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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第八章 歴史に埋もれる力
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大切な友人へ

ここに、我が一族が永遠にあることを願って歴史を記す。


かつてはこの国で、この世界で魔力という勢力を振るってきた我々もついに終焉の時が来た。始まったものが盛況となり、やがて廃れ、終わりを迎えることは自然なことである。だから仕方のないことだとして、怒りを覚えることも抗うつもりもない。


だが、やはり寂しく思う。


それくらいは許されるだろうか。

数々の過ちを犯してきた我々でも、人間としての感情を持つことくらいはどうか、許してほしい。

罪人でも家族はいるし、悪人でも大切なものはある。中にはそれすら持たない本当の狂った人間がいるけれど、かろうじて我々はまだ人間としての良心は持ち合わせた咎人になれているだろう。


だから、たった一人取り残された世界でも、誰かを想うことにする。


自己満足でもいい。それが誰かへの罪滅ぼしになることを切に願う。


となれば、誰を想うかが問題だ。

感謝したい人はたくさんいる。謝らなければならない人はもっといる。死んで詫びなければならない人など数知れない。その中で誰かを選ぶなんてできるだろうか。自信がない。

もうすぐ、永遠と言われたこの命は失くしてしまうというのに、私はそんな責任重大な役を引き受けていいのだろうか。

いや、良いも悪いももう私しか残されていないのだからどうしようもない。


やるしかないのだ。


立ち上がるだけの体力がなくなっても、地面を踏みしめる足が捥げても、身体を支える骨と筋肉が腐っても、物を掴む指が溶けても、食べ物を受け入れる臓器は壊死し、呼吸する肺は潰れ、世界を見渡す目は転がり落ち、耳は削ぎ落ち、自分が誰だか分からなくなっても、




まだ生きている。




まだ生きているのだ。


これが、私にあたえられた使命というものだろうか。

それならばやるしかない。


自己満足でも罪滅ぼしでも贖罪でも何でもいい。


これで誰か一人、


たった一人だけでも救うことができるのなら、


私は喜んでその一人を選ぼう。







誰がいいだろうか。


我々は誰を覚えているだろうか。



ああ、難しい。



頭がぼーっとしてきた。息が出来なくなってきた。残った三本の指にももう力が入らない。考えるのが億劫だ。


でもまだだ。


使命を遂行するまでは考えることをやめてはならない。だけどその力がもう尽きようとしている。自分でやるべきものだと分かっているけれど、使命を遂行することを優先すれば、誰かにこの想いを受け継いでもらう選択肢も考えていいだろうか。







そうか、








受け継ぐ、か。









そうか、









思い出した。









昔、酷い言い伝えを聞いたことがある。

あれが、我々の犯した最大の罪だとも言えるかもしれない。


我々が生まれた遠い昔、当時は希少な存在だった我々は一族の繁栄を願った。数を増やし、我々の力を広げようとした。世界を征服したいとか、自分たちが世界を動かしたいとか、そういうことでは一切なかったけれど、周りからはきっとそう見られていただろう。

それでも構わない。我々の力が世の中の救済になるのなら、喜んで悪者になろう。

そんな大それた正義を振りかざし、我々は徐々に数を増やし、力を大きくさせた。


けれどそんなものは長くは続かない。

強大な力は周りから疎まれ、忌むべきものだと見られ、必死に大きくした力は縮小せざるを得なかった。

出来るだけ目立たずに、出来るだけ隠れて、生も死も自然の流れに身を任せ、なんなら出来るだけ死を多く。


だからといって滅亡するわけにはいかない。どこかに、誰かに、これを伝えなければならなかった。

我々が生きた証を、伝えたかった。


傲慢だろうか。








その集大成が、不老不死となる。








今思えば、なんて愚行をしてしまったのだろうと分かる。

生死を人間がどうこうしようなんて、愚かで浅ましい。神域に足を踏み入れることなど、人間には許されていないというのに。

我々は元々その強力な魔力の所為で周りから疎まれていた。忌むべき力が遠ざけられるのは自然の摂理だ。分かっていたことなのに、我々はさらにそれを強大にしてしまったのだ。

