したチャンス

風が、呼吸のようだった。


灰のように舞ったロイの欠片が、花弁のようだった。


木々の揺らぐ音が、声のようだった。




涙が、雨のようだった。









「マナ」









ロイが過ぎ去ってしまった方をぼんやり見つめていたマナに、緋彩は小さく声を掛けた。

聞こえていないかとも思ったが、金の瞳はゆっくりと緋彩を映す。


『……ロイに、聞こえていただろうか』


彼らしくなく、自信なさげな声に緋彩は眉を下げて微笑んだ。


「聞こえていますよ、きっと」

『ならいいが』

「仮に聞こえていなくても、マナの気持ちくらい、ロイくんにはお見通しですから大丈夫です」

『…かもな』


ふっと笑ったマナの目は、もう濡れてなどいない。燃えてもいない。神にも似た、世界を見据えたような、そこに世界があるような、神秘的な色を宿していた。


多分、これで良かった。

最善かどうかは分からないけれど、少なくともマナとロイ、お互いの気持ちを確認できたことは良かったことだろう。ロイは全て分かっていたようだけれど、マナがちゃんと言葉に出してくれたところを聞くことができたのは、きっとあの世に行っても大切な宝物となる。






ロイにとってアクア族という存在に生まれて、不老不死という運命を背負ってきたことが、幸せな思い出となりますように。


















そして、






はた、と気が付いた緋彩は、短く息を吸う。











「っあーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」




『!?』

「!?」

「!?」




突然の絶叫。

マナ、ノア、ローウェンが同時にビクリと肩を震わせてそちらを見てみれば、顔面蒼白となった緋彩がいた。


「っせぇな。何だよ」

「ノノノノノアさん!!大変です!!」

「だから何だよ」

「ロイくんが逝ってしまいまいました…!」

「見てたから分かるわ」

「いいいいいやだって!ロイくんはアクア族だったんですよ!?」

「…………あ、」


常に秀逸なノアも、こんな間抜けな声を出すのだと思った。ローウェンも横であちゃあ、と頭を抱える。全員が全員、あまりに感動的なマナとロイの惜別の一幕に本来の目的を忘れていたのだ。

鞄の中には法玉がある。あとはアクア族の血を手に入れるだけだったのだ。それで、緋彩とノアの不老不死の呪いは解除されるはずだった。

待ち望んで、追い求めて、探し続けたものがすぐ目の前にあったのだ。



さっきまで。





「…………せ、千載一遇のチャンスを棒に振ってしまった…」


ガクリ、と緋彩は膝から崩れ落ちる。


「別に、アクア族はロイだけじゃない。探せばまた見つかるだろ」

「クールに決めてますけど、顔が落ち込んでますよノアさん」

「ほっとけ……」


探せば見つかる。確かにそうかもしれないが、それがいつになるかは分からない。途方もなく遠い未来かもしれない。数が少ない上に隠れて生活しているアクア族は、言うほど簡単に見つかるものじゃない。


「まぁ、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ないよ。見つかることを願って先に進むしかない」

「ローウェンさんがすごく大人に見える…」

「他人事だからだろ」

「ひっどいな。ちゃんと二人を想って言ってるんだよ」


ヘラリとするローウェンの真意は分からないが、彼の言う通り、アクア族の血を手に入れられなかったことはもう仕方ない。あんな状態のロイに、血をくれとも言い出しにくかっただろう。

