ep31:『伝承、開眼』
エンシア最北端の街・エルリックの北方には、雪で閉ざされた山岳地帯がある。
曰く、氷の精霊王が住んでいて、山から降りてくる狼は彼女の下僕なのだ、だから山に近づいて怒らせてはならないという、とてもありがちな物語。
人と狼の生存競争が続く中で紡がれた伝承だった。
そうして信仰が生まれ、北国の狼には精霊が宿るようになり、伝承に纏わる『氷・雪・風』の三氏族が発生し、その内、風の氏族は大狼『セオ』が生まれたことにより、南下を選んで姿を消した。
残った氷と雪の氏族、そして人は、風が残していった縄張りを巡り……人と狼、時には狼と狼で、お互いの命を奪い合う日々を送っていった。
誰かが去るということは、新たな戦いの始まりにすぎないのである。
これから物語の始点となるのは、戦いで散っていった彼らの遺体が集められた、『ここを訪れる時だけは争わないでいよう』と共に死者を弔う墓地、通称『狼の首塚』という大墳墓。
かつてここにあった名もなき王家の墓は、今では彼らの名を冠する場所となっていた。
そこに一人の女性――白魔道士の装いをした銀髪の美女が現れる。
この大墳墓近くにある小さな盆地、そこの村は彼女の故郷で、イリエスタ家に養子として迎え入れられるまで過ごしていた場所だった。
彼女は思い出を辿るように墓の中を巡り、ふと見つけ、積もった雪を払って祈りを捧げた。
「……お婆ちゃん、久しぶり。全部終わったよ」
墓に刻まれた姓は『Yuristasia』、古代言語――レノワール語で読むと『Yur i sutasia』となり、その意味は『貴方と私の始まり』。
イリエスタ家で代々、初代家長が好んで使用したと伝わっている言葉で、これが姓に使われるという事は、初代魔王の血がもっとも濃い一族という証でもあった。
「私は何も出来なかったけど、お姉ちゃんが全部やってくれた。後は……静謐の森にお墓参りに行くだけだよ」
彼女ははぁ、と白い息を漏らし、小さく涙を流した。
イリエスタ家の命題とは『初代魔王の写し身を生み出す』こと。
そしてその悲願とは、『始祖――初代魔王の墓である『静謐の森』最深部に辿り着き、祈りを捧げる』こと。
彼女たちイリエスタ家は、ただそれだけのために家を存続させてきたのだ。
「でも、その後は、何をすれば良いんだろうね……」
カチッ、カチンッ――
すると左方から足音がする。金属音だ。
「誰!?」
サッと振り向く。そこに立っていたのは、彼女と同身長の首無し騎士だった。
思わずデュラハンかと身構えたが、よく見れば、骨が折れたのか後ろに倒れた首があり、着ている鎧もエンシア国家騎士団の物と同じだと気付いたことで、ただのアンデットだと安心した。
「……動く屍、みたいね」
こういった僻地の墓場ではよくあることで、旧来の精霊信仰に基づき、未浄化のまま埋葬された結果、腐った死体や動く屍として復活してしまう。
エンシア王国の騎士団員も例外では無く、行方不明者の遺体は時折こうしてアンデッドとなり、人知れず墓場を彷徨っているのだ。
特に、浄化を得意とする白魔道士の魔力に惹かれて。
フードを被り直した彼女は、長い木製の杖を腰から抜き、浄化魔法を詠唱した。
「【清廉なる我らが主よ、彼の者を天使の導き手の元に。聖天浄化】」
とても慣れた手付きだった。
浄化を受けたエンシア騎士のアンデッドは一度、白い光の粒となったあと、生前の姿に戻る。
彼女はそのまま、小さな天使と共に、笑顔で天に登っていく黒髪の女性騎士を見送った。
「汝の来世とめぐり合わせに、幸運があらん事を。エイメン」
両手を組み、小さく祈りを捧げる。
次に目を開けた時には、何故かその女性騎士が目の前に戻ってきた。
「うわっ」
『――――』
「……え?」
彼女はハンドサインで『右に何かがある』と示した。
しかも怒った小天使にハリセンで叩かれている。
「うふふ……分かった。貴方の無念も晴らすわ」
思わず笑った彼女は、相手にそう伝える。
するとようやく満足した表情で成仏していった。
小天使は軽くお詫びの礼をしたあと、彼女に一つの光の粒を渡す。
「これは、導きの光?」
相手は優しく頷く。
どうやら墓参り中に呟いた迷いを聞かれていたらしい。
