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弐.新たな役目

 部屋にはすでに膳が並べられ、鏡子と椿が待っていた。

 柚月を見上げる椿の微笑みには、安堵とともに、やはり、黙って外出したことを少々責めるような気持ちが混ざっている。柚月は気まずそうに苦笑し、「ごめんね」と漏らすと席についた。


 雪原に、鏡子、椿、そして、柚月。四人での食事。

 夫婦でも親子でもない。もちろん、血縁でもない。

 この邸の主とその愛人、お抱えの人斬りに、かつて敵対した人斬り。

 奇妙な組み合わせだ。だが、この部屋を包む空気は、「家族」を思わせる。この四人は、そうなるだけの時間を過ごしてきた。

 

 ここしばらく、雪原は城と本宅を行き来していて、こうして四人揃って食事をするのは、少し久しぶりだ。それもあって、柚月の帰りを待っていたのだろう。

 そして、その甲斐はあった。

 ここにはやはり、団らんがある。


「柚月さん、新しい着物が届いていますから、一度着てみてくださいね」


 鏡子にそう言われ、そう言えばそんな話があったな、と柚月は思い出した。


 柚月は戦の後、十日ほど行方をくらましたと言ったが、その間、宿場町の復興に参加していた。

 今回の戦で、一番大きな被害が出た場所だ。

 柚月としては、気持ちを前向きにした故の行動だったが、結果、椿と鏡子に大いに心配をかけ、黙って家を出ることを厳しく禁じられることになったばかりか、帰宅後、無理がたたって高熱に襲われ、しばらく寝込むことになった。

 しかも熱の苦しさに加え、看病をしてくれる鏡子には、「自業自得ですよ。」と、枕元で何度も言われ、二重の苦しみを味わった。


 その熱が収まった頃、目が覚めると、枕元に雪原が座っていた。夕方なのか、部屋の中は薄暗かったが、雪原の穏やかな微笑みは分かった。


「柚月は、肝心な時に熱を出しますね」


 雪原の頭には、柚月がこの邸に初めて来た時のことがある。柚月が仲間の裏切りに会った日だ。ケガをした状態で、訳も分からぬままこの別宅に連れてこられた。

 連れて来たのは、椿だった。


 椿はその前に二度、雪原の命で柚月の殺害に向かい、仕損じている。だが、椿の報告で、雪原は柚月に興味を持った。一度話がしてみたい、と、椿に迎えに行かせたところ、偶然にも開世隊の裏切りの現場に出くわし、窮地に陥った柚月を椿が助けたのだ。


 また余談だが、椿が自分を殺そうとしていたことも知らず、柚月が椿に惚れてしまっているという悲劇は、喜劇として、雪原の娯楽になっている。


 話を戻す。椿に連れてこられた夜、柚月は、開世隊が都に総攻撃を仕掛けようとしている、という情報をもたらした。それにより、雪原が開世隊との間に和解を成立させ、衝突を防ぐことができたのだ。

 

 後に戦に発展したが、もしもこの時、この総攻撃を防げていなければ、都が受けた被害は、今回の戦の比ではなかっただろう。


 が、そうして世の中が動いている中、貢献したはずの柚月本人は、熱を出して寝込んでいた。義孝に刺された傷がもとだった。ちなみにこの時の傷は、今も柚月の左の脇腹に跡を残している。


 そして今回の戦でも、敵の首領、楠木を討つことができたのは柚月のおかげだ。柚月が大きな功績を残したことは確かである。


 だが、雪原は宰相に任命され、雪原に仕える者たちもそれに準じて昇格する中、柚月は一人ひっそり、別宅の離れで寝込んでいる。椿から知らせを聞いた雪原は、柚月は貧乏くじを引く性分だな、とおかしくなった。


 仕事に区切りをつけ、こうして様子を見に来たわけだが、もちろん、ただ様子を見に来ただけではない。

 雪原は起き上がろうとする柚月を横にならせた。


「改めて、正式な下知が下りますが」


 柚月は横になったまま、下される判決を受け止めるように、雪原を真直ぐに見つめる。


「柚月は、陸軍二十一隊所属宰相付小姓隊士に任命されます。」

「長っ」


 柚月は間髪入れず、ただ一言ツッコんだ。

 何者か分からないほどに長い肩書である。そもそも、陸軍は二十番隊までしか存在しないはずだ。おまけに、陸軍隊士なのに、宰相付の小姓とは一体どういうことなのか。

 謎ばかりである。

 それらの疑問が柚月の顔に出ていたのだろう。雪原は笑った。


「私直属の組織として、今回新しく、陸軍に二十一番隊を創設したのですよ」

「雪原さん直属の?」


 それはそれで謎である。

 確かに雪原は、ほんの少し前まで陸軍総裁だった。だが、今は宰相の地位にある。雪原直属と言うことは、宰相直属の軍隊ということになる。


「ええ。一つ戦が終わったからといって、油断はできません。むしろ、大きな嵐の後です。これからまだ、この国は荒れますよ」


 雪原の顔から笑みが消えた。


 開世隊は、下級武士や町人、百姓といった下層階級の者で構成されていた。その開世隊が、敗れたとはいえ、政府に牙をむいたことは、全国にまだ潜んでいるであろう、同じように政府に不満を持つ、下層階級の人間たちの、手本となってしまった。


