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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
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呼び声

「何で龍がここに…!」


さすがのノアもこのことまでは予想だにしていなく、ギリリと奥歯を噛み締めた。一直線にこちらに向かってくる龍は、数十メートルはある巨体を星々の間を潜るようにして突っ込んでくる。宙に浮いていると言うのに、低空を飛んでいるからか、自分の身体の大きさも熟知していないおまぬけさんなのか、尻尾の方が地面にバシンバシンと鞭打っていた。その度地震が起き、地面は無残に割れていく。まるで大砲でも落ちてきたかのような音だ。先ほどまでの音と揺れはこれが原因だったのかと悟る。


「ノノノノノアさん!?何かあの龍怒っているように見えるんですけど、私の気のせいですか!?」

「知らん!俺に訊くな!」

「だってなんか爆音に混ざって怒っているような唸り声聞こえません!?」

「知らん!」

「こっち向かってきてますけどノアさんたち、怒り狂ってる龍相手に戦ったことありますか!?」

「ねぇよ!初体験だ!」

「おめでとうございます!」

「うるせぇ!引っ込んでろ!」


とりあえず祝ったけど何がおめでたいのかは緋彩も分からない。実際、祝っている場合ではない。ノア達の様子からして彼らも龍相手では分が悪いのだ。どんなに巨体で素早い動きでも、人間や野獣相手ならノアに敵う者などない。だがそれは物理攻撃が効くからであって、仮に魔法を使われたとしても、ノアの剣がその魔法をも凌駕する強さを誇っていたからだ。

だが、相手は龍だ。

魔力の始祖とも言える生物が使う魔法は、恐らく想像の域を超える。それに何だか分からないけれど、龍は激おこの様子であり、何故かターゲットは緋彩達だ。戦いの回避も出来そうにない。


「わ、来た!」


あんなに遠くにいた龍はあっという間に緋彩たちの目の前まで迫ってくる。竜巻でも起こったかのような突風と共に龍はノアとローウェンの前で急ブレーキをかけた。やはり、緋彩達に何かの怒りを覚えていることは確からしい。峡谷で出会った龍であれば、大事な卵を拝借したり、法玉を取って行ったりしたので、怒られるようなことをしていないと言ったら嘘になる。

だが、今目の前にいる龍は恐らく峡谷にいたものとは違う龍だ。峡谷で見たものより一回りも二回りも大きく、近くで見ると首が痛くなるほど上を向かなければならぬ大きさだ。


そして、何倍もの威圧感を感じる。




「────…っ、」




灰色の鋼鉄のような鱗に覆われた身体は闇の中で銀色に光っている。鋭い爪と牙は磨かれたように白く輝き、金色を纏う瞳は世界の知り尽くしているかのようだった。

緋彩は立ちっぱなしの鳥肌を押さえつけるようにして両腕を擦る。


恐怖、


いや、これは恐怖というよりは畏怖だ。


意志よりも早く、身体全体が龍という存在にひれ伏している。勝手に膝が笑い、勝手に手が震える。寒さに凍えていた身体は、寒さなんかより余程恐ろしいものを感じている。怒りか、強さか、存在感か。

とにかく身体が思ったように動かない。地面に膝を付けたまま、それなのに緋彩は龍から目を離せなかった。


美しくも恐ろしい、その存在から。











「ノア、危ない!」

「っ!」



メジャーリーガーのホームラン時より大きく、名のある剣豪よりも素早く、龍の爪はノアを引き裂かんと振り下ろされる。紙一重で飛び退いたノアの服は腕のところが大きく破られた。皮膚も多少傷ついてはいるが、大した傷ではない。


「…、くそ、でかい図体の割に速いな…!」

「ノア、大丈夫っ?」

「いらん心配すんな!それより目離すと一瞬で真っ二つにされんぞ!」

「うおっ!?」


ローウェンの方にも爪の脅威は及ぶ。

龍が何に怒り、何を見ているのかは分からなかったが、当然に剣を携えている者は敵意があると見なされる。龍でなくとも攻撃力がある者から狙われるのは自然なことだった。

龍の攻撃は勿論爪だけではない。巨大な口からはみ出す牙も、蛇の如く、だが蛇よりも数百倍は硬い胴体の鞭も四方八方から襲ってくる。地面を殴りつけるたび爆音と倒れ込むほどの地響き、雄叫びをあげればビリビリと空気に含まれた殺気が肌を切り裂く。

ノアもローウェンも攻撃を避けるのが精一杯で、全く手も足も出ない。二人掛かり、しかもノアほどの実力を以てしてでもこの状態なのだ。いかに龍の強さがどれほどかと思い知らされる。




