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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
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自分を律すこと

「うぃっくし!」


すん、と鼻を啜る緋彩にノアはジト目を向ける。


「お前、オヤジみたいなくしゃみするよな」

「ほっどいでぐださい」

「鼻水出てるぞ」

「乙女になんていうことを」

「乙女が鼻水出すなよ」


そんなこと言ったって、乙女だって人間なのだ。鼻水くらい出るだろう。

うう、と緋彩は赤くなった鼻を温めるように目の下まで夜具で包まり、両腕を抱える。風が強いわけでもないのにとにかく寒い。


「もう戻るぞ。本当に風邪を引く」

「ふぁい…」


すくりと立ったノアが流れるように緋彩に手を差し出す。当たり前のように重ねた手は、冷え切った緋彩の身体にはとても温かく感じた。いつもは体温が存在するのか分からないような手をしているのに。


「ノアさんは寒くないんですか?上着まで貸してくれて、結構薄着ですけど」

「俺は別に。というか、お前が寒がりなだけだろ」

「ええ…。私は普通ですよ。この世界の人たちおかしい…」


そういえばローウェンもこの気温で特別寒がっている様子は見ていない。全然平気、ということではないのだろうが、ノアもローウェンも寒さに慣れているといった感じだ。


「…お前の国は温かいのか?」

「え?」


夜具とノアの上着に埋もれたまま、目線だけを上げると、前を向いたままのノアが声だけを緋彩に向けている。だだっ広い荒野と想像の中の緋彩の世界を比べたがっているようにも見える。


「…あ、あぁ…、温かい方、ですかね…。北から南まで気温の差はありますが、私の住んでいた所は平均気温がこの世界ほど低くはないはずです」

「雪は降るのか?」

「降りますよ。…そういえば、ここはこんなに寒いのに降らないんですね」


空を見上げても、濁ってはいるけれど雪雲のようなものは見当たらない。そして気付く。空気が乾き切って雪になるような雲は出来ないのだと。

ノアの返答はないけれど、緋彩は答えを求めなかった。代わりに、他の話を切り出す。


「私の国は四季というものがあるんです」

「この世界にもあるぞ?何が違うか俺には分からんが」

「それはそれぞれの特徴が特別ないからでしょう?」


この世界の四季は、名前だけのようなものである。春夏秋冬、基本的には殆どの国が一年中気温が低く季節の変わり目などまるでない。どちらかという季節によってというより国によって気温の変化があり、茹だるような暑さの国もあり、人が住めないほどの寒さの国もある。夏も冬も暑い国はずっと暑く、寒い国はずっと寒い。四季を感じられるような気温の変化がある国はほんの一部であった。




「私の国、日本は春は温かく花が咲き、夏は太陽が眩しく新緑を育み、秋は次の生命のために落ち葉を重ね、冬は春に芽吹く力をじっと溜めるんです。空気が澄み、夜空が綺麗なこの世界も素敵ですけど、日本も結構悪くないですよ」




殆どのことが人の手でどうになかってしまう世界で、自然現象だけは侵せない。世界から与えられたものを受け入れて生きていくしかないけれど、自分の知らない環境があるということは知っておいていいことかもしれない。









「…そうだな。────…一度行ってみてもいいかもしれない」









生命など感じられぬ景色に視界をいっぱいにさせながら、ノアの瞳はその先に緋彩が描いた日本を見ていた。その横顔がとても綺麗で、夜に溶けそうなくらい妖艶で、緋彩は思わず見とれてしまう。綺麗なものは儚く、脆く、壊れやすい。


もっと傍で見たくて、


もっと繊細に見たくて、


同時に触れてみたくもあって、








「おい」








ぴくりと眉間に皺を寄せたノアが、低く唸る。

緋彩は現実に引き戻されたかのようにぱちくりと瞬きをした。


「はい?」

「近い」

「あ…」


自分でも気が付かぬうちに、緋彩は息がかかるくらいの距離までノアに顔を近づけていた。歩きながらどんどんと近寄ってくれば、それはノアじゃなくても鬱陶しく感じるだろう。

緋彩は一言謝って、元の距離まで戻る。




危うく、唇が触れそうだった。




「ノアさんって触りたくなりますよね」

「は?何だ、藪から棒に」

「だって異様に整っているから。いろいろ」


そんなこと、緋彩以外にも嫌というほど言われているだろう。今更肯定も否定もなく、ノアはああそう、と気のない返事をする。


「別にどうでもいいだろ、見た目なんて。人間中身が大事だ」

「どの口が言う」


外見最高中身最悪の象徴のような人間が。キリリとして言うんじゃない。


「どんな見てくれだろうが、自分を保てなくなったら人は終わる」

「……まあ、そうでしょうけど…」


人を決めるのは、他人の声でも容姿でも言葉でもない。自分が自分であると自我を持っていられるかだ。

どれだけ自分が自分を認め、自分を戒め、地面を踏みしめる足場を確認しているか。

















「私は、何だか自分が分からなくなってきました」

















零したように呟いた緋彩は、誤魔化すように笑った。













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