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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第九章 世界の繋がり
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嫌いな理由

「おい」

「!」







ぬ、と視界に入ってきた綺麗な顔に、緋彩は息を呑んで驚く。訝し気な表情が夜の色に染まった緋彩の瞳をまじまじと見つめてきた。


「何だ、急に黙って」

「え…、あ、そうでした?」

「お前、最近ぼーっとしてることが多いな?何を企んでいる?」

「な…、何も企んでませんよ。企んでいたとしても、私の考えてることなんてどうせ下らないことなんで大丈夫でしょ」

「それもそうだ」

「即座に納得された」


自分で言っておきながら納得されるとそれはそれで悲しい。心が寒い。

その所為か、緋彩はくしゃみを一つして、ぶるりと身を震わせた。夜具を手繰り寄せて冷たい空気を遮るけれど、それでも今日はなかなかに寒かった。

丸くなる緋彩に、ノアの視線が流れてくる。


「火のそばに戻るぞ。ここは冷える」

「ノアさんが追い払ったくせに。私がいると邪魔なん────…けほっ、こほっ…」


言葉を詰まらせて咳き込む緋彩に、ノアの責めるような視線が降ってくる。違います違います。風邪じゃありません空気が乾燥していて暫く水も飲んでいないから喉がざらつくだけなんです、と必死に目で訴えるが、全然伝わらない。さっきはすぐ納得した癖に。

今更ではあったけど、さらに丸くなって隠すように喉の奥で咳を噛み殺していると、ノアの衣擦れの音が耳に入る。まさか噎せている人間に更なる追い打ちでもかけられるのかと、恐ろしくなって顔を上げると、緋彩はすぐに目を丸くすることになった。






「………はい?」






ノアの手に握られたカップが差し出されている。中には透明な水が注がれていた。


「『はい?』じゃねぇよ。人の厚意に疑問符をつける奴がいるか」

「いやいやいやいやいや!疑問符しかつけられないでしょう!ノアさんが厚意!?どっか頭ぶつけたんじゃゲフゲフゲフ!」

「いいから先に水飲め」

「いやだって、これノアさんの分の水!もう残り少なゲフゲフゲフ!」

「自分で飲まないなら飲ませてやるが…?」

「いたたたたただきます!!」


どうやって飲まされるのか。口に手を突っ込まれて流し入れられるか、もしくはこの間のように口移しされるか。どっちも恐ろしくて余計に噎せる。

厚意を示しているはずなのに何故かどす黒いオーラしか纏えないノアの手からカップを受け取り、彼の方を気にしながら遠慮がちに喉に通す。乾燥してざらつき、空気が通るだけで痛みすら感じていた喉が珪藻土のように水を吸っていく。

半分はノアにも、と思って返そうと思ったらより強い眼差しで睨まれたので、黙って最後まで飲み干す。


「ごちそうさまでした。…すみません、ノアさんもローウェンさんも喉渇いてるはずなのに」

「お前と一緒にすんな。そう思うなら見ず知らずの人間に貴重な水なんて飲ませるなよ」

「あ、やっぱ怒ってました?」


見ず知らずの人間とは、助けた少年のことを指しているのだろう。あの時は殆ど衝動的に水を飲ませた緋彩だったが、よく考えたらノアがその行動に怒っていないはずなどない。最終的にノアも一緒になって少年の面倒を見る形になってしまったけれど、不本意でしかなかっただろう。


