ep4:ナターシャ、ユリスタシア家の領主代行に任命される
結局、パパンとリズールが帰ってきたことで事態が収拾した。
パパンは慣れた手つきでナターシャから天使ちゃんを引き離し。
リズールは百面ダイスを取り出すと、手のひらの上で転がした。
『アーミラルさん』
「はい……」
『領主様の娘への不敬行為、それに対する謝罪にも致命的失敗を出されたので、明日の朝まで投獄されます』
「はいGM……」
『そして今日のメインデッシュは抜きになります』
「嫌゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!!」
真のゲームマスターであるリズールがそう伝えたことで、天使ちゃんが撃沈したからだ。
現在の彼女は、お口チャックマスクを付けられ。
リビングの隅に置いてあるモニター付近に正座させられている。
モニターは天使ちゃんの私物で、三十二型薄型液晶テレビだ。
天使ちゃんは首から、
【私は領主様に逆らった愚かな冒険者です】
と書かれた札をぶら下げている。
夕食の時間になるまではあのままだ。
彼女の横には、ついでに正座している斬鬼丸もいる。
リズールGMの厳しいお言葉を聞いて、責任を感じたようだ。
『ご迷惑をお掛けしました我が盟主。厳しく注意しておきました』
「うん、ありがとうリズール」
これで天使ちゃんも多少は反省してくれるだろう。
本当のファンブルは他人が迷惑を被る訳じゃなくて。
自分に不利が起こって、結果的に他人も巻き込まれるのだから。
いわゆる連帯責任みたいなもんだ。
『では私とガーベリア様で今晩の夕食を作ります。少々お待ち下さい』
「はーい」
リズールはキッチンに向かった。
料理を手伝うようだ。
すると今度はパパンが話しかけてくる。
「ナターシャ、ちょっと来てくれるかい?」
「え? うん」
ナターシャは父の書斎まで導かれて、二人っきりで話をすることになった。
書斎には仕事用の机が二つあって、片方がお母さん用、もう片方がお父さん用だ。
他には、羊皮紙の束が入った筒とか、本がぎっしり詰まった本棚とか。
模範的な領主の部屋だと思う。
「部屋の鍵を閉めてくれるかい?」
「うん」
父は鍵を閉めたのを確認すると、少し緊張しながらも話し始めた。
「実はナターシャに話しておきたいことがあるんだ」
「うん?」
「その、邸宅が完成するまで」
「うん」
「クレフォリアちゃんとエリオリーナちゃんがこの家に泊まることが決まった」
「やったー!」
全身を使って喜ぶナターシャ。
しかしパパンはそうでもないようだ。
次は困った表情でこう漏らす。
「そしてこれは、娘にはあんまり言いたくないんだけどね……」
「ん、何?」
「ヘリオス皇太子――クレフォリアちゃんのお父さんがね、例の事件で人間不信になっちゃってさ」
「うん」
例の事件とは、二つの事件のこと。
イクトルによるヘリオス皇太子の奴隷化と。
ヘレン皇太子妃の軟禁事件だ。
「それ以来、『ユリスタシア家以外は信用出来ない』って部屋に引き籠っちゃって」
「あぁ……」
まぁ、それもそうだろう。
意志はあるのに自由はない。
思っても無いことを自分の口が勝手に言葉にする。
そして周囲は誰一人として気付いてくれない。
他人を信じられなくなるのも当然だ。
「お父さんは彼を落ち着かせるために、親衛隊長として騎士団に復帰することが決まったんだ。邸宅が完成するまでの間だけど」
「へぇー」
お父さん、騎士に戻るんだ。
ちょっと想像がつかないかも。
「だから、ベリアちゃんの他にもう一人、領主役を担うユリスタシア家の血を引く人物――領主代行役が必要になった」
「うん」
なるほど。
ユーリカ姉かマルス兄を帰宅させるのかな?