「ローウェン!」




いつになくノアの焦った声が彼を呼んだ時、既に迫りくる尾の鞭がローウェンの視界をいっぱいにしていた。





「ぐあ…っ!!」





漫画のように弧を描いて吹き飛ばされたローウェンは、受け身も取れず地面に叩きつけられる。何度かバウンドして瓦礫にぶつかることでやっと止まった。


「ローウェンさん!!」

「ヒイロ出てくんな!」

「っ!」


駆け寄ろうとした緋彩を、ノアがどうにか龍に反撃しながらも厳しく止める。ぐっと踏み止まり、緋彩は唇を噛み締めた。今、緋彩が出て行っても何もできないどころか邪魔になるだけだ。中途半端な同情や仲間意識で飛び出していい場面ではないと冷静になる。

ローウェンだって決して弱い剣士ではない。派手な音を立てて瓦礫に突っ込んで行ったが、間を置くことなく立ち上がった。


「いって……、さすが龍、噂に違わぬ強さだね」

「かっこつけてねぇで早く戻れボケ!」

「はいはい…!」


あちこちから血を流しているけれど、ローウェンの意識はしっかりしているようだった。すぐに戦いに戻るが、ノアの剣もローウェンの剣も鉄のような鱗に弾かれるし、たとえ一撃入れられたとしても龍にとってはかすり傷くらいにしかならないだろう。避けて、避けて、避け続けて、避けていられるうちにどうにか龍の動きを止める手立てを考えるしかない。


どうする。



どうする。




今、冷静に思考を巡らすことができるのは緋彩だけだ。


決して頭は良くないし、学習能力もないけれど、たまに閃きには恵まれている。こんな追い込まれた状況で良い閃きが浮かぶかどうかが問題だが、考えないことには閃きも訪れない。


考えろ。考えろ。


そもそも、何故龍は自分たちを狙っているのだ。

何故龍は怒っているのだ。

龍とは、こんなにも過激な生き物なのか。人間に魔力を分け与えた彼らが、こんなにも美しい空気を纏う彼らが、こんな辺境の地まで来て露にする怒りとは何なのか。


考えろ。


龍は何を怒っている。何を考えている。




何の為に、怒っている。
















「────────…う…」


「!」




小さな、外で響き渡る爆音にかき消されそうな、小さな呻き声。

緋彩ははっとして後ろを振り返る。


「────…う、…マナ…、」

「えっ?な、何?何て言ったのロイくん!」


苦しそうに顔を歪めるロイの唇が、僅かに動いている。酸素を仰ぐように、殆ど息のような掠れた声を何とか絞り出そうとしている。

緋彩はロイの傍らまで駆け寄り、口元に耳を近づける。


息と声が、空気を揺らすのを聞き逃さないように。






「…マナ、が、来た、の……?」



「………え?」






はっとして見たロイの顔は、まだ目が閉じられたままだ。もしかして譫言かもしれない。熱も下がり切っていないし、悪夢に魘されているだけかもしれない。だが確かに聞こえた”マナ”という誰かの名。



マナが、()()



もし譫言ではないとしたら、ロイが何かを感じ取ってそう言ったとしたら、マナというのはもしかして、











「ノアさん!」











緋彩は再び天幕から顔を出し、飛んだり跳ねたりしているノアに向かって声を張り上げた。龍の雄叫び、地響きにかき消される。




でもきっと、届く。




「ノーアーさーんーーーー!!!」

「ああっ!?」

「ひぃっ!」


声が裏返るまで必死で呼んだのに、鬼の形相で返事をされた。届いたけど怖い。


「何だようっせぇな!見ての通り今手が離せないんだが!?」

「分かってますよそんなこと!」


分かってる。爪や牙などの攻撃に加え、今度は魔法まで繰り広げられているのだ。隙を狙って繰り出す攻撃は片っ端から撥ね退けられるし、避け続けるのにも体力が削られていく。そんな中に子どものような緋彩の声が呼べば、それは苛立ちもするかもしれない。

だが、緋彩はそれを分かっていて呼んだのだ。伝えなければならないから。


「大した用じゃなければ後でしばき倒すからな!」

「それでもいいから聞いて下さい!」

「!」


意外にも緋彩の様子が真剣で、覚悟の決まった声で、ノアはほんの少し目を細めた。


「ロイくんが!目を覚まして!それで…!」

「悪いがじっくり話を聞いてやる余裕はない!要点だけを言え!」


ああそうか、と緋彩は今更ながらに気が付いた。

いつもは要領を得ないことの多い緋彩の話を、ノアは黙って最後まで聞いていた。そのまま無視されることも多かったけれど、多分、ちゃんと聞いてはいたのだ。

信用ならないことも、意味が分からないことも、きっとあっただろう。

けれど、彼は無下に投げ捨てたりなどしなかった。





「…っ、」





だから、きっと届くと信じてしまうのだ。












「多分ロイくん、その龍と知り合いです!!!!」











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