慌ててお礼を言おうと思ったが、相手は体の前でサッ、サッと十字架を切って、何も言わずに天に帰っていった。
彼女は小天使の優しさに感謝を告げると、女性騎士の未練を晴らすべく、墓の外に歩を進める。
◇
墓の外は比較的緩やかに雪がふっている。この地にしては珍しい。
ただ、幼少期を過ごした地でもあるので、イリエスタ家の女性は杖を突きながらも、問題なく歩を進めていく。
少しして、道なき道の奥に大きな人型の何かが、力尽きたように座り込んでいるのが見えた。
「まさか、絶滅したとされる巨人種……?」
歩みが早くなる。
目の前まで近づいた時、彼女はそれが何者か知った。
「これは……」
そこで力尽きていたのは、十メートルはあろうかという体躯の機械巨人。
儀礼用の華々しい西洋甲冑をモチーフに、花弁のような装甲を肩や腰にあしらって造られた、男性型ではなく女性型の巨大ロボットだった。
かなり古い時代からここにあるようで、足元は凍り付き、塗装は剥げ、茶色く錆びついていた。
ただ、彼女にはそれが何か分からなかった。
そこで、彼女の元から導きの光が離れ、巨人の胸部付近でくるくると回り始めた。
ここに来いというサインだ。
「行けば、いいのね……?」
彼女は一歩、また一歩と恐る恐る近づき、目的の場所まで来る。
すると胸部が上に向かって開き、座席――コックピットが露わになる。
中の座席にはエンシア国家騎士団の所属であることを示す、ミスリル製のドッグタグが置かれていて、それがきっと、先ほどの騎士の無念なのだろうと納得した。
「これを仲間に届けて欲しかったのね」
イリエスタ家の彼女はドッグタグを回収する。
ただ、そこで気になったのが、どうして胸部が開いたのか。
不審に思った彼女だが、理由はすぐに分かった。
「……この、名前は」
ドッグタグに全てが書いてあったのだ。
「エンシア皇国所属、死神騎兵団の三番隊――銀雪の亡霊、搭乗者:アンネリーゼ……まさか、この古の巨人が、エルリックの伝承に残るデュラハンその物……?」
ふと思い至った彼女は、未知に触れてしまった恐怖で逃げたくなり、距離を取ることを選んだ。
だが、下がろうとした拍子に何かを押してしまう。
巨人が僅かに動き、座席内が明るくなる。
「やだ、死ぬのは嫌……!」
転げ落ちるように逃げ、僅かに距離を取ったあとには、どこからか生えた巨人の頭部――その眼光に蒼い光が宿っていた。
明らかにこちらを見ている。
「や、やめて……」
その時、ウィンドウが現れた。
――――――――――
【力が、欲しいか?】
――――――――――
「何、え、ひっ」
バキッ、バキ、ギ、ギギ、グゴゴ―――
戸惑っていると巨人がゆっくりと動き始めた。
錆びついた腕を動かし、目の前の彼女を捕まえようと。
この場から逃げようにも、腰が抜けてしまって動けなかった。
「誰かっ、お姉ちゃん……っ」
すると導きの光が来る。
ウィンドウの前で回り、トントンと文字を突き始めた。
これに触れという天からの導きだ。
信心深い彼女は、一切の迷いなく文字に触れた。
――――――――――――――――
【異能発現】
『HACK:COMMON』
【効果】
『単体』に使用可能。
対象を一時的に行動不能にする。
使用の際は【HACK】と詠唱。
――――――――――――――――
「――ッ!」
この場から逃れるにはこれしかない。
相手に杖を向けて詠唱を叫んだ。
「【HACK】!」
バチィッ――
白い稲妻が宙を駆け、巨人の手に接触する。
その途端に、相手の蒼い眼光は掻き消え、手を伸ばした状態で動きを止めた。
緊張と興奮で息の荒くなったイリエスタ家の女性は、急いで転移魔法を使用。
謎の巨人に何かするでもなく、その場から離脱した。
To Be Contenued...(デーデデッデッデッデッデデー♪)
はい、私も予想できなかった歴史の真実です。
どうしてこうなったのか分かりません。
ただ分かっていることはあって、聖戦士ダンバインは面白いってこと。
ではでは、またどこかで。
続編になるかは分かりませんが次の作品で会いましょう。
さらばー(((((((((((っ・ω・)っ ブーン