「私はお兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちを迎えに行けばいいの?」
「違う違う」
「え?」
「あー、えーっと……」
パパンはコホンと咳を付くと、詳しく説明した。
「ユーリカは僕と一緒に親衛隊員になる必要があるから、代行は出来ない」
「なるほど?」
「だから天使さんに頼んで、速達でマルスに手紙を送ったんだけど……マグナギアは今、かなり情勢が不安定みたいでさ。フミノキースのスラム街付近で暴動や反乱の扇動が頻発してるらしい。マルスは、ナターシャが作ったスレイト魔導爵家・ガーネット公爵家との繋がりを生かして、ウェンウッド商会やそのお兄さんの財団と協力しながら、活動家の暴走を止めようと奮闘してるみたいで」
「うわぁ……」
マグナギア魔導国、マジでヤバいな……
エリオリーナちゃん連れてきてホントに良かった。
「だから……」
パパンは一瞬ためらったようだが、それでもあえてナターシャの肩を掴んでこう言った。
「頼むナターシャ、領主代行をやってくれないか?」
「うんいいよ」
「そ、即答かい!? 領主って大変なんだよ!?」
とても驚くパパン。
だが、ナターシャは既に『世界最高の組織の長になる』という覚悟ができている。
領主代行に任命された程度で驚くようでは務まらないのだ。
というか、そもそもの話。
「いやだってお父さん、私にはリズールが居るじゃん」
「あっ、そうだった……」
肩の力が抜けたのか、へろへろと力尽きるパパン。
「完全に杞憂だった……」
最後にそう言って、眉間を揉み始めた。
予想外のことが続いてるから、パパンも色々と混乱していたのだろう。
八か月~九か月前にクレフォリアちゃんを救出してから、末っ子の娘と共に旅に出し。
それから三か月後の年末には、娘の旅先であるスタッツ国が崩壊。
慌てる間もなく、年明けからはエンシア王家・ガーネット公爵家の両家が住める『邸宅』の建設に携わり。
三月にはエリオリーナ公爵令嬢の亡命に協力し。
「そうだ、リズールさんを隣村に連れて行ったのも……僕とした事が……」
本当はもっと前から要請があったであろう。
ヘリオス皇太子・親衛隊長への着任を何とか初夏まで引き伸ばして。
クレフォリアちゃんから管理を委託されることになる、新規領地の視察などを済ませ。
諸々の準備を整えてから、ようやくこの会話に至るのだ。
ナターシャは、目の前でへたり込んでいる父の頭を撫でた。
「いろいろとお疲れさま、お父さん。あとは私とリズールに任せてくれていいよ?」
「あぁ、ありがとうナターシャ」
父は嬉しそうに微笑むと、娘を抱き締めた。
「君は自慢の娘だ」
「えへへー」
こちらからも抱き締め返した。
お父さんも大変だったんだね。
◇
元気になった父と共にリビングに戻ると、今日の夕食が用意されていた。
ナターシャは、クレフォリアちゃんとエリオリーナちゃんに挟まれて座ったが。
「なっちゃんゆるぢで……」
天使ちゃんが後ろに纏わりついてくるのだ。
お肉が食べられないのが悲しすぎるのか、ガチ泣きしていた。
こちらはご飯をもぐもぐと食事しながら返答する。
「自分の席に座りなよー」
「ああどうか男爵令嬢様、どうか、この下賤なる冒険者に贖罪の機会を……」
「もー」
ナターシャは呆れると、こう尋ねる。
「ちゃんと反省した?」
「ぢました……」
「ほんとに?」
「はい……」
「じゃあ、一口だけね。はい、あーん」
「あーん、おいひい……!」
パクっとお肉を食べた天使ちゃんは笑顔になった。
するとすかさずクレフォリアちゃんも『あーん』を要求してくるので。
ナターシャのメインディッシュの総量、三分の一が二人の胃に消えた。
◇
夕食後になってようやくナターシャは気付いた。
友人二人との歓談を止めて、キッチンのリズールの元に向かう。
「ねぇねぇリズール」
『なんでしょうか?』
食器洗い中に話し掛けられたものの、リズールは何事もなかったかのように振り向いた。
ナターシャは素朴な感じに質問する。
「シュトルムが家に帰ってきてないよね?」
『そうですね……』
リズールは食器洗いに戻ると、こう答える。
『ですが、我が盟主があまり気にする必要はないかと』
「なんで?」
『実は今朝方、『時間があったら魔物の動向調査をして欲しい』と言いましたから。彼女は好きなことには熱中しやすいタイプですし、時間を忘れて調査しているのでしょう』
「なるほどねー」
それで納得したナターシャ。
するとそこに、例のピンクと斬鬼丸が顔を出す。
「ふっふっふ、どうやら人をお探しのようだね!」
「お困りのようでありますな」
「出たなトラブルメーカーズ」
ナターシャはいつものように対応する。
この二人がコンビを組んでからロクな思い出がないのだ。
今日のお茶会のようなことはほぼ毎日起こっている。
軽く魔物でも狩ろうと森に向かったら、突然現れた二人によって『依頼クエストだから!』と村まで連行されて。
フォリア監督の劇に出演させられたことも何十回もあるし。
ついには蛮族ムーブをしてきて『森は我々の物だ! 余所者よ去れ!』とか言われて、バトルを挑まれたりしたし。
すると食器を洗い終えたリズールが対応した。
『我が盟主、よろしいですか?』
「なぁに?」
『二人をシュトルム捜索に駆り出すのはいかがでしょう? 緊急クエストと称して』
「別にいいけど、報酬は無いよ?」
『では名誉のみと言う事で』
リズールはその場で、某南極探検隊のような募集演説を述べた。
『蒼穹の嵐、ヘルブラウ・シュトルム捜索の緊急クエストが起きました。求む冒険者。至難の戦い。暗黒の日々。絶えざる危険。生還の保障はない。しかし、成功の暁には名誉を得る――お二方、いかがしますか?』
「おお! 是非も無し! 参加するであります!」
「ふっ、ざんきっちを見捨てられるかよ。天使ちゃんも行きまーす!」
喜び勇んで参加する斬鬼丸に、相方っぽく振る舞って遊ぶ天使ちゃん。
リズールはさっそく開始の宣言をする。
『ではクエストを開始して下さい。制限時間は六時間。深夜零時になるまでです』
「「了解! 行ってきます!」」」
「行ってらっしゃーい」
ナターシャは元気よく出発していく二人を見送り。
「ねぇリズール、ゲームのやりすぎは二人の脳によくないよ?」
『そうかもしれませんね……』
リズールに突っ込んだことで、何とも言えない雰囲気になった。
あの二人、現実をゲームと錯覚してないか?
次話は5月24日、午前0時~1時です。