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卒業式代表決定戦ー丑の段ー  作者: 天上いこい
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3 決勝戦の相手

「……どうして」


 呟かずにはいられないほど、意外な人たちがこちらを見ていた。


「君を家まで送り届けた日、どうして君はすぐに家の中に入らないのかと考えていた。最初は見送ってくれる優しい心を持った人なのだと思ったが、後日調べてみたら君はあの家とは違う家から登下校していると分かった。その理由にもすぐに察しがついた」

「仮令ちゃんから聞いた通りの人だね。何を企んでいるのか、理解できない」

「理解できない? それはこちらの台詞だな」


 二階から目を離せないまま話は続く。


「君が負けようとした理由はそこにあるんだろう? 参加資格がないと思っていた。なのに決勝の場にいる。ということは勝負に勝ってきたんだ。どんな勝負をしていたかは知らないが、どちらにせよ勝ち上がったことに変わりはない。負けるつもりだったなら、そもそも勝負の場に来なければいい。何も聞かなかったと忘れた振りをすればよかった。なのに君はしなかった。それはなぜか? 否定したくなかったんだ。自分を。「丑三円花」という自分の存在があったことを」

「…………」

「認めたくなかったんだろう? 両親の話を。自分の身に起きたすべてのことを」


 竜亥の言葉は、円花の心に強く響き渡った。

 夏休みに起きたすべてを調べ上げた竜亥を前に、円花は何も言い返せない。

 竜亥の家の車で送ってもらった、今は父の住処であるかつての住所。

 二階を見上げる目には、夏に決別を告げ合ったはずの父母の姿があった。

 久しぶりに顔を見た父の隣には今も一緒に暮らす母の姿。

 夏休みに入ってすぐ、泣きそうな顔をして最後に円花を抱きしめ頭を撫でてくれた父の姿。

 二人でマンションの一室に住んで、これまでの暮らしと変わらない明るさを保とうと努力する母の姿。


「わ、わた、しは……」

「言ってしまえ。勝負を利用して、思うことすべてを」


 耳元で囁く、悪魔のよう優しい声。二学期が始まってからずっと胸の奥にしまい込んでいた本音が表へ出ようとする。

 それを抑え込む忍耐力はもはや、やる気を失っていた。


「私は、仕方ないと思ってた……。私が何を言っても、どうしようもないんだって。だって子どもだから。子どもの声は大人には届かないってことを、知っていたから」


 肩に置かれた手から伝わる熱が、円花の涙腺を緩めていく。大丈夫だと、どんなことがあっても支えてくれると思わせる温かさに、堰を切って涙があふれ出した。


「お父さんとお母さんと一緒がいい!」


 七月も終わろうかという夏の朝、リビングに呼ばれて真面目な話をされた。

 お父さんとお母さんは離婚をする。

 蝉の鳴き声も遠く聞こえる感覚。目の前には距離を開けて隣同士に座る両親の姿。

 言われている意味は分かっているはずなのに呑み込めないまま母親について家を出る準備をさせられた。

 大事なもの、必要なものだけを持ってと言われているのに、父だけは残していかないといけなかった。


「離れ離れなんて嫌だ! 私はそこまで大人になれない! 一緒じゃないと嫌だ!」


 どこにも行かないで、と力の限り叫ぶ。

 困らせることは言ってはいけないなんて理性は、竜亥の手によって緩められてしまっていて、溢れる涙も止まりそうにない。

 二学期が始まってから、強くならないとと自分に言い聞かせてきた。大人にならないとと。六年生なのだからと。親が別れを選ぶにも事情があるのだから仕方ないと。

 そこに来てこの「卒業式の代表決定戦」が始まった。

 円花は自分が「丑三」ではなくなることを分かっていたから勝つべきではないと、負けることだけを考えていた。勝ってはいけない。本来ならば参加することさえも許されないのに。

 だが、勝負に参加している間だけは「丑三円花」でいられた。

 これまで通りの自分でいられた。

 負けるつもりだった仮令との勝負を、途中で勝つつもりになったのは単純に観戦に来ていた父親が羨ましかったからに他ならない。


「円花……」


 涙で掠れた母親の声。


「私はお父さんのこともお母さんのことも大好きなのに……」


 何が一番寂しいのかと言えば、両親の事情に円花の感情が一つも考慮されていない点にあった。

 離れ離れになりたくないのに、円花を無視するように引っ越しが決まって、父親と離れての暮らしが始まった。一人で円花を育てなくてはならなくなった母親は、遅くまで仕事で家にはいない。

 離れて得られたものなど、何もなかった。

 震える円花の体を、竜亥が支えてくれる。いつも支えてくれているのが竜亥な気がしているが、今の円花に気にしている余裕はもちろんない。


「君のご両親を呼んで、悪かった」


 一応の悪気はあったのか、竜亥が頭を下げる。

 もう勝負なんてどうでもよかった。

 円花は胸のつかえがとれて、すっきりしている。

 あとはどうなっても構わない。このまま勝負が終わったところで、どうだっていい。


「次は俺の番だな」


 泣きじゃくったままの円花にハンカチを渡した竜亥はパイプ椅子に戻って腰掛け、戌井先生を見た。

 舞台の上にいる竜亥と舞台の下にいる戌井先生なので、実のところ見下ろす形になっている。


「俺は、目立つ舞台が嫌いです。苦手ではなく、嫌いです」


 人の目が嫌い。人の目から流れる感情が嫌い。好奇な目で見られるのも、下心丸出しの目で見られるのも、そういった視線に晒される舞台が嫌い。

 相変わらず淡々とした口調で戌井先生に向けて話している。

 円花の話し合い相手が両親だとすれば、竜亥の話し合い相手は戌井先生――審判ということになる。

 話し合いではなく、一方的に訴えかけているだけだが。


「児童会の会長を決める際も、平牛が会長になるように身を引きました」


 視線の集まる場に立つのが嫌いと言い放った竜亥の、児童会での話に二階から「はぁ⁉」と怒りの声が聞こえた。仮令の声で間違いない。

 終始竜亥はいかに自分が代表にふさわしくないか、人前に立つのが嫌なのかを説いた。

 ひたすらに、それだけを。


「あとは先生方にお任せします」


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