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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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疑い

夢を見た。


それは、夢を見ていると理解できるくらい現実らしからぬ映像だった。



人間がいた。


顔も分からない、背格好も曖昧、ただ、人間だと言うことしか分からない影がいた。


顔が分からないのだから表情などもっと分からないはずなのに、その人は笑っているように見えた。




目の前の龍に手を伸ばして




















「────…」





寝起きの良い朝のように、緋彩は目を開けた。夢と現実の境がはっきりと分かるくらい、頭もすっきりとしていた。目を開けた瞬間からが現実だということは理解できたが、今自分がどんな状態かはよく分からない。

壁紙など跡形もなく剥がれ、石壁が剥き出しとなった天井が見えるということは、多分仰向けに寝ているのだろうということだけは分かる。ただ、それだけだ。

意識も鮮明で、考えることは出来るのに、思考がそれ以上思考しようとしない。目に見えるものは見えるだけ、肌で感じるものは感じるだけ、脳まで届かないので情報が錯綜するまで至らず、頭がすっきりしているのかもしれない。


だがその中でただ一つ、


光が通ったように分かったものがあった。






「────…綺麗な、紫紺…」






思わず出した声は酷く枯れていて、全然綺麗だと思っている音には聞こえない。でも本当だ。紫とも紺ともつかない、絶妙な色と艶やかさを宿している瞳は、まさかこんな性悪男の持ち物だとは誰も思わないだろう。

指に触れたらきっと冷たく、沸騰しそうな熱を一瞬にして冷ましてくれる。でも触れたらきっと、そこに吸い込まれていく。




きっと、そうしたらもう抜け出せない。









「おい」









ぱしっ、と手首を一周するくらいの大きな手が緋彩の手をそれ以上前に進ませなかった。


「…………はい?」

「はい?じゃねぇよ。俺の目を潰す気か」

「まさか。あまりに綺麗なのでちょっと触ってみたかっただけです」

「好奇心も大概にしろ」


ぺいっと乱暴に手を払われ、その割には落ちたタオルを再び額に戻してくれる手付きはいやに優しい。表情はまずまず、少し不機嫌が滲むくらいなのでまぁ彼にしては標準装備なので普通だ。ノアのご機嫌をまず最初に把握すると、緋彩はやっと自分のことに気を回す。


「………えー…っと、どうしたんですっけ、私」

「昏倒、再び」

「成程」


端的かつ的確な答えでノアが睨んできたということは、多分気絶した緋彩を運んだのは彼なのだろう。

嫌味言われるだろうなぁ、なんて思いながら一言謝ると、意外にもノアは別に、と不愛想に返すだけだった。逆に怖い。いっそのこと無視された方がまだマシだ。


「…ど、どうしちゃったんですか、ノアさん。…今日はやけに人間の優しさが垣間見える気がするんですが、私の目がおかしくなったんですかね」

「だろうな。なんなら触診してやろうか」

「!?」


ノアの両手の人差し指が鋭く緋彩の両目を狙う。目を狙われるというのはこんなに恐怖だったのか。すみませんでした。

綺麗な形をした爪が眼球に突き刺さる前に真剣白刃取りで受け、どうにか目潰しを避けると、意外に身体に力が入ることに気が付いた。これなら身を起こすことが出来るかもしれないと腹筋に力を入れれば、難なく起き上がるとが出来た。そんなに弱ってないじゃないかと調子に乗った直後、背中にノアの手が添えられていることに気が付いた。腹筋には殆ど力が入っていないことにも気が付いた。