アクア族はもしかしたら次の町で出会うかもしれないし、その次の町かもしれない。希望を捨てずに情報を収集して探していくしかなかった。

今までもあらゆる手を尽くしてきたが、この先に目ぼしい情報があるかは分からないので前途多難ではあるが、緋彩はそういえば、と気が付いて顔を上げた。


「マナは知らないんですか?アクア族がいるところ」


三人のやり取りを不思議そうに見ていたマナは、ん?と首を傾げる代わりに尻尾をクネリと動かす。


『訊いてどうするんだ』

「血を分けてもらいます。私が不死、ノアさんが不老。私たちこの呪いを解きたいんです」

『……お前らも、ロイと同じことを言うんだな』


マナの表情が僅かに曇った気がした。つい今しがた、同じような状況で辛い別れをしたのだから当たり前と言えば当たり前だ。

恐らくマナが心を傷めるだろうと思っていた緋彩は、用意していたように大丈夫ですよ、とマナの鱗を撫でる。




「恐らくロイくんは、不老不死がなければ既に寿命がきていたので魔法を解けば亡くなってしまいましたが、私が不死になったのは最近ですし、ノアさんだって十年前。解呪してもまだしばらくは生き続けますよ」




龍にとっては、マナにとっては、ほんの一瞬にも足らない短い時間かもしれないけれど。

それでもいい。

僅かでも、ほんの一言でも交わせる会話が増えれば、それだけでまた一歩、龍と人間の距離は近くなる。




『そうか』




マナはそう一言呟いた後、遠い記憶を思い出すように続けた。


『私も詳しい場所は知らない。ロイがいたし、特にこちらから探そうとした機会はなかったからな』

「…そうですか…」

『ただ、ロイを拾ったばかりの頃、あいつの親を探そうとしたことはある。ロイをどうするかはさておき、幼い子どもを捨てたことに喝を入れてやらんといかんと思ったからな』

「マナって意外と面倒見がいいと言うか、親分肌みたいなところありますよね」

『誰が親分か』


そもそも同族であろうと他人の子を拾って育てようとは思わない。可哀相だと同情はするけれど、人の人生を背負えるような覚悟はそれを超えない。マナとロイは、龍とアクア族という関係だったから特別ではあったかもしれないけれど、きっとマナがロイを拾った理由に、ロイがアクア族だったかどうかは結果的にあまり関係なかっただろう。


「見つかったんですか?ロイくんのご両親」

『…見つかったには見つかったんだが、既に死んでいた。二人とも自害したらしい』

「そんな…」


もしかして二人は、ロイを捨てたことを悔やんだのかもしれない。悔やんで悔やんで、だけど引き取ることは出来なくて、追い詰められていたのかもしれない。追い詰められた結果、最悪の選択をしてしまったのかもしれない。

今となってはもう、本当のことは明らかにはできないけれど。


『その両親が見つかった場所が、ここからずっと北の大地、エリク国だった』

「エリク国?」


マナの言葉を緋彩が繰り返せば、ノアとローウェンがピクリと反応する。それ以上は何も反応しないから、緋彩はそのままマナの言葉に耳を傾け続ける。


『ああ。エリク国は人間が住むには過酷な環境だ。それを逆手にとってアクア族はそこにしばらく住んでいたみたいだが、今がどうかは知らん』

「でも、行ってみる価値はありそうですね。ノアさん、エリク国だそうですよ」


知ってます?とノアに顔を向けると、ノアとローウェン、どちらも渋い顔をしていた。知らないという顔ではない。知っているからこそのこの表情だった。


「知ってるには知っているが…」

「あそこは…ねぇ…?」

「?」


疲れたようなノアの様子と、苦笑するローウェンと、その理由を知っているかのようなマナを緋彩は交互に見る。緋彩だけが頭に疑問符を浮かべていた。

このままでは誰も緋彩の疑問を解決してくれそうになくて、一番答えてくれそうなマナに何かと訊くと、マナは逡巡しながら応える。


『ヒイロ、言ってしまってからこういうのもなんだが、エリク国に行くのはお勧めしないぞ』

「え?何でですか?」

『あそこは……』


緋彩にこの世界のことは全く分からないけれど、これでも数々の難所を乗り越えてきたつもりだ。このルイエオ国だってそうだ。生命の存在を感じない国は、歩くだけで辛い。







「あそこは所謂、永久凍土の地獄と言われる場所だ」







マナの後を継ぐように言ったノアの声が、酷く低く冷たく感じた。 

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