ep7:ナターシャ領主代行、友人二人から赤レンガ通りの開発案を貰う
帰ってきた天使ちゃん達を交えて、リビングで昼食を取っていた時のこと。
クレフォリア・エリオリーナの両名から『邸宅前の大通り――名付けて『赤レンガ通り』の開発について、いくつか提案をしたい』との申し出があった。
もちろん喜んで話を聞いた。
……え? 政治干渉?
何言ってんのさ、食事の席での会話だよ。
そう、食事の席でたまたま話題になっただけ。
ただの歓談だから問題はない。いいね?
で、二人の話を簡単にまとめると。
どうやら『可愛い服・アクセサリーを買えるお店、スイーツカフェ、魔法用品店、身分に囚われない子供向けの学び舎が欲しい』とのことだ。
特に、学び舎について強い思い入れがあるようで。
クレフォリアはエンシア王国民の職業選択肢の少なさ、魔法適正所持率の低さを嘆き。
エリオリーナも国内の学習状況を教えてくれた。
マグナギアは前元帥の影響か、魔道士学園の勉強の質・学内の治安がお世辞にも良くないようだ。
なので家督を継がせたい魔道士家は、家庭教育で子供を育てるのが常識なのだという。
このままでは国内の魔導技術は衰退するばかりだし、なによりまた国家が分裂しかねない。
でも、もし。
ここにモデルケースになるような学び舎があれば。
お父さんが改善案を示せて、国民感情の分断も治せるかもと思っているらしい。
「なるほどー」
私も学び舎――学校に関しては、段階を踏んで大きくしていきたいと思っていた。
とてもにこやかに同意を示す。
「実は私もそう思ってたんだよね。二人と気が合うなんて奇遇だなぁ」
「そうだったのですねっ! ナターシャ様と価値観を共有できて嬉しいですっ!」
「うん、私も」
とっても同調し合う三人の少女。
そこに斬鬼丸が首を挟む。
「ナターシャ殿? もしや、昨日の夜に談合――」
「あははそんなまさか。クレフォリアちゃんとエリーナちゃんとはたまたま同じ部屋で寝泊まりしてるだけで、領地の行く末なんて話し合った事なんて無いよ?」
「そうですよ? 私たちは関与出来ないのですから。……行く末の話なんてしてませんよね? 同室の熾天使アーミラル様?」
「ふむ……?」
斬鬼丸の視線が天使ちゃんに向けられた。
天使ちゃんはリズールから提供されたアイスクリームを食べながら、こう答える。
「熾天使という地位に誓って、彼女たちの潔白を証明します」
「何と。既に買収――」
彼が困惑している隙を狙って、ナターシャは一つの提案を持ちかけた。
「そう言えばさ斬鬼丸、新規領地に空中都市を建てるに当たって、どうしても湿地帯の主を倒さないといけないんだよね。私は色々と忙しいから代わりにやってくれる?」
「――そういう事ならばお任せあれ。拙者が片付けるであります」
「助かるなぁ」
強い魔物と戦えると聞いて思考を切り替える斬鬼丸。
一切合切の疑問を捨て去ったようだ。えらい。
いやぁしかし、それぞれの方向性が一致するなんて。
素晴らしい雑談タイムだなぁ。
「あ、そうだ。クレフォリアちゃん、ファッション屋さんに関しては適任者を知ってるよ」
「本当ですか?」
「うん」
久々にあの猫商人を呼ぶ日が来たようだ。
インベントリからプラチナリングを取り出して、指に装着。
カスッ、と指を鳴らしながら名前を呼ぶ。
「ニャトさんカモン!」
「はいはいナターシャ男爵令嬢さん、ニャトをお呼びですかニャー?」
すると指輪が光り、ナターシャの背後にボフン、と煙が出て。
リビングに猫妖精の商人、白毛のニャトさんが召喚された。
事情を知らないクレフォリア・エリオリーナの二名は驚いて目を丸くする。
「……にゃ、ニ゛ャッ!?」
ニャトも二人を見て、目が点になった。
正確には瞳孔がめっちゃ開いて、耳が後ろを向いた。
しかしニャトはこう見えてプロの商売人。
すぐさま正気を取り戻すと、
「ちょ、ちょっとナターシャさん」
「はい?」
「コッチに来て欲しいニャ」
「はい」
ご贔屓先で、とても扱いやすいナターシャを部屋の隅に呼んだ。
「どうしたの?」
「ちょっと小声で話し合おうニャ」
「……う、うん」
声を小さくすると、ニャトさんはようやく話し始める。
「ナターシャさん、あの二人とはどういうご関係ニャ?」
「友人だよ?」
「ニャっ……え、ええと、エンシアの第二皇女と、ガーネット公爵令嬢と?」
「うん。何かマズいことでもあった?」
「マズくは無いニャいけど、本当に? 本物ニャ?」
「うんそうだよ?」
「ニャあ……」
天を仰ぐニャトさん。
そんな疑問に思う?
