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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
122/209

唯一の存在

「…命を、」

『ロイと過ごした日々は、悪くなかった。楽しいという感情は私には分からないが、あれが楽しいというものなら、そうなのかもしれない』



泣いて泣いて泣いて、


泣き腫らした目がマナを映した時、

泣き声以外のロイの声を聞いた時、

『寂しい』と初めて気持ちを言葉にした時、

自分の名前を教えてくれ、マナの名前を呼んだ時、

悪夢に魘された夜にマナを頼ってきた時、

やっと食事が喉を通るようになった時、

自分の足で立ってマナの鱗に触れた時、

晴れの日も雨の日も、自ら外を覗くようになった時、

『ごめんなさい』が『ありがとう』に替わった時、

絶望を映していた目が、希望を見るようになった時、

怪我をしたマナを心配し、手当てまで出来るようになった時、

自分のこと以外にも興味を抱けるようになったこと、

共に笑い、共に怒り、共に悲しみ、感情を共有できるようになったこと、

永遠とも言える同じ日々を、繰り返すことが幸せだと感じるようになったこと、


ほんの僅か、意思を交わせる存在がこんな出会いとなるとも知らずに、

何故今まで互いを知らずにいることが出来たのだろうと不思議に思うくらいに。




ずっとずっとずっと、


永遠だと思っていた時間は、そう長くないと思い知らされたのは、子どもの姿のままのロイからだった。




昔話をするように語るマナは、楽しそうで、苦しそうで、嬉しそうで、悲しそうで。

家族とも違う、仲間とも違う、永遠の存在を見つけた二人は、それは永遠ではないと知る。






『…不老不死は永遠という時間がいつか重荷になる時が来る。長くても百年程の寿命だという人間にとって、それは果てしない時間で、不安で、虚無で、恐怖なのだとも理解できる。…私も、覚悟していなかったわけではない。そうではないが、ロイは早すぎた。まだ通常の人間の寿命ほどしか生きていないのだぞ?五千年…いや、千年でいい。千年生きて、もう終わらせたいと言うのなら私も諦めたかもしれない。だがたった百年だ。百年だぞ、分かるかヒイロ。たった百年生きただけで、ロイは命を止めることを決断した。私の言うことも聞かず、私の元から離れていったんだ』

「……マナ、」




低く、落ち着いた声色。だけどそこには限りなく熱せられた感情が沸々と沸き起こり、饒舌に、震えて、表現のしようのない感情が満ち満ちている。

悲しかったのだろう。悔しかったのだろう。

この先もずっと一緒だと思っていた存在が離れて行ってしまったことが。




『私は間違っているか、ヒイロ。人間は愚かで浅はかで利己的で嫌いだ。その最たるものが、ロイなのだと私は悟った』

「マナ」

『私が間違っているのなら、何が違う?どこで間違った?何を間違った?』

「マナ」

『私はどうすれば良かった?どうすればロイは、今も私の側にいた?』

「聞いて下さい、マナ」


ともすれば泣き出しそうなマナの悔しそうな声に、緋彩は手を伸ばしてマナの頬を挟むように触れた。勿論緋彩の腕では頬どころか、口からはみ出す鋭い牙に手を回すのがやっとだったけれど。

噛み殺されるリスクだってゼロではないのに、躊躇なく触れてくる緋彩の体温にマナは動きを止める。聞いて、と繰り返す彼女の声は決して大きくないのに、強く、芯の通った音。




「マナは間違っていないです」




優しく響く音。




『では何が…』

「誰も何も、間違ってないんですよ、マナ」




優しく紡ぐ言葉。




『だったら何故こんな事態になった?何故、ロイは今私の元にいない?』

「マナ…、あなたは優しい龍です。優しい存在です。ロイくんにとってかけがえのない、唯一無二の存在だったでしょう」

『そんなこと、』




離れたことで感情が狂ってしまうほどに。


大切で、大事で、宝物にしていた日々が永遠だと信じた時間はもう戻らない。


それが、悲しかったのだ。



これ以上悲しませたくない。苦しませたくない。


そう思うけれど、だからこそ緋彩はゆっくりとマナの目を見て、悲しみと苦しみを吐き出させる。








「マナ。人間という生き物の百年は、あなたたち龍の永遠にも似た感覚なんです。人間の平均寿命を超えているのですから、人間としては果てしない時を過ごしてきた感覚になるのも仕方ないんです」








