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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
118/209

心配

泣き声が聞こえる。


知らないのに知っている声。



ずっと泣いている。



何が悲しいのだろう。


何が苦しいのだろう。



悲しみも苦しみも取り除いてやることは出来ないかもしれないけれど、寄り添ってあげることはできる。





ねえ、





だから教えてほしい。








あなたは何を泣いているの?




























「ヒイロ」






静かに、だけど決して弱くない声で名を呼ばれると、緋彩は呼び戻されたかのように瞼をゆっくりと持ち上げた。

酷く乾燥していて、瞼の動きで眼球が傷つきそうだ。そういえばあまり水分を取っていないんだった。それは乾燥もするだろう。


「……ノア、さ、…っつ…」


視界に入る端正な顔に声帯を動かすと、それだけで全身が潰されるような痛みが走る。すかさずノアに喋るな動くな息するなと無茶な三大禁止事項を申し渡される。


「傷が深すぎてまだ再生しきっていない。元に戻るまでじっとしてろ」


どうやら緋彩は今天幕の中にいるようだった。目だけを動かして横を見ればロイが隣に寝ている。見たところ新しい傷は負っていない。良かったと緋彩は胸を撫でおろすが、撫でおろす胸は抉れて只今絶賛再生中、グロいことになっている。

ローウェンの姿がない。外で見張りをしているのだろう。あんなことがあったばかりだ。重傷とはいえ、緋彩の傷がまだ再生しきっていないところからすると、あれから然程時間は経っていないようだ。多分外は戦争でもあったかのような惨状になっているだろう。


あれだけ龍が暴れたのだから。



「────…っ!マナはどうなって…っ、いっ…っ!」



そういえばそうだった。一瞬記憶が飛んでいたけれど、さっきまで荒れ狂う龍と対峙していたのだ。緋彩は思わず勢いよく起き上がってしまって、身体が真っ二つに崩れるかと思った。そして改めて見た自分の再生中の身体は自分で見ても気持ち悪くなるくらいグロい。

衝動的に起き上がる力がどこに残っていたのか分からないが、さすがに身を起こしておく力は全くなくて、すぐにふらりと身体が傾いた。地面に背中を強打してしまう前にノアの腕が間に入る。


「じっとしてろっつっただろ。死にてぇのか馬鹿」


じっとしてても普通死んでいる怪我だ。こんな状態になっても死なないものなのか。しかも意識もあるのか。いっそのこと再生しきるまで意識飛ばしていた方が楽かもしれない。死なないのに本来なら死ぬはずの苦痛を味わうというのは割としんどい。本当にとんでもない身体になってしまったなぁ、なんて、緋彩は改めてしみじみ感じた。


「……マナ、は…?」


殆ど息のような声で訊ねると、ノアは眉を顰めながらも天幕の入口を捲る。そこから覗く外には、金と銀に輝く鱗が見えた。全体は見えないので何がどうなっているかは分からないが、先ほどまでの激しく動いている様子はない。じっとそこにいるだけのようだった。


「お前が龍に触れた後、嘘のように大人しくなって、さすがに疲れたのか今は眠っている。一応ローウェンが見張っているけれど、まだ起きる様子はねぇよ」

「そう、ですか…」


とりあえず誰にも被害がないのは良かった。目を覚ましたら分からないけれど、少なくとも少しは怒りを収めてくれれていればいいと思う。

良かったと多分音にはなっていない声で呟くと、ノアの眉間の皺が一本増えて、あ、と緋彩の表情は固まる。


「ノアさ」

「…ざけんなよ、クソが」

「す、す、すみませんクソです!ノアさんには多大なご迷惑を…!」

「喋るなと言っている」

「は、はひ…っ」


やばい。

龍の怒りが収まったかと思うと今度はこっちが煮えている。しかも龍のように目に見えて噴火するタイプではなく、末梢神経から骨の髄まで凍て尽くす、超低温氷点下タイプだ。今までのどのイケボよりもまだ低い、地の底から聞こえてくるような声が淡々と言葉を紡ぐのが死ぬほど怖い。龍の方も余程だったけれど、緋彩にとってはこっちの方が何百倍も恐ろしかった。

ダラダラと流れ落ちる冷や汗が傷に染みるし、ただでさえ致死量の失血をしているのにさっと血の気が引く。どうにか取り繕おうとあれやこれや掛ける言葉を探すけれど、どれもノアの怒りを倍増してしまいそうで無闇に言い出せなかった。

