ep5-閑話:犠牲の上に成り立つもの
午後十時を過ぎた辺り。つまり夜間のこと。
天使ちゃんと斬鬼丸はユリスタシア領にある森、その深部まで来た。
光源には天使ちゃんの天輪と灯魔法を使用している。
「アーミラル殿、本当にここなのでありますか?」
「うん。天使ちゃんレーダーからするに、ここに居るよ」
天使ちゃんにしては珍しく、六枚の翼を出して行動していた。
全力で索敵していたようだ。
だが、斬鬼丸は不思議そうに首を傾げる。
「しかし、それにしてはシュトルム殿の気配が無いでありますな……」
「それはアレの影響だね。気配を探るのって魔力感知魔法と似てるから、異質な物が近いと気配が薄れて感じられないの」
「ふむ、感じられるようになるには?」
「慣れだね」
「なるほど、勉強になるであります」
しかし、彼女の言葉を聞いて大きく頷いた。
実は斬鬼丸、天使ちゃんとコンビを組んだのは魔法や魔力について勉強するため。
遊んでいるようにしか見えないが、彼なりに精霊用の魔法を編み出そうと努力しているのだ。
主に頼れば何でも出来るので、それは最後の手段にしたいらしい。
「うーん……」
対して天使ちゃんは考えこむ。
少しして、一つの案を思いついた。
「ざんきっち、全力で魔力放出してみて。そしたら一帯が自分の領域になるし、気配を掴めるかも」
「承知」
斬鬼丸は言われたとおりに魔力放出を行った。
不浄を払う青い陽炎が、鎧の隙間という隙間から吹き出す。
地面を伝って周辺に広がっていく。
『この――魔力、は――――』
「「!」」
すると斬鬼丸が放つ魔力に引かれて、木陰から空色髪の少女が姿を現した。
彼女こそ、ヘルブラウ・シュトルムだった。
朱色のウィッグは無くなり、軍服ワンピースもズタボロで。
垣間見える肌は黒色の傷や汚れだらけ。
抑えている右腕は黒く変色し、紫の棘のような結晶体が突き出している。
彼女の目は、戦場の一兵士のように冷たく、険しかった。
「貴殿、何という姿に……」
斬鬼丸は魔力放出を思わず止めてしまう。
森に静寂が満ちる。
「シュトルムっち、見つけたよ」
「――!?」
しかしアーミラルが話しかけたことで、シュトルムは曇りきっていた表情を変えた。
「……フッ」
安心したのか、ニヤリと笑みを浮かべ。
普段よりもテンション低めながらも、カッコよく言葉を紡いだ。
「遅かったな二人とも。全て私が始末したぞ」
「……シュトルム殿。本当にアレを壊せたのでありますか?」
「今言っただろう、当然だ。私達はそのために造られた」
そう言った彼女は、自身の右腕――二の腕辺りを掴むと、強く引っ張り。
「――――ッ!」
ビキッ!
ゴキッ、ゴリゴリッ、ボキンッ!
肩口からねじ切るように外して、背後に投げ捨てた。
投げ捨てられた右腕は魔力昇華――リズール曰く『魔力の裏返り』という、全てが魔力に変換される特異な現象を起こして消えていく。
紫棘の結晶体も魔力昇華に巻き込まれるように消滅した。
シュトルムは右肩の破損部を撫でる。
「ふぅ……」
「シュトルムっち……」
「安心しろ熾天使、これが私達のやり方だ。痛覚は元より無い」
「じゃあせめて、この泥を使って」
天使ちゃんはスマホをポチポチっとした後。
インベントリから大きめの泥団子を取り出し、シュトルムに渡した。
「これは?」
「天界産の泥です。神の祝福入り」
「ハハ、原初人類の元となった聖なる泥か。自我なき泥人形には最上級の回復剤だな」
「あ、あんなのとは一緒にしないで欲しいなー……」
「そう言うな。比喩は私の個性だ」
シュトルムは破損部に泥団子をくっつける。
すると『泥再生』スキルが発動。
全身の傷や汚れが消え、無くしたウィッグ、外した右腕と破れた服も再生した。
素材との相性が良かったらしく、体力が全回復したらしい。
元気も取り戻したようで朗らかになる。
「よし、これで自宅に戻れるな! 感謝するぞ熾天使!」
「どういたしましてなんだけど……シュトルムっち?」
「なんだ?」
天使ちゃんは不安そうな顔をしながら、シュトルムに尋ねた。
「どうやってアレを破壊したの? 天使ちゃんの浄化魔法でも数日は掛かるのに」
「……知らない方が良い。我が魔眼に関わることだ」
シュトルムはそう言って右眼――金色の瞳に手を当てた。
「だが、強いて言うなら――荒れ狂う暴風は、嵐は。立ちふさがる物を何もかも破壊し尽くす。それだけだ」
「――ほう? 流石は嵐を纏いし簒奪者。【蒼穹の嵐】の称号を手に入れた者だけはあるね……」
「よく分かっているじゃないかセラフ。我が力に恐れ慄け……!」
「だが熾天使の真の力をあまり舐めない方が良い――――!」
「なん……だと……!?」
中二病ムーブする天使ちゃんとシュトルム。
斬鬼丸は元気そうな二人を見て。
特に、元気そうに振る舞いながらも、僅かに膝が震えているシュトルムを視認し。
ゆっくりと近づくと。
「な、なんだ斬鬼丸? 今はセラフとの大事な――」
「失礼」
「な、なん……うわっ!」
シュトルムを足元からすくい取り、肩の上に担ぎ上げた。
ファイアーマンズキャリーと呼ばれる、怪我人を急いで運ぶための技法だ。
斬鬼丸は天使ちゃんに目配せすると、そのまま帰路についた。
「さ、帰るでありますよ」
「や、やめろバカっ! 私はまだ歩け――」
「ハハハハ」
バタバタと暴れ、ぽかぽかと斬鬼丸を叩くシュトルム。
彼は攻撃を受けながらもこう答えた。
「シュトルム殿」
「なんだ!?」
「虚勢を張るのは他人の前ならばいざ知らず。しかし、仲間内とあれば遠慮は不要也」
「そういう事を言ってるんじゃない! 恥ずかしいからやめろって言ってるだろう!?」
「残念ながら承認しかねる。貴殿は拙者からすれば未だに怪我人の枠組み故」
「もーっ! 斬鬼丸のバカっ! 頑固っ!」
「ハハ、褒め言葉でありますな」
「堅物精霊騎士ーっ!」
「ハハハ」
シュトルムは抵抗虚しく、斬鬼丸に担がれたままユリスタシア家まで運ばれた。
後でナターシャがなだめるまで、ものすっごい機嫌が悪かったらしい。
これでユリスタシア領は暫く平和だな……
追記:24日午後8時半
すみません、ちょっとお腹の調子が良くなくて間に合いません。
明後日の午後11時を目安に投稿します。