時の流れるスピードは、物理的には万物共通なのだけれど、感覚的にしてしまうと突然変わってしまう。龍の時間と人間の時間は、あまりにも違い過ぎたのだ。


「ロイくんにとって、百十一年という時間は、とてもとても長い時間だった。永遠とも呼べるくらいにとても。マナは永遠という時間が人間にとって重荷になる時が来ると理解してくれています。…その時が、今だったんですよ」

『それが今だったのが私は納得できていないんだ』

「早すぎるでしょうか?お別れを言うには、まだ時間が足りなかったでしょうか?今という時が来るのは、まだ先が良かったでしょうか」


緋彩の声と表情と言葉でなければ、それはマナを追い詰めているようにも聞こえただろう。だが、優しく触れる指先が、柔らかく微笑む顔が、彼女から発せられる空気と共にマナを包み込む。


「マナは、ロイくんが命を終える決断を、簡単に決めたと思いますか?」

『それは…』

「永遠という時間は恐怖です。果てしない未来は不安で埋め尽くされます。だけど同時に、誰だって命を失くすことも怖いんです。それを自分で止めてしまうのは尚更。そんな人生最大の選択をするのに、彼がどれくらい悩んだか」


そう決断した彼は本当に愚かだっただろうか。彼の決断は本当に浅はかだっただろうか。利己的で身勝手で、マナの気持ちなど考えもしなかっただろうか。





「マナはロイくんが嫌いになってしまいましたか?」





人間が生まれてから死ぬまでくらいのとても長い間、死に脅かされず過ごした時間は、偽物だっただろうか。










『そんなはずない』










揺れていた瞳を据えて、はっきりとマナはそう言った。

そして緋彩は、訊いておきながら答えは分かっていたような顔をして、満足そうに笑みを深くする。


「だったら、問題ないじゃないですか。万事解決!」

『何言って…』

「マナはロイくんが好きで、大切で、大事で、永遠だと思っていた。そうでしょう?」

『…だから、私はロイの決断を受け入れられない』

「じゃあロイくんは?」


ツンデレにしてもツンが行き過ぎているマナは、一筋縄では説得できない。カツ丼と田舎の母ちゃんを用意しろ。

そんな素直じゃないマナが、唯一素直になれた場所。それは、愛すべき相棒の元であれ。




「ロイくんは、マナと同じ気持ちではなかったというんですか?」




大切で、大事で、永遠だと思っていたのは、ロイだって同じだっただろう。だから人間にとって百年以上の長い時間を共に過ごした。

それを捨ててしまわなければならないということが、どれだけ苦しかったか。


きっと、それを決断してしまわなければならないほど、永遠の命というものは恐ろしくて。



「ロイくんだってマナと同じです。ロイくんもロイくんを受け入れ難かった。マナがこんなに心を痛めているのに、何故こんな決断をしなければならなかったのか。マナを傷付けてもいつかは決めなければならないことを、どんな思いで決心したと思いますか。…到底想像もできない」


ロイはきっと、マナがこうして怒ることは分かっていただろう。マナの元を離れて逃げ出しても、地の果てまで追い掛けてくることを予想してただろう。

だって、ロイもマナが唯一無二の存在だったのだから。




「ねぇマナ、」




緋彩は、抱き締めるようにマナに頬をくっつけた。

硬い硬い鱗が、ひんやりとして氷のようで、溶けてしまいそうで。









「ロイくんが大事だから、マナだけはロイくんを許してあげましょう?」









命を絶つことは、決して肯定できることではないけれど、


分かってあげられる存在がいてもいいと思うのだ。










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