当時はきっと、それしか道が残されていなかったのだろうと、個人的には同情する。


しかし、我々が最悪だったのはこれからだ。


人間の時を止め、死も拒絶する。

そんな愚かで浅はかで恐ろしい魔法は、愚かな我々の中でだけで許されたことだったのに、いつからかまた繁栄を願うようになってしまった。

この救いとも呪いとも取れる魔法を、我々だけのものにしてはもったいないと思うようになってしまった。




だって永遠の命が手に入るのだ。




そんな素晴らしいこと、もっと皆に知ってほしいではないか。

そうしたら皆、我々と仲良くしてくれるだろうか。皆に有益な情報を与えたら、一緒に遊んでくれるだろうか。一緒に笑ってくれるだろうか。


一緒に、同じ世界で生きてくれるだろうか。















────…そんなはずないと、分かっている。















そんな悍ましい力、誰も欲しがらない。

そんな醜い力、誰も憧れない。


誰も。






だけどたった一人、興味を示してくれた人間がいた。

我々はその人間と仲良くなった。ずっと閉鎖された世界で生きてきた我々たちにとって、それは大きな第一歩だった。多くは望まない。だけど何かのきっかけになればいい。


そう思って、我々はその人間に不老不死を与えた。






それが、上手くいくと信じて疑わなかった。






我々が不老不死の魔法を成功させたのは、我々だからだった。我ら一族の身体だからであった。一族の血をひいていない人間に、不老不死という強力な魔法は、耐え得ることは出来なかった。

だからと言って全くの失敗ではなかった。半分成功、半分失敗。こう言っては実験をしているようだが、決してそんなつもりはない。

せっかく仲良くなった唯一の人間は、死ななくなった。どんなに心臓を激しく射抜いても、腕が取れても、足が削がれても、首を刎ねられても。


生きていた。


これは、我らの魔法の恩恵、いや損害であると言っていい。

ただ、不老ではなかった。年々皮膚には皺が刻まれていき、艶やかだった黒髪はあっという間に白くなった。腰が曲がり、歩けなくなって、食事が摂れなくなって、身体が骨と皮だけになって、それでも生きていた。


もう死なせてくれ、と何度願われたことか。

殺してくれ、と何度泣きつかれたことか。


この人間を苦しめているのは我々だ。我々がどうにかしてやらなければならない。

だから、我々は泣きながら魔法を解除する方法を生み出し、泣きながら人間を葬った。感謝と謝罪を何度も繰り返して。


我々はさすがに懲りた。


大切な人達をこんなに苦しめることになるなら、我々は我々だけで生きていこうと誓った。この力は誰にも言わず、誰にも広げず、誰にも渡さず。

そして、我々の中でも、無意識に縛ってきた生への執着を解くことにした。命を終えたい者は終わらせることが出来るよう、選択肢を与えた。そして、一族の生きた証をそれでも残してくれると言う者だけが残った。





私は、何となくで残った。大した意志はない。責任感もない。一族がどうなろうとどうでも良かった。

気が付いたら周りは皆いなくなっていた。何処か遠くへ移り住んだのかもしれない。死んでしまったのかもしれない。私に見えていないだけなのかもしれない。

何となくで自分の人生を決めた者など私だけだったのかもしれない。皆意思を持ち、たくさんのことを考えて、自分の身の振り方を決めた。


私は取り残されてしまった。


今、思う。





我々が一番栄えたと言うこの場所で、何となく残り、何となく証を刻む。軽い気持ちだった。


けれどそれはいつの日にか大きな使命感に変わり、私は今こうして誰かに想いを託そうとしている。我々の生きた証を誰かに知ってほしいと思っている。

これが、一族の性なのかもしれないと思えば気が楽だ。


誰か、聞いてほしい

我々の歴史を


誰か、知ってほしい

我々の努力を


誰か、許してほしい

我々の悪行を


誰か、恨んでほしい

我々の存在を


誰か、


誰か、


誰か、


誰か、





刻んでも刻んでも刻んでも刻み切れない想いは、どうしたら伝わるだろうか。

こんなにたくさん記しても、感情というものは厄介で、震える手が、回らない頭が、感情だけは記すことを許してはくれない。


どうか、この記を読める誰かがここを訪れたら、


あの人に伝えてほしい。


我々の罪に巻き込んで悪かった、と。











大切な我々の友人、ラインフェルトの末裔へ。











お読み頂き、さらにはブックマークまで

いつもありがとうございます。

100話いってしまったというのに、緋彩とノアは進展が遅い…

加速させたい…とは思っている。

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