表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

壱.登城

 その日、柚月は生まれて初めて籠というものに乗った。歩いていくと言ったが、鏡子は譲らず、椿までが、


「迷いますから」


 と、説得してくる。玄関を出ると、家の前にすでに籠が来ていて、仕方なく乗った。だが、それは正解だった。


 着いた先は、城。だが、城のどこだか分からない。ほかにも籠がやって来て、人が降りてくる。役人か何かなのだろう。皆、上等な裃を着て、見るからに上級武士ばかりだ。


 場違いだ。柚月はそう感じて、落ち着かず、きょろきょろしているところに清名がやって来た。手招きをしている。柚月は救われた気持ちになって、駆け寄った。


 着物は、この日の為の物だった。新調した着物を着て、城に来るように。それが、柚月の小姓としての初めての仕事だった。だが、分かったのはそこまで。何のために呼ばれたのか、結局分からずじまいだ。


 柚月は清名の背を見ながら、聞いてみようか、と思うが、「聞いていないのか?」と、厳しい目で問われるのが目に見えて、なかなか聞けない。さらに、いったい今、どこを歩いているのかも分からない。随分細長い部屋だなと思っていたが、どうやらここは廊下らしい。


 背筋をピッと伸ばした立派な裃の男たちが行きかい、清名とすれ違う時、決まって一礼していく。清名はそんな男たちに全く動じず、堂々と歩いていく。柚月はその後ろに、隠れるようについて行った。


 だが、進むにつれ、周囲の男たちの視線が気になりだした。最初は気のせいかと思ったが、どうやら違う。清名を見ているのか、とも思ったが、そうでもない。彼らは確かに、柚月の方を見ていている。しかも、中には何やらひそひそと話している者までいる。


「俺、なんか、見られてません?」


 柚月が清名の背中にこそりと聞くと、振り向いた清名が答えるより早く、近くにいた男が、意を決したように近づいてきた。


「あの、失礼ですが」

 柚月に恐る恐る声をかける。


「もしや、栗原様ではございませんか?」


 柚月は「え?」と目を丸くした。確かにそうだが、それを知っているのは雪原くらいだ、と思っている。まじまじと男の顔を見たが、会ったことがないばかりか、見覚えさえない。この男が、自分の本名を知っているはずがない。なのに、なぜ、そんなことを聞いてくるのか。


「いえ」

 と、柚月が咄嗟にごまかそうとしたのを、清名が割って入った。

「これは、柚月一華といいます」


 その一言に、男は、大きく目を見開いた。男だけではない。周囲にいたほかの者も一様に驚いた顔になり、「あれが」とざわめきだす。

 声をかけてきた男の目は、驚きから感動に変わり、


「あなた様が!お目にかかれて光栄です」


 と、無理やりに柚月の手を握った。柚月は動揺しながらも、「いや、こちらこそ」と応えると、すっと手を引いた。男の感動の理由が分からず、なんだか怖い。


「なんですか、あれ?」


 清名は柚月を置き去りに、すでに歩き始めている。柚月がその背を追いながら、動揺のまま聞くと、清名は振り向きもせず、


「藤堂の仕業だ」


 と答えた。藤堂とは、雪原の護衛隊の護衛頭を務める男だ。


「お前が一人で楠木に立ち向かったことに、よほど感動したのだろう。大した御仁だと、城中で触れ回っている」


 そのおかげで、柚月は本人の知らないうちに、有名人になっているらしい。さらに、雪原の小姓と言う地位を得たことで、箔までついたようだ。


 だがそれと、「栗原」の名とは関係がない。なぜ聞かれたのか。柚月の疑問は解けないままだったが、通された部屋に圧倒され、そんな疑問も吹っ飛んだ。


 これが部屋かと思えるほど、だだっ広い間に、何十人、いや、百人を越えるような男たちが詰めている。しかも、皆、上級武士ばかりだ。そのうえ、清名が「座れ」と言った場所に、柚月は慌てた。


「え!?ココ、ココですか?」


 と言って、なかなか腰を下ろさない。清名が「いいから座れ!」と厳しく言って、やっと腰を下ろした。清名の後ろ。つまり、宰相補佐の後ろ。とんでもない上座である。柚月にしてみれば、自分より身分が高く、年長の者たちが、自分より下座にずらりと並んでいる。異様な光景だ。


 その男たちが、一斉に頭を下げた。清名も同様だ。柚月も慌てて倣う。


 雪原が入ってきた。清名の横に座ると、「案内ご苦労様でした」と、こそりと清名に声をかけ、その後ろに控えている柚月に微笑んだ。その見慣れた笑顔にほっとし、柚月も笑みが漏れる。すると、再び部屋中に緊張が走った。皆一同に礼をする。将軍、剛夕の入室だ。


 剛夕は座るなり、「皆に下を見られていては、話しづらい」と言って、面を上げさせると、一同を見渡し、最後に、柚月の方をちらりと見た。柚月がそれに気づくと、剛夕はふっと口元に笑みを浮かべ、再び一同に向いた。


「今日皆に集まってもらったのは、我らの過ちを正すためだ。」


 剛夕は、厳しい表情で声を張る。そして、一人の老人が招き入れられた。


 その人物に、柚月は目を見開いた。


 この場に釣り合う上等な裃を着てはいるが、間違いない。柚月が以前、雪原について旧都に行った時に出会った老人。ケン爺だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