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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第二章 旅の目的
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得手不得手

「それじゃ、気を付けてねヒイロちゃん」

「こんなに早く出発するとは」


買い物をした二日後、一日間の準備時間を挟めて、緋彩とノアは早速旅立つことになっていた。

ノアとしては元々そのつもりだったらしいが、緋彩にそんなこと知ったこっちゃない。何故ノアの予定に合わせなければならんのかと文句の一つも言いたかったのだが、余計な言い争いは避けたい。特に先延ばしする理由もなかったので、気は進まないけれどノアに合わせることになった。


「出発と言っても、まずは調べ物に行くだけだからね。そんなに遠くはないし、何か分かって用が済んだら、また帰ってきてくれればいいよ」

「はい…。やっぱりダリウスさんは来てくれないんですよね?」

「ごめんね。帰って来たときにはご馳走するから」


それは嬉しい。

嬉しいけれども、やはり一番の不安はこの性悪男と二人きりという現実だ。ダリウスがいたから何とか仲介をしてくれて会話も成り立っていたものの、緋彩一人でノアの相手が出来るとは思えない。死なないことをいいことにまた心臓を刺されるというお仕置きの元、下僕扱いをされるか、よくて喧嘩に明け暮れる毎日になりそうだ。そんな古のヤンキーみたいな生活嫌だ。


「そんなに嫌なら付いてくんな」

「いっ、嫌とは言ってないですよ!」

「思ったろ」

「…!エスパー!?」

「顔に出てる」


しまった。牛乳を拭いた雑巾を見るような目でノアを見ていた。咄嗟に顔を両手で覆うと、その間にノアはさっさと踵を返して道を進んでいった。

慌てて背中を追い、ダリウスに手を振る。


「あっ、ではダリウスさん!いろいろとありがとうございました!ちょっ…、待って下さいノアさん!」

「気を付けてねぇ」


にこやかに手を振るダリウスが、何故か晴れやかなオーラを醸し出していたのは気のせいだろうか。







***







「し…死ぬ…」

「お前不死だから大丈夫だろ」


至極真っ当な返事が返ってきて余計に腹が立つ。


「そういう意味じゃないです!何で女子である私の方がこんなに荷物多いんですか!そっちの鞄がいい!」

「だから荷物減らせっつっただろ。自業自得だ」

「むぅ…」


緋彩が背中が覆われる程の鞄を背負っているのに対して、ノアは剣一本とOLのランチバッグのような斜め掛けのリュックが一つ。確かに出発前、荷物は最小限にしろと言われたけれど、女子はいろいろと荷物が多いものだ。食料は元より、夜具や衛生道具などノアと共通のものも入っている。これが最小限にした結果であり、ノアも使うものなのだからちょっとは手伝ってほしかったのだが。


「軽く二歳児抱えて歩いているような状態で早三時間。これいつまで歩き続けるんですか…」

「あと二時間くらいだな」

「…日が暮れる…」


もう既に日は傾き始めているのだ。ユーベルヴェーク国を出たのが昼過ぎ、険しくはなかったけれど程々に足元の悪い道を進んできた。中学で部活を辞めた緋彩にとっては、荷物の重さも相まって最初の一時間で体力の八割を消費してしまい、あとの二時間は殆ど気力だけで進んできた。根性には自信があるが、それだけでは体力は戻ってこない。


「ねぇノアさぁん…、ちょっと休憩しましょうよー。足に豆出来そうですー」

「休憩ならさっきしたばっかだろ。泣き言言うな」

「…鬼」

「ああ?」


聞こえないように言ったのにノアは地獄耳だ。

それにしても、緋彩がバテバテなのにも関わらず、ノアは今出発しましたくらいの勢いで平然としている。涼しい顔をして汗一つかいておらず、もはや妖怪にも見えてきた。鬼だからそれもそうか。


「そういえばノアさんって魔法は苦手なんですよね?」

「だから何だ」


…否定しない。認めてはいるみたいだ。


「見た目じゃとても力があるように見えないから、野獣とか現れたらどうやって戦うのかなーって」

「はあ?」


ノアは心底コイツは馬鹿かという目で緋彩を見た。緋彩に何か変なことでも言った覚えはないが、ノアの琴線に触れてしまったというよりは自分の迂闊さを露呈してしまった気分だ。

そういえば最初に緋彩を襲ったあの野獣、ノアが倒したとか聞いたが本当かだろうか。男性だと分かるくらいにはしっかりとした体躯だが、とてもあの大物と張り合えるとは思えない。魔法であれば身体の大きさなど関係ないと思ったのだが、苦手分野で戦いに挑むことはないだろう。一撃必殺の急所のツボを知ってるとか、実は催眠術師とか、何か秘密兵器があるのだろうと思ってのことだったのに、何もそんな目で見なくとも、と反論しようとした。


だが、それを遮るように大きな音が地響きと共に降ってくる。




「な、何!?」

「…俺は魔法は苦手だが」

「えっ!?何!?話の続き!?」


話しかけても五回に一回くらいしか返事してくれないくせに、何故この混乱した状況で乗り気なんだこの人。

徐々に大きく、近づいてくる音の方に視線をやると、一番そうでなければいいと思っていたものがそこにいた。


「ひっ…!や、野獣…!」


緋彩を襲ったものよりももっと大きい、確か遊園地で見た恐竜の形のアトラクションがこのくらいだった。そんな首が痛くなるほど見上げなければならない大きさの野獣が、獲物を見つけた鋭い眼光でこちらを見ていた。


「俺は魔法は苦手だがな!」

「その話まだ続けます!?後にしません!?」


まともな会話をしてくれる気になったのは嬉しいけれども。それ今じゃない。

だが、ノアにその野獣が見えていないというわけでもなく、話しながらもその目は野獣のそれとぶつかり合っていた。

野獣の腹は大きな音を立て、さっき聴こえたのは足音なんかではなくこの腹の虫の音だったのかと理解する。要は腹が減っているのだ。そこに、絶好の餌を見つけたのだ。




大好物の、人間二人。




「魔法は苦手だとは言ったが」




ノアの剣がキィン、と耳鳴りのような音を立てて弾かれた。




それは一瞬




瞬きする時間すら長く感じるほどで









「剣までも苦手だとは言ってない」




 





その一瞬で、緋彩の心臓を突いた剣は野獣の血で染まっていた。









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