第一章 1 戦の始まり
十二干支 小学校の六年生になると、あるイベントが起こる。
私立十二干支小学校では伝統のあるイベントで、一部では有名になっているといっても間違いではない。
丑三円花はその十二干支小学校の六年生である。
長い長い夏休みが終わり、いつもと変わらない気分で登校した日、六年生が数人集められた。
空き教室という名の多目的室に二十三人。
学年として二十六人五クラスの合計一三〇人のうちの二十三人なのだから数人でも構わないだろう。
集められた児童は皆、そろって「来た」と緊張と高揚感を合わせた感情を持っておとなしく座っている。円花だけは忘れていた、という表情を表に出さないように顔に力を入れていた。
同じ場に片思いしている牛込竜亥がいるのを見て意識をそちらに集中させた。
二学期が始まったばかりということも相まってか、待たされる時間が長くなればなるほど、私語が増えていく。いくら六年生と最上級生だとは言っても小学生なのは同じ。話の内容はある以外の情報がほぼ口外されていないイベントについてが最初こそ多かったが、次第に夏休みに何をしていたかなどの報告会になっていた。
数時間前にそれぞれの教室でしていたはずの会話を、相手を変えて同じ話をする。
それほど楽しかった証拠なのだろうが、その会話に円花は参加できなかった。
私語をしていないのは円花のほかにもいた。
竜亥も腕を組んで少しだけ下を向いている。寝ているのかもしれない。
わざと竜亥の斜め後ろの席を選らんだ甲斐があった。俯いたことで見える首の後ろの円花の視線は奪われている。普段見えない部分が見えることで生まれる興奮に頬が緩む。夏休みにあったあれこれ不快だったすべてが、それだけでどうでもよくなった。
待つこと三十分。
空き教室――多目的室の扉が開いて、二人の教師が入ってきた。
一人は教頭先生。多目的室の窓側に移動して、教卓の方へ体を向けている。もう一人は円花のクラスの担任、兎丸昌明先生。
兎丸先生はまず、黒板に大きく「卒業式の代表選考会」と大きく横に書いてから教卓を思いきり叩いた。
見ていても大きな音に驚いたが、雑談をしていて先生たちの登場に気づいていなかった児童たちはより大きく肩を跳ねさせて驚いていた。
竜亥は起きていたのか、さほど驚いた様子はなかった。円花は驚く竜亥の後ろ姿が見られなくて残念だと場違いなことを考えた。
大きな音で二十三人の六年生たちを黙らせ注目させることに成功した兎丸先生は一同を見渡して口を開いた。
「ここに集まってもらった理由は察している通り。そして正式名称は黒板に書いた通りです。ここにいるみんなにはトーナメント形式で戦ってもらい、一人の優勝者を決めてもらいます」
しん、と誰も口を開かない。
黒板にある「卒業式の代表選考会」の意味が分からないわけではない。どちらかといえば楽しみにしていたイベントの正式名称を知って落胆して言葉が出ない、が正しいのだと思う。
円花はほとんどが興味を持たないイベントのために呼ばれたことを嘆いていた。
卒業生代表なんてなりたいと思う人は極少数。それでも競い合って選ぶことに意味を見出せない。
兎丸先生は呆気にとられる児童をよそに、小さな正方形の紙を教卓の中から出して配り出した。
「トーナメントの対戦相手を決めるから、ここに自分の名前を書いてください」
配られた紙に素直に名前を書き込む児童、ためらいを見せる児童。円花は周囲の様子を窺いながらも竜亥の行動は必ずチェックしていた。
竜亥は、考える素振りを見せながらも最終的には鉛筆を走らせた。それを見て円花も名前を書く。深く考えることなく。
いくつかの質問に兎丸先生は教頭先生の顔色を見ながらも答えて、全員が名前を書いた紙を回収した。
約二十分後に完成されたトーナメント表。
シード権があるなんて聞かされていなかったものの、厳正なる抽選(箱に紙をすべて入れて教頭先生が一枚ずつ引いていく古典的なシステム)の結果が、黒板に張り出された。大きな白い紙は廊下にスタンバイされていたのを見た時は最初から中に入れていればいいのに、と思いはしても口にすることはなかった。
最短三戦で決勝に行けるのは二人。
四戦で決勝に行けるのが三人。
最長五戦しなければならないのが残りの十八人。
円花は五戦する位置に割り振られた。
初戦は同じクラスの女の子。
対戦日時は三日後の放課後。
円花はトーナメントが決められる前の質疑応答の時間の中で出ていた質問を思い出していた。
「対戦って、何をするんですか?」
「それは当日、対戦する二人で決めてもらいます。じゃんけんでもなんでも、危険でなければなんでもいいですよ」