弐.目指すカタチ
半刻ほどすると、言われた通り、柚月が茶を用意して現れた。
今度は、自身の分も。
同席しろ、ということなのだと理解している。
柚月が座ると、雪原は満足そうな笑顔を見せた。
「今日は、祝いの酒を用意しなくてはね」
何のことだか分からないが、雪原はうれしそうだ。
柚月が不思議そうな顔をすると、雪原は、栗原に話したのと同様、これからは教育に力を入れ、国を変えていこうと考えている、と話した。
「いいですね」
柚月の目が、感動でキラキラ輝く。
やはり雪原は、自分には考えつきもしないことを考えている。
そう思うと同時に、改めて尊敬の念を抱いた。
が、
「それで、栗原殿に先生になっていただくことを、お引き受けいただいたのですよ」
雪原が加えた言葉に、柚月の表情が一変。
「せんせえ?」
怪訝そうな目で栗原を見た。
「何教えられるの?」
「お前よりは学はあるわ」
栗原はにやりと言ってのける。
柚月はムキになってむっとしたが、雪原が割って入った。
「まあまあ。宰相までされた方です。色々ご存じですよ」
雪原はうれしそうに微笑んでいる。
さきほどの嬉しさとは違う。栗原と柚月のやり取りがうれしいのだ。
だが、柚月はその違いに気づきようもない。
雪原に微笑んでそう言われると、それもそうかという気になった。
「それから、栗原殿」
雪原は急に真剣な調子になり、栗原に向き直った。
「道中、どうでしたか?」
栗原が都へ来る道は、先の戦で開世隊と萩の連合軍が進軍した道でもある。その現状が知りたい。それも、実際に見てきた情報を。
栗原も真剣な面持ちになった。
「ひどいものですな」
思い起こしているのだろう。表情が暗い。
「だが、あれは萩の進軍のせいではないでしょう。どこも農村は荒れております」
ここ数年、各国で天候不良が続いている。だが、どの国も農村への救済を行わない。国を問わず、権力者の関心は、自身の利益のみである。
「ただ、蘆のみ。蘆の、特に都に近い農村の、あの田畑の荒れ方は、おそらく、先の戦のものでしょう。手を打たなければ、作物を作ること自体できなくなるやもしれません」
開世隊と萩の連合軍が陣を置き、随分と踏み荒らしたようだと言う。
「そうですか」
そう漏らすと、雪原は腕を組みをした。
「実は、政府としては、民の救済政策をとる国主を、政府内で重用する制度を作ろうと考えているのです」
どう思われますか? と問いたげな目で栗原を見る。
栗原は頷いた。
「評価制度を変えよう、とお考えなのですな」
「ええ」
「どういう事?」
柚月一人、理解できない。
「教育と似たようなものだ」
栗原が説明する。
「これまで、地位を決めてきたのは主に家柄。それがない者は、上への媚びで成り上がるしかなかった。バカげた話だがな。だが、それがまかり通るだけに、皆、一様にそうした。それが通じない社会にしよう、とお考えなのだ」
「えっと、…つまり?」
柚月はまだ、いまいちわからない。
「つまり、私利私欲に走る者を評価せず、貧困層の救済政策を行った者を評価するということだ。例えば、そうじゃな。」
栗原は言葉を探して宙を見る。
「自身の出世のために接待や賄賂に金をかける者は出世させず、荒れた農地の改善もそうじゃが、食うに困っている者のために食べ物の配給をしたり、家さえない者のために保護施設をつくったり、職のない者のために雇用を増やす政策をしたり。そういうことした者を出世させる。そうすることで、国主たちは、接待や賄賂では出世できないと悟り、逆に、民の救済政策に力をいれるようになる。結果、自然と弱い立場の者たちが住みよい国になる、ということだ」
教育と同じ。
人の心を変える、ということ。
それも、出世や保身に懸命な国主たちの心理を、うまく使って。
「なるほどぉ」
柚月はやっと理解すると同時に、
「すげえ」
と、目を輝かせた。
考えつきもしなかった。
想像すらできなかった。
新しい考え方。
新しい社会の姿。
柚月は、未来が輝いて見えた。
「まだ、どういった形がよいか、考えあぐねているのですが」
雪原は渋い顔をする。
「ただ、戦の復興もある。導入するには、今が好機だと考えています」
栗原は真直ぐな目で雪原を見つめ、賛同した。