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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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見失った時の鏡

二人の熱視線改め疑いの目に、緋彩はわたわたして全力で首を横に振る。


「ななななななな何もしてませんよよよよよよ!私はむむむむむ無実です!!」


余計怪しい。


「法玉があった峡谷で、お前荒ぶる龍を宥めたよな?」

「そそそそうでしたっけ?身に覚えがナイナー!」

「あの時ヒイロは龍を見ていただけと言っていたが、もし龍と意思を交わせる力が存在するとして、それをヒイロが有していたとしたら…」

「あの、私の話聞いてます?私そんなことしてな」

「でも龍と意思疎通がアクア族のさらに限られた存在だよ?ヒイロちゃんはそもそもアクア族ではないでしょ?」

「そうだが、異世界人という点については、何か特殊なところがあってもおかしくないと俺は思っている」

「もしもーし!?」


ノアにもローウェンにも緋彩の声は届いていない。無実を言い張っても受け入れてはもらえないようだ。

緋彩は無実の主張は諦めて、動機の所在の方向性に話を切り替えることを決めた。


「だから、その時も言いましたけど、私は別に故意的に何かやったわけじゃないんですって。ただ見てただけで…」


気が付いたら、目の前に神秘があった。一瞬前まで牙を剥いていたのに、業火を一気に消化されたかのようにそこに神秘が訪れた。

宙に浮いた身体をくねらせ、まるで撫でてくれというように頭を垂れた龍がそこにいたのだ。

ただただ綺麗だと、絵画を見ているようだと思った。


願わくば、触れてみたいと思ったことは認めるけれど。


「あ。もしかしてそれ?」

「何がだ」


思考の続きを思わず口に出した緋彩に、訝し気なノアの視線が問い質してくる。こっちの話だから気にするなと言っても、暫く疑いの目は晴れなかった。

自覚がない力などないものと変わらない。厳しく尋問されたとしても、ぼんやりとした感覚は上手く言葉では説明できそうになくて、緋彩は頭の中が整理出来たらちゃんと話すと言って何とか逃してもらった。


自分が、よく分からない。


自分が、一体何者なのか分からない。








「まぁ、僕たちには読めなかった文字が読めた時点で、ヒイロちゃんには何かの力があるのは確かだろうね。それが何なのかは分からないけど、少なくともアクア族と深く関係がありそうだ」

「不死を持っているのに加えて異様な力、か。益々()()()()にはモテそうだな。アラムだけじゃなく、道を歩く時は常に気を張って────…、」


ノアが不自然に言葉を止めたのは、視界に緋彩の姿が入ったからだ。ぼーっと何処か一点を見つめている顔は、何の表情も浮かべていない。コロコロと表情も感情も変わる彼女にしては珍しかった。

ローウェンも呆けている緋彩に気付き、名前を呼ぶが返事はない。続けてノアの声にも反応しない。目を開けて寝るという技術を身に着けているわけではなければ、聞こえているはずだ。





「ヒイロ」

「っ!」





トン、と細い肩に置いたノアの手に、緋彩は大袈裟なまでに身体をびくつかせて反応した。声にならなかった驚きを息とともに吸い込んだために激しく噎せる。


「っごほっ!ノ、ノ、ノアさ…っ、げほっ!ななな何ですか?」

「お前が何だよ。ぼーっとしやがって」

「へ?あ、ごめんなさい?」

「まだ具合悪いんなら横になってればいい。どうせ今日は先には進めない」


崩れた壁の隙間から見える空の色はもう深い紺色だ。月はまだ生まれたばかりの細い三日月、雲が多いのか、星もあまり見えずに世界はいつもより暗い。

国の治安もあまり安心できるものでもなく、今の状態で荒れた大地を進むには少々無理がある。得体の知れない遺跡に泊まるのと野宿とどっちがいいかと言われると難しい問題だが、一応の天井や壁はあるので天幕を張らなくてよいという点においてはまぁ、野宿よりマシなのかもしれない。


「はあ。でも、私だけ休んでるわけには…。ご飯の準備とかするでしょう?」

「そんな顔色で準備されたら余計な手間を増やされることは目に見えてる。大人しく寝てろ」

「はあ」


またこの男は何でそんな言い方しか出来ないんだと、いつもの緋彩なら突っ込んでいたことだろう。だが先ほどの昏倒のこともあり、立て続けに自分に謎の力があるという事実を知らされて、脳も身体も疲労しきっている。汗を拭うように顔を覆った手の隙間からは、いつもは爛々と輝いているはずの彼女の目が熱に浮かされたかのようにとろんと落ちている。

ノアの手が、そのすぐ下、首筋に音もなく伸ばされる。


「!」


先程まではないが、また緋彩はビクリと肩を揺らし、冷たい体温から逃れるように少し仰け反った。それがノアの手だと分かると、見定めるような彼の眼差しと首筋に触れたままの形で固まっている手を交互に見る。


「…な…、なんで、すか…?」

「熱はないな」

「熱…?あ、あぁ…、熱測っただけ…、びっくりした…」

「他に何がある。んなに警戒しなくても、お前に変な気を起こす時は世の中の女が全て滅んだ時くらいだ」

「それで生き残っている私は、世界にも女だと認識されていないんですね」


悲しい。

けれどノアがいつも通りだったことは、緋彩にとって嬉しいことだった。女どころか人間として認識されているかどうか怪しいところだけれど、彼がいつも通りだということは、緋彩がいつも通りだという証明になる。よく分からない力もよく分からない感覚も、女だろうが男だろうが人間だろうがペットだろうが、自分が雨野緋彩だということには変わりないという証になる。





「無駄なこと考える前に寝ろ。体調不良ぶり返したら殺すと言ったはずだろ」


緋彩に夜具を乱暴に投げて寄こし、ノアは本当に射殺してしまいそうな目で睨んだ。

緋彩はひっと声を上げて隠れるように夜具に身を包む。


すぐにほんの少し、口元を緩めたことは自覚がない。










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