「あの、もしかしてケットシーさん……?」
「ニャハハー」
するとエリオリーナちゃんがニャトに話しかけてきた。
振り向いたニャトは同意するように笑顔で手を振って、今度はナターシャの肩を抱き。
この場に呼び出された理由を聞く。
「ナターシャさん」
「なんです?」
「ニャトを呼んだ理由はなんですかニャ?」
「ユリスタシア領内に出来る邸宅の事は知ってる?」
「風のうわさで聞いたニャ」
「その邸宅前に大通りが出来て、開発することになったんだけど」
「ニャむ?」
「ファッション屋さんの店長にニャトさんが適任かなって」
「ニャニャッ!?」
思わず叫んでしまうニャト。
しかし営業スマイルを浮かべて後ろに何でもないと伝えた。
再びこちらの会話に戻ってくると、本心を漏らす。
「と、とんでもないオファーが来たニャ。胸のドキドキが止まらないニャ」
「難しいかな?」
「いやいや、ニャトとしては願ってもない話ニャ。何故なら『服飾小物、宝石の質でニャトの右にでる者は居ない』と自負出来るからニャ」
「じゃあ、オファーを引き受けてくれる前提で話を進める感じでいい? 詳細はみんなで決めよう」
ニャトさんは『構わないニャ』と返答してくれた。
ただし事前の注釈として『どうしても一つだけ条件があるニャ』と付け加えてくる。
「なんですか?」
「知ってると思うニャけど、ハイブリシア産の交易品も販売させて欲しいニャ」
「あぁ、なるほど」
ハイブリシアとは、マグナギア魔導国北部のテスタ地方に、オーク族・ハーフエルフ族・ハビリス族(マイナーな小人亜人種の名称)によって建国された亜人のための国だ。
旧スタッツ国だったときにオークの里で内紛が起こり、旧宰相ローワン・王子陣営をナターシャ陣営が彼らを助けたことで絆を深めた。
ニャトはハイブリシアの交易商人として、ナターシャ陣営から推薦された経緯を持つのだ。
「どうかニャ? ナターシャさんにとっても悪くない話だと思うニャ」
「ふーむ」
まぁ、たしかに。
オークが作るお米や味噌、醤油なんかを輸入出来れば、私の食生活が賑やかになる。
それにユリスタシア領特有の名産品にもなる。
悪くない話だ。
「じゃあ――」
『失礼します』
「ニャ?」
ナターシャが二つ返事で飲みかけると、後ろからリズールが顔を出した。
彼女は小声で呟く。
『お二方、皆様がお待ちですよ? 詳しいお話はそちらで』
「はニャッ!? これは大変失礼しましたニャー!」
ニャトは慌てて振り向き、まずは非礼を侘びた。
ここからの赤レンガ通りの開発計画――ではなく。
お昼どきの歓談は、商人のニャトも招いて行われるようだ。
Q.政治干渉はダメなんじゃないの?
A.昼食時にたまたま話題になっただけです。
いやぁ、お姫様と公爵令嬢との歓談はためになるなぁ(棒読み)
次話は5月29日、午後11時~0時頃です。