4 二回戦
二回戦はさらに二日後の九月六日に行われた。
この日は土曜日だが私立の小学校なので午前中のみ授業がある。その放課後にはなるが、それでもまだお昼の時間。
場所は体育館ではなく中庭だった。
十二干支小学校には中庭が二つ存在しており、一つはベンチが一つあるだけの小さなもの。中庭というよりも渡り廊下の一部だと認識している児童は多い。
円花が招集されたのはそちらではないもう一つの中庭。
人工芝の敷かれた広い遊び場。周囲には花壇に咲き誇る花々。校内でスケッチの授業をする場合にはこの場所が使われることの多い場所である。
靴を脱いで仰向けに転がると気持ちのいい児童に人気の場所でもある。
「僕の負けでお願いします」
対面してすぐ、対戦相手の摩牛明が頭を下げた。
円花が口を開くよりも先に負けの宣言をした明に、円花だけでなく審判を務める犬塚晴美先生も呆気にとられている。
音楽担当の美人の女性教師をもあんぐりをさせるのはさすがおかしな勝負に参加するだけのことはある。
「あはは、明日練習試合があってね。どうしてもそっちの方に集中したくて。だから僕はここらで負けさせてほしいんだ」
甲子園を目指すのに意味はなさそうだし、と野球のユニフォーム姿の少年は帽子をかぶり直した。
犬塚先生が説得を試みても勝負はしないと頑なな態度の明に、円花の勝利が確定された。
明が将来を有望視されているピッチャーであることは教師の間では有名な話であるらしく、円花は犬塚先生の話に半ば上の空で聞いていた。ピッチャーということは、ボールを投げるのが得意ということ。
練習に向かおうとする明に、円花は声をかけた。
「摩牛くん、今度ボールの投げ方教えてよ」
「もちろん。時間が合えば、いつでも」
すぐに首だけで振り返って返事をくれた。
初戦の相手とは大違いだ。
これが本当の優しい人だ。
初戦で疑心暗鬼に陥りかけていた心が明のおかげで元に戻った気になる。
「明日の練習試合、頑張ってね!」
もう一度明の背中に声をかける。
二度目に振り返った明の顔は真っ赤になっていて、何も言わずに走って去ってしまった。
「あ、あれ……?」
「丑三さんって、魔性なのね」
犬塚先生は楽しそうに口元を隠して笑っている。
なぜ笑っているのか、円花には分からなかった。
二戦終えて、円花はのんびりとした土曜日の午後を過ごせるようになった。犬塚先生に取り合って日曜日に勝負は入れないようにしてもらったし、月曜日までは何も考えずに済みそうだ。
次こそは負けて普通の小学六年生に戻ろうと決めて、家に帰ろうと靴箱を目指す。開ける時に緊張が走ったのは言うまでもない。
一刻も早く家に帰ってお昼ご飯を食べないと。
円花は靴を履き替えてから、ふらりと体が揺れた。
昼休みの休憩も、昼食を食べる余裕もなかった。そもそも今朝勝負の時間と場所を伝えられたので用意すらしていなかった。
空腹に力が抜けて倒れそうになるのを、誰かに支えられた。
「ほえ……?」
「大丈夫か?」
床に落ちるはずだったのに、痛みすら感じない。
円花は誰が助けてくれたのかと顔を動かす。
「無理をするな。今、うちの車をギリギリまで寄せてもらっている」
聞こえた変声期を迎えているしゃがれた小さな声。
働かない脳を無理に動かして、声の主を探る。
「牛込、くん……?」
はっきりとしない思考でも、見えてさえすれば反射的に口が動く。口にしてから初めて牛込竜亥に体を支えられているのだと分かった。