「怒ってるというか、呆れてんだよ。お前の考えなしな行動には」

「毎度毎度ご迷惑おかけします」

「全くだ。自分が苦しんでも他人を救いたいというお前の思考が分からん」

「いや、別に私は…。そ、そんなに喉渇いてなかったですし?」

「ほう。ガッサガサなドブスな枯れ切った声は元々だと?」

「酷い!」


確かに喉が渇いていなかったというあからさまな嘘は緋彩が悪い。渇いた声帯で出した声が枯れていたのも認めよう。だがドブスとまで言わなくてもいいだろう。

緋彩は口を尖らせながらも、一応気を遣ってくれたノアにこれ以上は何も言えない。文句言うなら今飲んだ水吐けとか言われたら困る。それはもったいない。




「ノアさんは時々分かりません」

「あん?」




ぽつりと呟いた緋彩に、ノアの不可解な目が注がれる。


「…冷たくしたり、優しくしてくれたり、私に興味ないはずなのに絶妙なタイミングで寄り添ってくれたり、ささえてくれたり。ノアさんは私が嫌いでしょう?」

「嫌いだな」

「即答」


少女漫画だったら今のところは『そうでもないよ』とか言うところだ。残念ながら、ノアは少女漫画のキャラクター用には作られていない。

だが、その割にはノアの口元は緩い弧を描く。何が可笑しかったのかは分からないが、滅多に見れない微笑みだけは、少女漫画に出演出来る。


「即答で言うほど嫌いだったら、もっと嫌いだと全面に出せばいいじゃないですか。たまに優しくするのずるい」

「別に優しくした覚えはないし、それの何が狡いのか分からんが…。俺はしっかり嫌いだと全面に出しているつもりだが、それにお前が気付いてないだけだろ」

「え?」


嫌っているのは気付いているが、緋彩が優しさだと思っていたあれやこれやはもしや嫌がらせだったのか。嫌いと言っている人物から優しさを見せられたら恐ろしく感じるだろうという策略だったのか。それだったら大成功だ。不気味すぎて鳥肌が立ったくらいだから。


「俺にしてみりゃ、余程お前の方がよく分からねぇよ」

「はい?私が?」


諦めたようなため息とともに、ノアは夜の空気に紫紺の色を微睡ませた。普段の鋭い眼差しよりいくらも柔らかで、気の抜けた横顔は、隙があって少し触れやすそうだ。


「体力ない、ヘタレ、単細胞、学習能力皆無」

「いきなりのディスり」

「いや、確認だ」

「もっと悪い」


分かってるから改めて口に出さないでほしい。


「それなのに、無茶はするし、要領は悪いし、気が付いたらトラブルに巻き込まれていて傍迷惑もいいとこだ」

「すみませんってば。分かってますから怒らないでくださいよ」


拗ねたように口を尖らせる緋彩は、もう一度くしゃみをした。鼻の頭が少しだけ赤くなり、夜具から見え隠れする耳も少し赤い。


それをまた、ノアの香りが覆った。

今度は彼の上着だった。





「でも、」





ほんの一瞬、緋彩とノアの視線がぶつかる。








「無駄に肝は据わってるし、他人の心の隙間にすんなり入ってきて埋めてしまう厚かましさもまた、俺は嫌いだ」








そう言う割にはノアはまた口端を上げていて、いつになく何処か楽しそうで。


今度こそ真っ直ぐに緋彩を捉えるノアの瞳に、このままでは一生囚われそうだ。








冷たくて麻痺しそうだった頬にほんのり熱を帯び、それが何故だがすごく恥ずかしくなって、緋彩は誤魔化すように顔を逸らした。


「け、結局嫌いなんじゃないですか。改めて嫌いな理由なんて言わなくていいですよ。分かってるから」

「そういうお前だって俺のこと嫌ってるだろうが。大変喜ばしいことだが」

「喜ばないでくださいよ。そういうところが嫌いです」

「嫌いで結構。なんならそのままのお前でいてくれ」

「それ口説く時に言う台詞ですけど」


今のお前がいい、今のままのお前が好きなんだ、なんて台詞も少女漫画で見た気がするが、こんなシチュエーションじゃなかったと思う。適材適所の言葉って大事だとつくづく実感する。

尤も、相手が緋彩であってもなくても、好かれることなんて面倒だと思うタイプのノアには口説きたいほどの相手など作らないかもしれないけれど。


「好きだろうが嫌いだろうが、この呪いが解かれるまでは否応なく俺たちは()()()()だ。諦めろ」

「こっちの台詞ですよ。私はノアさんほどコミュ障ではないんで嫌いな相手とでもうまくやっていけますけどね!」

「誰がコミュ障だコラ」


実際、ノアは至極人間的な考えも持っているし、それなりに情けだってある。頑張れば人は自然と周りにいそうなタイプだけれど、ただ彼はそういうことに関しては頑張らないのがディフォルトだ。寧ろ人間関係面倒臭い、極力他人は寄ってくんなオーラを出すことに力を注いでいるように見える。対して緋彩はたまに驚異のコミュニケーション能力を発揮し、大抵どんなタイプの人間ともある程度うまく付き合える。本人にその意識はないだろうが、そんな正反対の二人が相容れないのは必然とも言えるだろう。

せっかく微笑んでいた顔の眉間に皺を寄らせるのはいつも緋彩の仕業であるし、いつもノアが不機嫌なのは大抵緋彩の所為だ。


だが、そのどれもが単に嫌悪感という感情だけではない。特別コミュニティの広い方ではないノアにとって緋彩は、未知の生命体の如く得体の知れないものなのだろう。

嫌悪感も疑念も不可解さもそれは感じて然りだ。


同時に、興味から来る心配もあったかもしれない。







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