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妖精の目覚め

作者: カフェ東雲

「お前、妖精のことなんだと思ってんだ?」

「ええ?なに、怒ったの?」


 授業も全て終わり、部活動の準備をする者や授業で分からなかった所を教師に質問する者、特にやることもなくダラダラと過ごす者、多種多様な生徒達でザワザワする教室内。私はいつものように隣の席の妖精族の彼、飛鳥落勢(ひどり らせ)にちょっかいをかけていた。


「怒ってない。けど、お前なんか妖精族のこと勘違いしてね。」

「勘違い?」


 落勢はそれまで生真面目に授業の復習をしていたのを止め、胡乱な目でじいとこっちを見てくる。


「前におれが妖精族だと、そう言った時、お前はどう思った?」


 彼は怒ってはないと言った。だが、どうだろう。落勢の表情は無に近く、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない。

 いや、落勢はいつも無表情であったから怒っているかどうかなど全く判断はつかないのだが。


「うーん、妖精の人見るの初めてだったから、さすがに驚いた。」

「で。」

「そんで、羽あるのかなとか、花の蜜を吸って生きてるのかなとか、きらきらふわふわな性格してるのかな、とか?」

「ま、そうだろうな。」


 いつもなら私と一言二言言葉を交わすと、疲れたとばかりに何もしゃべらなくなる落勢。今日はそういう気分ではないらしい。

 遠巻きに見てくるクラスメイトをチラと見て、再度こちらに向き直ってくれた。なんと珍しいこともあるもんだと思わずゆるんだ背筋を少し正す。


「お前、あー、名前なんだっけ。」

吉日きび思立しりつ吉日だよ。そろそろ覚えてよ。」

「あー。」


 少し目線を下げて罰の悪そうな表情を浮かべている。気がする。だが名前を覚えていなかったなど正直どうだっていいことだ。こと他種族との交流に関してはズバ抜けて下手な妖精族。更にズバ抜けてなんの特徴もないノーマルヒューマンの私を認識しているだけで成長しているといえるだろう。


「で、お前の勘違いの話だけど。」

「ああ、うん。私が何か妖精族のことを勘違いしてるんだっけ。」


 ひとつ静かに瞬きをする落勢。毛先だけ真白な長いまつ毛がやけに目立つ。真っ黒で絹糸のような髪の先も同じく雪のような白さを放っている。

 神に愛された人種とはよく言ったものだ。おそらく10は超える種族が交えるこのクラスの中でも一際浮いた存在。それが妖精族である落勢だった。


「お前は勘違いしてるぜ。お前、今おれのことどう思ってる。」

「え、今?」

「あぁ今だ。さっきの羽がどうとかきらきらがどうとか、は分かった。だが今は?今は違うよな。」


 落勢の口からキラキラなんて単語が出たことにちょっと笑いそうになりながら、私は今目の前の男に対しての印象を思い浮かべた。


「今は、そうだなぁ、他人どうでもいい無関心男?ってとこかな。なんか一生一人でも孤独じゃなさそう。結局そういう人が一番幸せなのかなーとか思ってるよ。」

「ヒヒッ、ヒヒヒヒッ!」


 私が思っていることをそのまま口にすると、なんということでしょう。あの笑うということを母の胎に忘れたのだろうと言われた飛鳥落勢が口の端を思いっきりあげて笑っているではないか!

 笑うのに慣れてなさすぎてかなり不気味ではあるがそこは見逃そう。これはかなりレアだ。だって妖精族が笑うなんて聞いたことがない!


「それ、それだよ。きび。」

「わっ!っなに、てか名前!」


 笑った!あの落勢が!と感激していると、今度は椅子を薙ぎ倒す勢いで立ち上がる落勢。あの男が笑った…?と若干ざわついていた教室内が、椅子が盛大に倒れた音でシンと静まり返る。この場にいる誰もが私と落勢を見ている。それに気がついているのかいないのか、当の本人はニッコリスマイル(ただし凶悪)のまま私のすぐ目の前にぬるっと立った。


「おれは、というより、妖精族ってのはな、他人に無関心なのではない。」

「いやそれは嘘でしょ。」

「いいや?」


 ただでさえ身長のバカでかい妖精族。椅子に座りながら見上げているから私の首はほぼ直角に曲がっている。この応酬中にも、耐えきれないのかくふくふ笑う落勢を見ているとじわじわと疲れが蓄積されてしまう。

 ちょっと休憩とばかりに一旦首を前に戻すと、落勢は私の視線から離れないように同じスピードでそのまま地べたに座り込んだ。その座高だけで私の目線くらいはあるので、それでやっと私は首を楽な状態で落勢と見つめ合うことができるようになったのだった。


