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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
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最後の思い

「ヒイロちゃん!ロイくんが…!」


途中、天幕の中の様子を見に行ったローウェンが、慌てた様子で天幕から顔を出して声を張り上げた。どう見ても目を覚ましたという雰囲気ではない。

緋彩は全身から血の気が引くのを感じ、ノアと共に天幕に急ぐ。





「ローウェンさん、ロイくんは…っ」


じれったくなったのか、フラフラと歩く緋彩を途中からノアが抱えてくる。急いで天幕を覗くと、そこには先ほど見た時よりも数倍顔色の悪くなったロイがいた。


「さっき少し目を覚ましたんだけど、それから急激に血圧が下がったように感じる。…もう、数時間もないかもしれない」

「数時間も…」


ないって何が。

マナには偉そうにロイの決断を許せとか言っておいて、緋彩は自分の方が現実を受け止められないことに今更気付く。

ロイは既に、不老不死の魔法解除を行っていたらしい。だから干からびた肌は元に戻らないし、嗄れた息は浅く細いまま。百十一年もの長い時間は、人間をこんな風にする。

傍に膝を折って包む手は体温も血の気もない。せめて自分の体温を移せないかときゅっと握ると、緋彩の力でもおれてしまいそうだった。


「ロイくん…、待って、まだ待って。このままじゃ駄目だよ」


マナも、ロイも、このまま永遠の別れをしていいわけがない。ロイが何と言ってマナのところから飛び出してきたか緋彩たちには分からないけれど、マナが怒って追いかけてきたくらいなのだから、今生の別れの言葉は感動的なものではないだろう。

緋彩はぐっと眉根を寄せて、半ば四つん這い状態で外に顔を出した。






「マナ!こっち!こっち来てください!!」






先程まで襲おうとしていた相手に合わせようなんて何を考えているのかと、ノアもローウェンも緋彩を止めようとしたが、緋彩は二人にもキッとした目を向けた。


「ノアさん、ローウェンさん!天幕を剥がしてください。マナにロイくんが見えるように!」

「は…?何を…」

「お願いします!」


先程までマナが話していたロイとの日々は所々しかノア達には伝えていない。二人からしたら一体何がどうしたか分かっていないだろうけれど、緋彩の真剣な目に、ノアは返事もせずすくりと立った。ローウェン、と静かに呼ぶと、ローウェンもノアに倣って立ち上がり、支柱に結びつけてある天幕の紐を外していった。

マナはしばらく渋っていたが、緋彩の呼び声が徐々に鬼気迫るものになってきて、そのうち恐怖を覚えたみたいだ。少し顔を青くしながらゆっくりとその巨体を緋彩達がいる方へ近づけてきた。