とりあえず多分喋ったら傷に塩塗りこまれると思い、口を堅く引き結ぶ。早く身体が再生しないと逃げようにも逃げられない。タイミングを見計らって外にいるローウェンに助けを乞うしかないと、逃走ルートをシミュレーションしていると、すっと頬に冷たいものが触れる。


「!」


驚きに目を見開いたのは、その体温にではない。

説教の時間の始まりだと身構えたわけでもない。










「────…本当…、この馬鹿が」











怒りではない他の何かの感情で、ノアの表情が顰められていたからだ。





「ノアさん…?」





元々低い体温が、さらに温度を下げて緋彩の頬を撫でる。それは咎めでも憤怒でもなく。




もっと柔らかい何かの感情で、








「ノアさ」








愛おしいものに触れるように、




ゆっくりと、
















「…っの、クソ馬鹿ボケ痴女トラブル女が!!!!!」

「いててててててて!?」







頬を思いっきり抓った。







「いてぇわけねぇっだろこんな大怪我に比べたら!!」

「ななな何するんですか大怪我人に!鬼!悪魔!鬼畜!」

「ああっ!?」

「痛ぁー!!」


ノアの指にさらに力が入る。緋彩の頬はこのままちぎられるのではないだろうかというほどだ。その後緋彩の頬を伸びるまで伸ばして、最終的にバチンと離した手をそのまま胸の間で組んだ。どうやらこれでも頬だけに怒りを収めてやっただけ有難く思えということらしい。

真っ赤になった頬を擦りたいけれど、腕がまだ持ち上がらない。というか、感覚がない。腕がちゃんとついているかも怪しい。そんな感じだから、痛みは確かにあるけれどそれがよく分からなくなってきているのだ。これだけ重傷だと感覚が麻痺してくるのだろう。ノアに抓られた頬の方が余程痛くて、緋彩は涙目でノアを睨んだ。

ふと、そのノアの顔が緩む。勿論笑っているわけではない。表情に宿しているものが怒りではなくなったからだ。




「お前、自分が今どんな状況なのか分かってんのか」

「……へ?」




一瞬、ノアの目線が緋彩の身体に移るが、目を細めるだけで言葉には出さない。

どんな状況と言われても、横になっている状態の緋彩では自分の身体はよく見えない。先ほど一瞬見た限りでは、随分悲惨な感じだとは思ったけれど。


「お前の身体から龍の爪を抜けば、身体は真っ二つに千切れた。腕や脚もあらぬ方向に曲がり、出血は勿論、千切れた断面からは骨や内臓がはみ出ていた」

「…な、なんか恥ずかしいです…」

「言ってる場合か」


生々しすぎて自分が自分で気持ち悪いし、裸を見られたみたいな感覚に襲われる。実際は裸どころか内臓までお披露目してしまっているのだけれど。


「すみません…。ノアさんにも痛い思いを…」

「そうじゃない。いくら不死だからと言って、感覚がなくなるわけじゃねぇし、傷が深ければ深いほど再生には時間が掛かる。そして再生したとしても、新月になればまたその負荷がかかってくるんだぞ」


あれほど苦しんだ夜を忘れたのか、とノアの目は真剣で、怒りというよりは苛立ちを含んでいた。それは緋彩に宛てているというわけではない、もっと何処か、捌け口のないもののようで。


「分かってます。分かってますけど、あの時はああするしか思いつかなくて…、ノアさんに影響してしまうのは申し訳ないと思いましたけど…」

「俺のことはどうでもいい!自分の身を案じろっつってんだよ!心配させんな!」

「そんなこと言ったっ……………………はい?」


今度こそ緋彩はノアが何を言っているかよく分からなくなって、思いっきり目を丸めた。今、彼は何と言ったか。ノアが、自分のことはどうでもいいから緋彩自身の心配をしろ?何かの聞き間違いか、それとも彼はノアではないのだろうか。


「ノ、ノアさん…?頭どこかぶつけました?それとも私の幻聴?」

「ぶつけてねぇよ。何かおかしいのか」

「だ、だって、ノアさんが私の心配をしてくれているように聞こえるんですが」

「そうだと言ったが」

「…………………………」


当然のようにふんぞり返るノア。態度はいつものノアだ。横柄で傍若無人、緋彩をペットか何かのように扱うし、かくなる上は、緋彩は一度ノアに心臓を一突きされている。そんな男の口が一体何を言うかと思うが、良くも悪くも彼は冗談を言うような柔らかい頭は持ち合わせていない。




だとしたら、本当にノアは緋彩を心配したと言ったのだろうか。








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