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卒業式代表決定戦ー丑の段ー  作者: 天上いこい
2/18

2 初陣

 三日後の放課後。分かりやすく言えば九月四日の放課後。

 円花は体育館にいた。

 対面するのは同じクラスのにう真由香。牛と書いて「にう」とはなかなか読めないからすぐに覚えられる。それでなくとも学年最強可愛い四天王の一人でもあるので、顔面を見ただけで誰なのかが分かるような相手だ。

 左右に結んだ髪はくるんとカールしていて光沢がある。シルエットだけでも可愛いの塊なのに、顔面もシルエットの期待を裏切らない。


「よろしくね、丑三さん」

「よ、よろしく」


 声まで可愛いとは恐れ入る。円花は実際にしていなくても二歩ほど気持ちが下がった。


「さて、勝負の方法を決めましょう」


 審判として居合わせているのは四年生の頃の担任の先生、虎泉裕子先生。

 虎泉先生は向かい合う円花たちの間に立って、二人の肩に手を置いている。

 何をしてもいいですよ、と優しく笑う先生をよそに、円花は早々に終わらせようとしていた。

 自分が参戦するには相応しくない場所だ。


「私の負けで……」


 勝負の内容が決まって負けの宣言もできなくなる前に終わらせよう。円花は息を吸い込んで声を発したが、どうやら勝負はすでに始まっていたらしい。


「私の負けです。勝ったのはあなたです」

「え」


 同じ内容の言葉は、ほんの少し後から発した真由香がすべて言い終えた。円花はまさか真由香も同じことを考えているなんて思わなかったから、途中で止まってしまった。

 虎泉先生もまさかの事態に瞬きを繰り返して黙ってしまっている。

 真由香は続ける。


「私は戦うつもりはありません。なので丑三さんの勝ちでいいです。何をするかを考えるのだって、私と丑三さんとでは何が得意かなんて知ってはいないし、もしも運動が関係してきたら私には不利です。何より、私には誰かを蹴落とすなんてことできません」


 キラキラとした目を先生に向けて、私が負けでいいですと何度も言葉を重ねる。

 しかし、負けと真由香が口にするたびに負けた気分にさせられている円花は戸惑っていた。

 円花の一回戦は、心理戦だった。


「えーと、本当に負けでいいの?」


 どうにか驚嘆から戻った虎泉先生が真由香に尋ねる。真由香はこれまた可愛らしい所作で頷いた。


「はい。丑三さんの勝ちでいいです」


 にっこりと笑えばまた円花は敗北感に襲われ、先生も困ったように「うーん」と唸る。

 その時、円花と虎泉先生が予期せぬ事態が起こった。


「えー、真由香ちゃん、かわいそう!」


 体育館に響き渡る高い声のブーイング。

 いつの間にか体育館の入り口に、三人の女の子が並んで立っていた。

 真由香以外の学年最強可愛い四天王。


「真由香ちゃんの優しさで勝って嬉しいわけ?」

「もしかして真由香ちゃんに言わせてるんじゃないの?」

「先生、ちゃんと確認してください」


 言葉の刃物が円花を容赦なく攻撃する。


「あ、あなたたち……」


 虎泉先生が三人に出ていくように言っても、一歩も動こうとはしない。

 心理戦第二形態、援護射撃。

 三日前、多目的室に集められた際に注意事項を伝えられていた。その中には「お友達にはあまり言わないように」と念を押す形で何度も言われていたというのに。

 いや、これも心理戦に含まれているのか。

 友達には「あまり」言わないように。

 内容は伏せつつも、体育館で勝負があるから応援に来て、という程度であれば構わないと判断したのか。

 円花は誰にも、それこそ家族にも言わずに体育館に一人でやってきた。なぜなら最初から負けるつもりだったから。会場に来て負けを宣言してさっさと帰るのが円花の立てた予定――のはずだった。

 予定が狂いに狂っているのは、初戦からクセのある相手と当たってしまったからに他ならない。


「真由香ちゃんに勝ちを譲ってよ」

「そうだよ。優しい真由香ちゃんにあげてよ」

「丑三さんって性格悪いんじゃないの?」


 学年最強可愛い四天王。

 最強なのは外見だけで、中身は最低だった。

 性格が悪いのはどっちの方なんだろう。


「みんな……ありがとう」


 真由香は三人の友人たちの言葉にうるうると涙を浮かべる。これも心から出た自然なものというよりも演技臭い。子役か。

 逆に問いたくなった。

 そんな真似をしてまで勝ちたいのかと。聞かなくても分かる。こうまでしてでも勝ちたいのだ。

 きっと卒業式の代表になりたいわけではない。

 彼女たちは生まれた時からずっと勝ち続けてきたのだ。

 負けるなんてことは経験したことがないかもしれない。

 外見の可愛さだけで勝ちが確約されていた。

 生まれながらにして勝ち組。

 勝つ以外の選択肢なんて彼女たちには与えられていない。

 どんなに敗北感を与えられようと、円花は負けたくない気持ちが芽生え、急成長した。


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