そして、天幕が剥がされると同時に、朝日が顔を出す。











「────────…マナ、」











そう、龍の名を呼んだのは緋彩ではない。











「ロイ」











もう何度そうやってお互いの名を呼んだことか。数百回、数千回、数万回、何度呼んでも飽き足らない名を、その度に初めて呼んだかのような新鮮さで。






ロイは、マナと同じ金の瞳でマナを映す。


「マナ、ごめんね…、ごめんね、マナ」

『……もうよい』

「ごめん、マナ。僕をこんなにも長く育ててくれたのは強いマナなのに、僕は弱いまんまで、一族の呪いにすら打ち勝てない。…情けないや」

『もうよいと言っている』


それは本当に死に際の声だろうか。

ロイの声は十一歳だと言ったその年齢のように無垢に、はっきりと、その時だけは百年という時間を何処かに吸い取られたように聞こえた。


「でも、怒ってるでしょう?マナ」

『怒ってない』

「うそ。すごい顔で追いかけてきたの僕見てたよ」

『元々こういう顔だ』

「そんなことない。マナは優しい顔だよ。そして綺麗だ。百年も見てきた僕が言うんだから間違いない」

『女でも口説いているつもりか』


へへへ、とロイは少年の笑みを浮かべた。


「頑固なマナを説得するくらいなら、女を口説く方がよっぽど簡単だよ」

『見た目は幼児、中身は老人の都合のいい経験値人間だからな、お前は』

「ははっ、酷いや。ろくに人間界で生活してないから大したコミュニケーション能力は培ってないよ」

『それで女を落としているんだから、根っからのタラシ野郎だな』


まさか。

見た目の所為か、ロイがそんなプレイボーイだとは想像していなかった。衝撃を受けて緋彩もノアもローウェンも静止している。


「…楽しかった。楽しかったよ、マナ。マナに出会って、ずぅーっと楽しかった」

『そうか』

「楽しくて、嬉しくて、可笑しくて、離れがたくて、時を止めてしまいたいくらいに幸せだった」

『……そうか』

「だからさ、マナ」


当たり前の毎日は、そんな風に感じない。当たり前だと思っていたから。

それが当たり前ではなくなってしまった瞬間、あぁ幸せだったんだと気付くのだ。











「もう泣かないでよ」











大粒にも程がある雫を、地面がへこんでしまうくらいに滴らせたのは金の瞳。


その一滴を小さな手に掬って、ロイは幸せそうに笑った。




「へへ…、マナが泣いてるとこ初めて見た」

『…やかましい。最初で最後だ』

「最後とか言わないでよ。寂しくなるじゃん」

『お前の所為だろうが』

「そうでした」




よく見れば、マナの涙を掬ったその手は風に舞うようにして崩れていき、零れた温かな涙は干からびた大地が歓喜しているように吸われていった。




『ロイ』

「なぁに?」

『残念だが、私はお前を許せそうにない』

「ははっ、やっぱ怒ってんじゃん」

『怒ってはいない。悔しいのだ』

「悔しい?」




小首を傾げた拍子に頬が欠ける。




『私は、お前を救ったと思っていた。悲惨な人生から救ったと』

「マナは救ってくれたよ。だから僕はこうして今笑えてる」

『いや、救えなかった。不老不死の恐怖から』

「……マナ……」




眉を顰めた拍子に片目が欠ける。




『私がもっと…、永遠の命を恐怖に感じないくらいにもっとお前を幸せにできていたら…』

「僕は充分幸せだったよ、マナ」




肩を震わせた拍子に、腕が欠ける。




『だがお前は、死を選んだ』

「…全く、本当強情だな、マナは」




笑った拍子に、腹が欠ける。




『お前が永遠に恐怖を抱いてしまったのは、私の責任だ』

「どんな人が如何なる死力を尽くしたって、僕の選択は変わらなかったよ」

『どうして……』




覗き込むマナに近付こうと動いた拍子に、脚が欠ける。




「だって僕は人間だ」




不老不死なんて大それたもの、身の丈に合わなかったのだから。




「でもね、マナ」




残った片目から涙が零れた拍子に、頭が欠ける。








「不老不死になったことでマナに会えたんだから、それでよかったと思ってる。恐怖と同じくらい幸福だってあったよ」








涙が頬を伝った拍子に、唇が欠ける。




「マナは?やっぱり子どもの世話は大変だったかな?」

『……当たり前だ』




ましてや人間の子どもなど。

迷惑そうな、不服そうなマナの声色は、それ以上に悲しみで埋め尽くされていて。




「はは、ごめんね」

『もう謝らなくていいと言っている。…最後くらい、謝るな』

「そうだね」

『お前は謝ることしか知らんのか。私の教育が足らなかったな』

「こんな時までお説教?」

()()()の社会でもうまくやっていかんとならんだろ』

「過保護」

『当たり前だ。お前には私しかいないんだから』

「マナにも僕しかいなかった」

『そうだな』

「でもマナ、これからは違うよ」

『そんなことはない。これからも私はお前しかいない』

「ううん。これからは僕はいないんだよマナ。でもさ、きっと寂しくない」

『……その根拠は何だ』

「だってマナと話せる人、僕以外にも見つけたでしょ?」




もうロイはどこを見ているか分からないのに、マナはロイの視線を追うかのように緋彩を見つめた。




『このちんちくりんにお前の代わりになってもらえということか』

「はははっ、違うよ。代わりなんてそんな大変そうなこと頼めない」

『じゃあ何を…』

「代わりじゃないけどさ、誓いを交した人間(あいて)と意思を交わせるって大事なことだよ」

『誓い…』




龍の感覚でも大昔だと思うくらい遠い昔、互いに信頼を誓約した唯一の存在。

その誓約が守られているのか、これからも守られるのか、行使したい時に有効なのか、そもそもその誓約は今も存在しているのか。

意思を交わせる存在がいるということは、その証拠とかなる。




「このヒイロさんって人には厄介な荷物背負わせて申し訳ないんだけど、僕もこのままじゃマナが心配だからさ」

『お前に心配されることなど何もない』

「マナが決めることじゃないでしょ。そういう自信過剰で横暴なところ、ちゃんと見つめ直した方がいいからね!」

『余計なお世話だ』




ふん、と拗ねたようなマナの表情に、ロイが笑った───気がした。もう顔の殆どが欠けていて、表情など分かりはしない。

そして、その笑顔に応えるように、優しいマナの声は丁寧に彼の名前を紡ぐ。




『ロイ』


「ん?」




声を紡いだ拍子に、顔の全てが欠ける。













『私も、幸せだった』













マナが顔を寄せた拍子に、ロイは全て、風に舞った。








あーつらい。

『生贄の救世主』のヘイデンとマクスウェルの時もそうだったけど、こういうのは胸がきゅうっとして前屈みになりながら書きます。

つらいけど筆が乗るんだよなぁ。酷い人間だよなぁ、私(笑)

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