互いに勘違いしていた己の恋愛観。
「お姉さん、隣良いです?ここしかカウンター空いてなくて…」
初夏、そう言っての賑やかな渋谷のBARで声を掛けてきた男性は、青年というには大人で、初老というには若かった。
「どうぞ。煙草、嫌でなければ」
「吸わないですけど、気にしないんで大丈夫ですよ。あ、すみません、竹鶴のソーダ割で。」
軽く会釈を交わし、挨拶程度に乾杯をする。
神田美樹、27歳。同級生達はSNSで次々と結婚発表していく中で、就職してから仕事1本でやってきた独身。今日も仕事終わり、明日からは週末という事でいつもの場所へ呑みに来た。こうやって、酒を呑みながらメンソールの煙草を吸うのが彼女の落ち着く時間なのだ。
(へぇ…アキも結婚ねぇ。みんな地元民とか。)
高校卒業後、すぐに上京した美樹には地元の関わりはだいぶ薄くなっている。
結婚願望が無いわけではないが、自分の人生1度きり、やりたい事はまだまだある。
結婚すれば、自分1人というわけではないから諸々諦めが必要なものもあるだろう。
(面倒なのよね、恋愛って)
「あのぅ…仕事終わりですか?」
声掛けて来たのは先程の隣の男性。
「あ、すみません…急に話し掛けて…」
「いえ、大丈夫。そうですね、仕事終わりこうやって来るんですよ。」
「そうなんですね!僕、ここには2回目で…」
話をしていくと、彼はハルトという名前で、最近東京に仕事で引っ越しをしてきたらしい。
彼も仕事終わりに呑める所を探してここを見つけた様だ。
ーー同い年くらいかしら。
どこか愛嬌のあるクシャッとした笑顔、天パ気味のヘアスタイルが愛らしい。
仕事終わりというにはどこか余裕のあるその表情からは、就職してある程度経っているのであろう。
話をしながら何本目かになる煙草のカプセルを噛むと、彼は我に返った様に言う。
「あ、すみません!いきなり隣で話してしまって…」
「いや、よくある事なんで大丈夫ですよ笑 私も1人で来ては居ますけど、誰かと喋りながらのお酒が楽しいですし。」
「良かったです笑」
そう言って彼は大袈裟に胸を撫で下ろす。
「では、僕は終電がそろそろなのでお先に失礼します。またお会いしましたら。」
「ありがとうございます。また。」
そういって彼はお会計を済まし、出て行った。
「美樹、さっきの隣、割とタイプだろ」
BARのスタッフがここぞとばかりに聞いてくる。
「…悪くはないね」
「アタリだな笑」
ここで1人で呑んでいると、話し掛けられるのは珍しくはない。
大体は酔っ払いの戯言だ。この1杯の後の事しか頭にない輩の事などどうでも良い。
ダルイ。
しかし、久しぶりに、今日は話しかけて来た彼から品を感じた。
そう、相手にするには悪くはない。




