ep30:『異能、到来』
朝一番に目を覚ました私は、いつも私を抱きまくらにする友人二人の手を退けると、パジャマ姿でベッドを降りて、カーテンを開ける。
――――――――――
【力が、欲しいか?】
――――――――――
「何これ」
よく分からないウィンドウが出たが、右上の×ボタンを押して消した。
ここは私たち三人が共同で使っている寝室。
王侯貴族の部屋らしい赤と金と白色がメインの、豪華できらびやかな部屋だ。
窓の外は青く晴れ渡り。
小鳥がさえずり、蝶が舞い、色とりどりの花が咲き誇り。
大理石で出来た噴水付きの庭園があって。
ただただ、幸せに溢れていた。
「うん、実に貴族的で平和だ」
『なっちゃああああああああああああああん――――!』
しかし平穏は唐突に崩れ去った。
バァン、ダァン、とドアを開けて部屋に侵入し、私に抱きついてきたのはピンクの熾天使。
「もう制御しきれないよおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~!」
「うるさっ……」
ただし見た目が二十歳前後のお姉さんに変わっていた。
髪は髪長姫並に長くなっていて、普段は出ていない天使の輪や、大きな天使の翼が八対も生えている。
服装も天使らしく、神聖なオーラを放つ白ゴシックなワンピースだ。
何があったんだろうか。
「なんで大人化してんのさ」
「あのね聞いて!? 天使ちゃん頑張ったんだけどね!?」
「分かってる聞くってば。ちょっと落ち着い――」
「あしゃでしゅか……?」
「なぁに……?」
「あ、起きちゃった……すいませーん!」
先ほどからの騒動でクレフォリアやエリオリーナが目を覚ましてしまったので、天使ちゃんはひとまず脇に置き、二人専属の侍女を呼んだ。
洗顔とうがいをするためか、二人は寝室の奥の部屋に連れて行かれた。
「我が魔王、何が、ありました?」
「リズール、ちょっと朝の準備手伝って」
「かしこまりました」
慌ててやって来たリズールと共に、身支度を整えながら天使ちゃんが大人化した理由を聞く。
◇
寝間着から、正式に決まった『王立迷宮学院』の魔導制服――白いシャツブラウスと黒いブレザー、ベージュに近いチェック柄のプリッツスカートに着替え、黒タイツと茶のロングブーツを履き、赤いリボンタイで首元を彩る。
追加の防寒対策として、赤い手編みのマフラーを巻いて準備完了だ。
最後にチャキッっと銀縁眼鏡を掛ける。
ちなみに天使ちゃんの事情はというと、
『ニャンズホールから溢れる霊気が突然三倍に増えてしまい、制御不能になってしまった』
とのこと。
大人化はそれでも何とか収めようと努力した成果らしい。
原因についてはこう語る。
「予兆とかあった?」
「全然無かった……でも、多分だけど、迷宮学院で『一旗上げてやろう』と狙う学生たちの意思に呼応したんだと思う……」
「じゃあ天災ってことだね。天使ちゃんは悪くない」
「許された……! なっちゃん優しいから好き……!」
「よしよし」
大人のお姉さんな天使ちゃんからの抱擁を受ける私。
ただ、相手は正座状態からの抱きつき――腰に抱きつかれてる感じなので、何というか爛れた上下関係にしか見えない。
その状態でリズールに尋ねる。
「リズール、直ちに影響あると思う?」
「龍脈のデメリットである、【異能】の発現が始まるかと」
「なるほどね……んー」
じゃあ、カーテンを開けた時に出たあのウィンドウは、『【異能】を発現しますか?』という天界側からの呼びかけか。ちゃんと用意してたんだ。
私は少しだけ考えたあと、こう返した。
「ま、良いんじゃない?」
「良いのですか?」
「うん。リズールの落ち着き具合を見るに、領内のインフラとかに影響が出たわけじゃないんでしょ?」
「まぁ、そうですね。どちらにせよ、制御できない前提で使っていましたので」
「そうそう。後は運に任せよう」
「かしこまりました」
リズールは『朝食の準備は出来ておりますので、食堂にお越し下さい』と言い残し、使用人としての仕事に戻った。
彼女はこの邸宅の全使用人長なので、とても多忙なのだ。
「なっちゃん……天使ちゃんはどうすれば良いかな……?」
最後に天使ちゃんからの問いかけが来た。
クビになることを怯えるチワワ系お姉さんだ。
でも私は魔王。
何でも出来る上にお見通し。
相手にこう尋ねる。
「元の姿に戻りたい?」
「え!?」
熾天使お姉さんは驚いたあと、もじもじとこう答えた。
「ちょっと、この姿で外を出歩いて、ちやほやされたい……」
「じゃあ今日は療養すると良いよ」
「行ってきます!!」
彼女は立ち上がって敬礼すると、転移魔法を使用してこの場から消えた。
どこまでも欲望に忠実な堕天使である。
「大人になっても変わらないんだなぁ」
「ナターシャ様ー準備出来ましたわー」
「お話し終わった?」
「終わったよ。食堂に行こうか」
私は、同じ制服に着替えたクレフォリア・エリオリーナと食堂に向かった。
今日は迷宮学院の入試試験の日。
私たちは先輩として、新入生の模範となるべく入試をお手伝いするのだ。