起こした視界を見渡せば、ここはまだ遺跡の中だった。先ほどまでの瓦礫で埋め尽くされている空間とは打って変わって、大分開けた場所である。

ローウェンが水を手渡してくれながら、出口はもうすぐだということを教えてくれた。


「ここから出たら出たで安全に休める場所があるかどうか分からないからね。それよりはヒイロちゃんが目覚めるまではここにいた方がいいだろうと思って」

「何かすみません。ご迷惑を…」

「とんでもない。ヒイロちゃんは人類の歴史を変えるような重要な仕事をしたんだよ」

「……へ?」


ローウェンはウインクをしながら何か書かれた紙をペラリと取り出した。それには走り書きで、緋彩が読んだアクア族が書いた文を書き留めているものだった。ローウェンが咄嗟に書き起こしたらしい。

緋彩は読んだ内容など殆ど記憶にない。ローウェンが書いておいてくれたこのメモを見て初めて、自分が何を読んだのかを理解する。といっても、ローウェンが書いた文字の方は読めなくて、彼に音読してもらったけれど。


「私、そんなこと言ってたんですね…。何か頭良さそう」

「確かに、あの時のお前はお前じゃなかったみたいだったな。声も雰囲気も表情も」

「いつも通り聡明そうだったでしょう。ちゃんと私でしたよ」

「何か乗り移ったみたいだった」

「無視しないでくださいノアさん」


正直、内容は元より文字を読んでいた時の記憶すら危うい。誰かが乗り移っていたと言われても強く否定できないくらいに。

目が勝手に文字を追い、口が勝手に音を紡いでいた。だがやはり頭の中は余計なものを全て削ぎ落して、妙にすっきりしていたのだけは覚えている。その一瞬前までの頭痛や眩暈が嘘のように消え去っていたことも。


「なんか途中から急に身体が軽くなったんですよね。それまでの調子の悪さが一気に抜けたみたいに」

「あの文字には一種の魔法が施されていたのかもしれない。僕たちでは想像も出来ない複雑な魔法が…」


少なくともノアよりは魔法に詳しいローウェンは、ううむ、と考え込んだ。彼の予想では、元々アクア族以外には読めない文字にさらに特殊な魔法を施して、常人には解読できないようにしていたのではないかということだった。削れていたり欠けていたりしていたのも、自然現象ではなく、わざとだった可能性もある。それくらい、厳重に守られた秘密だったのだ。

だがそれくらい何としてでも隠し通さなければならない秘密を、何故こうして記録したのだろうか。秘密にしたいのなら、文字に残すなんて危険を冒さず、身内だけに口伝えをしていけばいいのに。


「もしかしたら、アクア族の中でも龍と意思疎通をできる人間っていうのは限られていたんじゃないかな?」

「えっ…、アクア族なら無条件で龍とお友達権獲得ってわけじゃないってことですか?」

「生まれつきか、何かのきっかけで発症するか…。となると、龍と交流スキルを持っててもその事実自体知らないアクア族だっていてもおかしくない」


自らの能力を自覚し、意図して使用できることは、どんな人間にだって難しい。今ではアクア族自体が貴重な存在であるというのに、さらにその中でも一握りの限られた存在。自分の他にあとどれくらいそんな仲間が残されているか分からない中で、あの文を残したアクア族は、だからこそ龍が心配だったのだろう。

心優しい人だったのだろう。


「では、何故知っている者も能力を持っている者もそれだけ限られているアクア族の秘密を、私が読めたんでしょう…?」

「……………何故だろうね?」

「……………何故だろうな?」


三人が三人、首を捻った。こういう時何かと知識を持っているノアまでもがキョトンとしている。こりゃ駄目だ。


「ローウェンの推測が正しいと仮定すると、あの文字は内容にもある通り、”読む資格”がある者にしか読めないようになっているということになるが…」

「うん。となると、その”読む資格”がある者は、龍と意思を交わせる────…」


考え込んでいたノアとローウェンの視線が、同時に緋彩に注がれる。鋭い紫紺と聡明な薄灰。二人の熱視線に緋彩は、えっ?と目を瞬かせると共に、ドキリと胸を鳴らした。











「そういえばお前、この前龍に何かしてたよな?」



「え?」











訂正。

まるで犯人の疑いを掛けられるような気分であった。














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