4 女子トーク
ゆるく始まった女子児童二人のキャッチボールは、想定通り勝負とは言えないものだった。
ボールを速く投げようとして仮令のボールは円花のいる方向から外れる。それでも円花は危なげにキャッチできた。
円花が投げるボールも、仮令は体を移動させてどうにかキャッチした。
何度も何度もボールが往復する。
何度も、小体育館の空中に野球のボールが飛ぶ。
「……これ、意味はあるのかしら?」
「こ、これから! きっとこれからだから!」
投げても投げても、明のようにスピードのあるボールを投げようとすると思っているところと違う方向へ飛ぼうとする。方向を重視してスピードを緩めると届かないこともあり、三球で本気を出すまでに調整した明の才能を痛感していた。
投げ方だけを教えてもらっただけで、速い球の投げ方を教えてもらっていない。
見ただけだ。
明はもう少し体全体を使って投げていたような気がする。
「なっ⁉」
円花が投げた一球に、仮令が驚いた顔を見せる。
グローブに収まったボールはしかし、取れた直後にぽろりと落ちた。
取れてはいるのでセーフである。
「ずるいですわ!」
「平牛さんだってできるんじゃない? 私ができたくらいだし」
投げた後のフォームのまま、円花は平然を装ったつもりで答えた。内心はまさかあのようなボールが投げられるとは思っていなかったので、自分がビビっているとはなるべく仮令に見せたくない――とはビビってから意識した。
仮令は円花の言葉にふむ、と多少の納得の色を見せる。
とはいえ、体の作りは円花と違っているのですぐにスピードのあるボールは投げられない。仮令が苦戦している間に円花は感覚を掴み始めていた。
三球ほどさらに投げ合えば、円花は理解を終えた。
勝てるビジョンが見えていた。
ただ、お互いに疲れの色も隠せなくなっていて、ボールを投げる前には雑談をして時間稼ぎをする流れができていた。
「その話は三年生の頃から少し出ていましたわ」
「え、そんな前からあったの?」
キャッチボールはキャッチボールでも、会話のキャッチボールになっている。
「ご存じ? あなたのクラスの彼女の好きな人は……」
「やっぱりそうなんだ⁉ 彼にだけ扱いが雑だし、その後の顔が恋する乙女だったからそうかもって思ってたんだよね」
「ふふ、わたくしは確かな筋の情報ですわよ」
「うわあ、もっと聞きたい!」
「よろしくてよ」
勝負というより放課後に友人同士が遊んでいるだけの図になっているのに、巳浦先生も仮令の父親も、誰も止めようとしない。
勝負は、偶然とも呼べる最中に変化した。
女子小学生同士、恋愛の話で盛り上がらないはずもなく、同級生の恋バナに興じている途中に投げた円花のボールは十分なスピードに乗っていた。
話に夢中になりながらもきちんとグローブを動かしていた仮令も、このボールは見逃さざるを得なかった。
「…………」
正直、円花はやってしまったと思ってしまっていた。
十二分に会話は弾んでいた。
楽しいと傍目に見ても思われていたはずだ。
それなのに、空気をぶち壊したと思った。
巳浦先生も、円花への勝利確定の言葉を述べることなくじっと様子を窺っているようである。それほど仮令――の父親か――の行動を注視しているのだろう。
「……ふふ」
状況を動かしたのは、敗者になったかもしれない仮令の笑い声。
なったかもしれない、というのは、状況次第ではやり直しもありえたからだ。
負けるつもりがなくなった円花にとっては当然ラッキーな状況ではあるのだが、どうなるのか分からないのが平牛家というお金持ちであり児童会長という肩書なのだ。
偶然の流れの勝ちだったとしても勝ちは勝ちだ。
円花は罪悪感の奥にある強気な面にスポットライトを当て続けた。
「あはは、楽しい時間は短いというのは本当でしたのね。あっという間に終わってしまった感覚ですわ」
「……へ?」
「あら間抜けな顔。わたくしに勝ったのですから。もっと堂々となさればいいのに」
「か、勝った?」
「あなたが――円花が言ったのではありませんか。ボールをキャッチできなかった方が負けだと。その勝負にわたくしは負けて、あなたが勝ったのよ?」
仮令の言葉を、円花はすぐに理解できなかった。
勝った負けたの勝負をしていたのに、提案した円花の方が信じられないでいた。
え、終わり? そんな表情を浮かべている。
「勝ったのは、丑三円花」
巳浦先生の宣言により、勝敗が決した。
決してしまった。
楽しかったのに。
楽しい女子会だったのに。