「きび、嘘じゃないぜ。おれは、おれたちはなにも無関心なのではない。」

「あっ冗談?落勢がジョーク言うなんて珍しいね。大丈夫!バカウケ!」

「ヒヒヒッ。冗談でもねーよ。」

「エっ。」


 その瞬間。ことの成り行きを見守っていたクラスメイト(いつのまに教室にいたのか担任の先生も加えて)と私の困惑混じりの声が重なった。

 そりゃあそうだ。地べたに座る妖精族、というだけで明日の新聞に載るんじゃねレベルだが、落勢はそのまま前のめりに倒れこみ、上半身を私の太ももの上にするりとのしかからせてきたのだ。


「ちょっと、近っ、っていうか、なに!?どうしちゃったの落勢、具合でも悪いの!?」

「そんなことはどうだっていい。おれの話を聞けよきび。」

「アッハイ。」


 いいかげんパニック気味の私の反応がうざったくなったのだろう。先ほどまでのスマイルが消し飛んでいつもの無表情に戻った。

 だが、私が話を聞く体勢に戻ると再度機嫌の良さそうな笑みを浮かべはじめた。


「妖精はな、ずっと見てるのさ。」

「見てる?」

「ああ。見てる。ずうっと、見て、探している。」


 やけに楽しそうだ。今日までの落勢とは比にならないほど彼が興奮しているのが分かる。

 白くて大きくて死人(しびと)のように冷ややかな落勢の手が私の太ももを掠めるように撫でた。ウっと声が出るがそんなことはお構いなしだ。楽しそうな落勢は気まぐれに触れてくる。


「探す、って何を探してるの。人?」

「まあ人でもいいし人じゃなくてもいい。おれらはな、きび。自分が寄生できて、自分が信用できて、自分が頼れて、自分がお世話をしたくて、自分が大事にしたくて、自分が食べたくて、自分が可愛がりたくて、自分がいじめたくて、自分が許せて、自分が害せて、自分が愛を注げる相手を、探すために、ずっとずーっと見ているのさ。」


 ドロとした声。人によっては甘くて素敵な声に聞こえるかもしれない。でも、私にはそれが獲物に狙いを定める獰猛な生物の唸り声に聞こえた。

 ゾッとした。落勢の目は本気だ。

 冷や汗が背中を伝う。本当は今すぐにでもここを飛び出してしまいたい。だが、動けない。私の脳内危機管理能力管理センターが逃げたらおしまいだと告げている。指一本も動かなかった。


「それがなきび。お前、おれに興味を持っちまったろ。おれに何度も何度も話かけちまっただろ。」

「……。」

「残念だったな。おー可哀想に。おれがお前を見なければ見つからなかったのに。」


 全く残念そうではないが、形だけは残念そうに肩を竦める。さて、と一呼吸おいて落勢は口を開いた。


「きび、お前はおれから逃げるか?」


 これは質問ではない。これは質問でも、試しているのでもない。彼は声に情を乗せて甘く優し気に、誘導している。逃げてみろ、逃げてみろ、さあ逃げてみろ、と。


「……。」


 私の動向を落勢は何も言わずじいと見つめている。しかし、私にはどうすることもできなかった。

 動けなかったのだ。それは誘導されていると気が付いたからではない。本能で身体が一つも動かなかったのだ。蛇に睨まれた蛙はこういう気分なのかとふと思った。


 私も落勢も何も言わない動かない。クラスメイトも動けない。

 どうしようどうすればいい、と無い頭を働かせていると、突然落勢は一瞬も外さなかった視線をがくっと下に落として大きくため息を吐いた。

 それは心底悔しそうな色。先ほどまでの緊迫感はどこへやら。張り詰めた空気は一気に緩んだ。


「あーあ、もうちょっとだったのに。」


 この空間は彼が支配している。そう錯覚させるだけの力が落勢にはあった。彼が声を発するだけで、この場にいる者は話すことを、そして呼吸することさえも許可されたような心地がしたのだ。もちろん私も例外ではない。


「もう、ちょっと……ってなにが。」

「ヒヒヒ。」


 にいんまり。白うさぎを追いかけて裁判にかけられる夢物語にこんな笑い方をする猫いたな。そんな見当違いのことを考えてしまう。至極楽しそうに笑っているくせに目は全く笑っていない。楽しさ8割、のこりが、なんだろう。


「お前が逃げてくれたら、あとはおれが追いかけて、捕まえて。」

「捕まえて、どうする気だったの。」


「それは捕まった時のお楽しみ。」

落勢くんは他人との交流がドヘタなだけで、基本的にはとても優しい少年なのでこの後は二人は死ぬまで仲良く過ごしましたエンドです。

習作。

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