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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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力を求む

翌朝目を覚ませば、緋彩の身体は大分回復していた。元々この国には、緋彩が法玉の反応を感じて寄っただけなので、特に用事はなく、これ以上留まっておく必要もない。国がこんな状態じゃなので物資補給などできるはずもなく、ひとまずはこの近くの他の国まで急がなければそろそろ物資が底を突きかけていた。


「ここから一番近いのは…、ルーク国だけど、それでも少し距離があるね」

「水、持ちますかね?もうあまりないですけど」

「節約してどうにか少しでも長く持たせるしかない。せめて水だけでもここで手に入ればいいんだけどね」


遺跡を出てくると、今まで暗闇に慣れてしまっていた目に痛いくらいの光が突き刺さってきた。日が高いからという理由もあるが、形を成さなくなった建物や植物は太陽の光を遮らない。影が少ない地面に反射する光は通常よりも強く感じた。さらにそんな太陽の熱に晒された土地は乾燥して干からび、湿気を帯びている空気はどこにも見当たらなかった。雨ももうどのくらい長く降っていないのだろうか。

こんな場所で、水を探すのは無謀だとも言える。第一、充分な水があるのなら、道に転がっている人達はこんなに干物のようにはなっていないだろう。これで辛うじて生きているというのだから驚きだ。


この分では先に進んだ方が懸命だろうということになり、緋彩達は生気のない眼差しを背中に浴びながら、足早にルイエオ国を後にすることにした。


「…あの人達はこの後、どうなるんでしょうか」

「あの人達って道で横たわっていた人達?」

「はい…。誰も気にかけることなく、私達のような旅人が通り掛かったとしても見て見ぬ振りをされ、生きる術を失い、このまま時の流れに身を任せて…」

「死ぬことが嫌なのなら、その時は抵抗するだろうよ」


緋彩の言葉を遮るように、ノアが声を重ねる。前を見たままのノアの目は何の感情も宿していない。転がるルイエオ国民を見る時も同じ目をしていた。


「でも、抵抗する力も残されてないとしたら?」


緋彩は単純に疑問だった。何故ここにいる人達は生きようとする意志を捨ててしまったのか。絶望よりも早く目を閉じ、微かな希望すら見まいとする。時が止まるのも進むのも興味はなく、ただ自分の身体が生命活動を続ければそれに従っているだけ。

いつから、何がきっかけでそうなってしまったのか、もう誰にも分からない。けれど、本当に彼らは生きることを諦めたのだろうか。生きる興味をなくしてしまったのだろうか。生きることが無条件に素晴らしいとは言わないけれど、彼らに生きる選択肢はもうないのだろうか。もしほんの少し、僅かにでも生きることを覚えているのだとして、ただ彼らには死に対する抵抗力がないだけで、本当は生きたいのだとしたら。


彼らは光を求めるだろうか。





「仮に生きたいと願っても、あいつらはそれに気付くのが遅すぎた」





冷淡に、というよりは無感動に、ノアの返答は淀みなど感じさせなかった。

緋彩はそんな冷たい対応あるか、とも思ったが、すぐにその考えを引っ込める。ノアは冷たいのではない、冷静なのだ。今更誰かが生きたいと願っても、それを叶えられるものはもういない。誰もが絶望を通り越してしまった今、救い出せるものは残されてないのだ。

誰かが()()()()()間に願っていれば、まだ何か違ったかもしれないのに。


「私に何か不思議な力が備わっているのなら、それが彼らを救える力ならいいのに」

「自惚れんな。そんな簡単に人は救えるもんじゃない」


その確たるものが今目にしているこの惨状だと、ノアはルイエオ国の盛衰を見てきたかのように言った。遺跡に何度か足を運んでいると言ったノア。その度にこの国が枯れていくのを見てきたのだろう。その度、何も出来ずに通り過ぎたのだろう。


その時の彼は、きっと強く奥歯を噛み締めて。


今の緋彩と同じように。





「自惚れでも何でもいい。誰か一人でも救えるのなら、私はその力を求めますよ」





その救った誰かが、この国の生気となればいい。

目を逸らしたかったけれど、見たくはなかったけれど、見てしまったものは仕方がなかった。知らない振りなど器用なことは緋彩には出来ない。今何か出来なくても、この事をちゃんと受け止めて、憶えておいて、何かが出来るようになったその時、きっと彼らを思い出す。


「……………」


握った拳、光を宿した瞳。振り返るその向こうを睨むかのように強く見つめた緋彩に、いつの間にかノアの視線が注がれていた。緋彩は気付いていないし、ノア自身も無意識だったのだろう。ローウェンだけが困ったように微笑んでいた。









「さぁっ、そうと決まったらさっさと行きましょうか!」

「急にやる気だね、ヒイロちゃん」


鼻息荒く拳を作る緋彩は、一歩前に出て先頭を切る。道は分からない。そもそも物資調達以外に、自分達は何をすべきだったのかもぼんやりとしていた。法玉を手に入れたので、次はアクア族を見つけなければならないということで合っていると思うのだが。


「アクア族が住んでいたというこの国に、これだけ彼らが今どこにいるかという情報が残ってないのは痛いですよね。どうしますか?ノアさん」

「遺跡の文字に何かあると思ったんだが、見当外れだったな…。他の手掛かりを探すしかない」

「それでもいくつか有益だと思われる情報はあったけどね」


ローウェンが、緋彩が遺跡で読んだ内容をメモした紙をノアに手渡す。

直接的に有益とは言えないけれど、手掛かりになりそうなことはいくつかある。アクア族には龍と意思を交わせるものがいること、そしてアクア族でもない緋彩が、何故か龍と意思を交わせる力を持っているかもしれないこと。


「もしヒイロちゃんが本当に龍と意思疎通出来るのなら、龍がアクア族のことを何か知っていて、それを聞き出せるかもしれない」

「……アクア族より龍を探す方がいくらか楽かもな」


現に、緋彩達は既に一度龍と対面している。あの峡谷はもう大分遠くなってしまったが、あそこに戻れば確実に龍はいる。しかし、真の目的はアクア族を見つけることなので、先に進みながらアクア族、もしくは龍を探した方が効率は良い。

とにかくその為にも物資の補給は不可欠で、どうにかルーク国まで無事に辿り着くことが一行の最優先事項と相成った。






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