通じた思い
ノアの目が驚きに見開かれてゆっくりと緋彩に視線を移す。
龍と知り合いということはどういうことか。
意思を通じ合わせることが出来ると言うこと。
許された一部の人間にしか出来ないと言うこと。
それは、限られた存在であると言うこと。
アクア族であると言うこと。
「……な、に……?」
殆ど口が動いているだけ、音にならない声がノアの喉を通った。緋彩の言葉を疑っているというよりは、その事態を呑み込めないと言った方が正しい。
それはそうだ。長年探し求めていたものが、こんな形で見つかるなんて。しかも相手は子どもだ。最近生まれた命だ。現存しているものだけが、命を永らえてどこかでひっそりと暮らしているとだけ思っていた。もう、失われていくだけだと思っていたのだ。
「まだ意識ははっきりしてないけど、ロイくんが呟いたんです!『マナ』、って…!」
「マナ、」
「きっと、その龍の名前!」
酷く懐かしそうに、愛おしそうに、寂寞と謝罪の想いを幾重にも重ねながら呟いた名前は、確かに誰かに向けたもの。それが龍だ決めつけるのは早計かもしないけれど、緋彩はどこかに根拠のない自信を持っていた。
「ノア、龍が!!」
「!」
緋彩の声を聞いて、反応したのはノアだけではなかった。
ローウェンの声に、ノアははっとして龍を振り返る。その時にはもう、龍の意識はノアでもローウェンでもない、もう一つの場所へ向いていた。
「ヒイロ!ロイを連れて逃げろ!!!」
ノアが叫んだと同時に、龍は緋彩達がいる天幕の方へ一直線に突っ込んで行った。
「え…、ええええっ!?」
逃げろと言ったって、全力で走っても動きの速い龍に追いつかれるのは必至だ。それにロイを連れてなんて、無茶も酷すぎる。子どもでも、小学生の年齢の男児は抱えるだけでも緋彩には精一杯だ。
だからと言って、向かってくる敵意をこのまま黙って迎え撃つことも出来ない。
ノアはすぐさまこちらに向かってきてくれてはいるけれど、多分間に合わない。せめて、時間稼ぎだけでも出来れば及第点だろうと、緋彩はロイを背中に負ぶり、ガクガクな脚で天幕を出た。
その時にはもう、龍との距離は僅か五十メートルもないくらいに迫ってきていて、時間稼ぎなんて出来ても数秒だろう。
そんな僅かな時間、何の役に立つと言うのか。
役に立てるのは、何をすればいい?
考えろ。
この一瞬の間、
考えろ。
そして今すぐ、
『────────ロイ、私はお前を許さない』
鈴の音のような音と共に、憎しみのような、落胆のような声が鼓膜に直接当たる。
「────────…」
分かる
これは、もしかしなくても
龍の声、
次の瞬間、緋彩は足を止めて背中に負ぶっていたロイを突き放すように放り投げた。何処からそんな力が出てきたのかは分からない。優しく労わって地面に下ろしてやる時間などなかったのだ。許してほしい。
「ノアさん!!」
「っ?」
そしてキッと龍の後ろからこちらに向かってくるノアを睨みつけるように眼光を鋭くし、全力で声を張り上げた。
「ちょっとごめんなさい!!!!!」
「────…は…?」
突然に謝り出す緋彩に、ノアは走りながらも先ほどよりも驚いた目をした。そして、それ以上は何も言わない彼女の、決して弱まらない強い光を宿した瞳を見てただ一言、独り言のように呟いた。
「あのバカ…っ」
ノアの悪態が吐くのと、龍の爪が緋彩の身体を突き破るのはほぼ同時だった。