第二章 1 戦略
三回戦は少し間が空いて水曜日。
九月十日に行われる。
もしも日曜日にあったらどうしようと一日怯えていたが、月曜日の朝に靴箱に入っていた予告日時に安心してその場にへたり込みそうになった。だが、へたり込んではまた竜亥に助けられるかもしれないと思えば、自然と背筋が伸びた。
好きな人には情けない姿よりも健康的で可愛い姿を見てもらいたい。
可愛い、というとどうしても真由香を思い浮かんでしまって心が落ち込んでしまいそうになる。それも竜亥に言われた「気にするな」の一言を思い出して難を逃れた。
恐るべし、好きな人のパワー。
月曜日と火曜日は久しぶりに落ち着いた時間を過ごせた。とは言っても水曜日に勝負が行われることが確定しているので、対策の時間としなければならない。
勝負の内容は自分たちで決められる。
自分の得意なもので勝負を仕掛けるのが一番簡単だ。
次も円花はこれまでの二戦のように負けたくて負けられなくなる事態を回避するための対策が必要となる。
早口言葉を練習するべきか。
同じパターンになった時に、いかに相手に有利な勝負を用意させるかを考えるべきか。
月曜日はひらすら頭を空っぽにした。
いつものように友達と話して、遊んで、残り半年の小学校生活を堪能した。同じ庶民の友達と話すと盛り上がるから、この時間が一生続いて、おかしな勝負なんてなければいいのにと願いたくなる。
好きな人の話になると声を潜めあって、感情を分かち合ったりもするのだが、今だけは竜亥の話をすると芋づる式に勝負の話まで出てしまうので、珍しいと言われながらも我慢した。
土曜日の話を言いたい。
言いたいけれど、耐えた。
好きな人と一緒に帰った話なんて何が何でも話したい話なのに。
火曜日は朝から対策を考えるために少しだけ早く登校した。家にいるのがなんとなく嫌になったからではない。決して。
いつもより早い時間の中庭に行くと明を見つけたので、早速ボールの投げ方を教えてもらうことにした。
声をかけてお願いすれば、赤い顔で頷いてくれる。風邪でも引いたのかと心配したが、そうではないらしい。練習試合も勝ったようなので、きっと調子はいいのだろう。
「えっと、摩牛くんの本気の球ってやつを受けてみたいんだけど……」
備えあれば患いなし。
円花は次の勝負に備えて、吸収できそうなものは何でも吸収するつもりで言った。
「え?」
目を丸くする明に、心の中で謝って頭を下げる。
「このままだと三回戦のことばかり考えてしまって、放課後まで心が持たないと思うんだよね。だからこう、甲子園を目指す摩牛くんのすごい球を受けてみたら、それが紛れるんじゃないかなって思ったの」
野球のすごい球、のイメージがテレビ中継すらも観ない円花にはまったく沸かないわけだが、とにかくスピードも強さも初心者の円花より圧倒しているのは間違いない。
円花のお願いに嬉しそうにしていた明の表情が曇る。
無茶なお願いだと分かってはいる。断られても仕方ない。
「無理ならいいの。ごめん、本気で甲子園を目指してる人に言っていいお願いじゃなかったよね」
「丑三さんが見たいって言うなら見せてもいいんだけど、僕の言うことは絶対に守ってね?」
グローブの構え方を教わり、何度も言われる「動くな」の指示に何度も頷く。
三球投げて、四球目に本気のボールを投げると言う明の意図は明らかだった。
距離やグローブの位置を確かめる練習だ。
動かないようにとの約束を守ってはいるが、一球目と二球目とは違い、三球目が練習だとは思えなかった。
グローブがボールを吸い込んだのは変わらない印象。
ただし、吸引力が段違い。
「……はえ?」
「う、丑三さん、大丈夫?」
何が起きたのか把握できず、遅れてやってきた風圧に押されて地面に尻餅をついた。
さらに遅れてやってくる手の平の痛み。
まだ三球しか投げていないということは、次が本番。
この上が、まだあることを意味している。
円花はうだうだ考えるのを止めて心配する明を見上げた。
「摩牛くん、ギブアップしてもいいかな?」