 もちろん、将軍の座についた剛夕も、それを補佐する雪原も、そういった下層階級の者、弱い立場の者たちを救済する国づくりを目指している。だが、その実現より先に、彼らの不満が武力によって現れる可能性の方が高い。現に、すでに各国で百姓たちの一揆の報告が数件上がってきている。

 まだ戦から、どれほども経っていないというのに。


「組織は大きくなるほど力は強くなりますが、その分、機動力が落ちます。私の一存で動かせる部隊が欲しかったのですよ」


 二十一番隊は、雪原が自ら選んだ隊士で構成される、少数精鋭部隊だという。


「でも、小姓隊士って」

「ああ」

 

 雪原の顔が緩んだ。


「まあ、実質、今と変わりませんよ。小姓といっても、ずっと私に張り付いて、私の世話をする必要はありません。椿がいますし。宰相としての業務は、清名が支えてくれますしね」


 清名は、雪原が陸軍総裁になる前、外交官をしていた頃からの腹心の部下である。その清名は、今回も雪原について出世し、宰相補佐官となった。


「今まで通り護衛と、あと、お使いを頼むことが多くなるでしょうね」


 宰相ともなると、城に詰めていることが増え、陸軍総裁ほどにも自由に動けない。代わりに動いてほしいという。その点は柚月も納得した。

 だが、最も気がかりなことがある。


「でも俺」


 柚月は言葉を詰まらせると、のそりと起き上がり、布団の上に座ったまま雪原に向いた。


「俺は、開世隊の人斬りです」


 政府の人間を多く斬った。

 政府の中には、当然、自分に恨みを持つ者が多くいるだろう。


「そんな俺が、陸軍なんて」


 陸軍隊士ということは、政府の人間になるということだ。

 柚月にははばかられる。


「気にすることありません」

 雪原はきっぱりと言い切った。


「確かに、政府の中には、開世隊の人斬りに恨みを持つ者もいます。柚月がその人斬りであったこと、必死に隠すつもりはありませんが、あえて口外する気もありません。ただでさえ国が荒れている時です。もめごとの種は巻きたくありませんからね。ただ」


 雪原は一旦言葉を切ると、一つ、ため息のような息を漏らした。


「ただ、今の政府には、その開世隊の人斬りに、感謝している者がいるのも事実です」


「え?」


 柚月は想像もしなかったことだ。いったい、どんな人間が人斬りなんかに、それも、身内を殺した人斬りなんかに、感謝などするだろう。


「暗殺された要人の、後釜についた者たちですよ」


 雪原は苦々しそうに顔をゆがめ、苦笑した。


「今の政府は、そういう腐ったモノが作っているのです。そして、将軍が変わっても、人の心なんてものは、そうそう変わらない」


 雪原は、そういう人間を子供のころから嫌ってきた。そして、そんな人間が作る武士の世を憎んできた。そんな世が、今なお続いていることに、心底うんざりしている。そして、変えたい、という強い思いがある。


「まあ、気にするなと言っても、柚月には無理でしょうけどね」


 雪原は柚月をまた横にならせ、布団を掛けてやった。柚月の額に手を当てる。


「何よりまず、よくなってください。熱は下がったみたいですけど。私も随分責められたのですよ」


 そう言うと、雪原は柚月を責めるように苦笑した。

 鏡子と椿に、だ。


「さっきも、柚月はちょっと調子が良くなると、すぐに床から抜け出そうとするから、きつく言っておいてくれって、鏡子に言われたところです」


「すみ…ません」


 柚月は布団に隠れ、バツ悪そうに目だけのぞかせる。ちょうど今朝、ちょっと体を動かそうと、刀を持ってこっそり廊下に出たところを、鏡子に取り押さえられ、危うく愛刀を没収されるところだった。


「とにかく、今はゆっくり休んでください」


 そう言うと、雪原は去っていった。また城に戻るのだ。宰相になってから、ほとんどこの別宅には来ていない。

 

 そして、去り際に、「そうそう」と、数日後に、宰相付小姓隊士としての初仕事がある、と言いだした。

 確か、新しい着物は、その為の物だ。

 だが、雪原がそう言いだした時、柚月はもう半分眠りに落ちていて、話の内容をはっきり記憶していない。


 いったい、何のための着物だったか。柚月は飯をほおばりながら、鏡子をちらりと見た。さっき叱られたばかりだ。「なんの着物でしたっけ?」などと聞けば、どうなるか。想像できる。


 柚月は自然に知れるのを待つことにした。



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