ep26:魔王継承の儀
黒い王城の中は結構な情報量なのでざっくりと説明するが、二十メートル級の飛竜が歩き回れるほどに高くてマジでクソ広い廊下と、数百万キロはありそうな荒野――もとい鍛錬場がある庭と、それらに比べれば驚くほどに小さな他種族用の迎賓の間が存在していた。空間を弄っているらしい。
もっと簡単に言うと、クソデカ羅城門の世界観をそのまま再現した感じだ。
竜からすれば丁度良いかもしれないが、人からすればあまりにも広大すぎる。
ただまぁ、今のは修行者が滞在するための場所。
私は一番隊体長アロンドルアからの観光案内を受けたあと、別空間に転移させられた。
そっちの王城内は、ちゃんと人間サイズでも不便が無いように作られているが、正面門から玉座の間まで一直線の廊下で、明らかに賊の侵入を歓迎するような造りだった。
私はつい、脊髄反射で一口コメントを漏らす。
「楽園の魔王さんって戦いに飢えてるの?」
アロンドルアは聞こえなかったのか、何も答えなかった。
兎にも角にも、そこで待機していたイリエスタ家と合流する。
合計で十数人ほど、白魔道士が着るような儀礼用の白いローブに身を包んでいて、目元は深く被ったフードによって見えない。
ただ全員女性だということは分かった。
その内の一人が先頭に出て、おずおずと話し出す。
「青の竜騎士。その方が、八代目魔王、で、お間違いないですか?」
「間違いありません。竜族の誇りにかけて」
「あ、ああ……っ」
答えを聞いた先頭の人は、感極まったように震えて膝から崩れ落ちた。
その時、フードがぱさりと後ろに落ちる。
現れたのは、私と同じ銀髪で、見た目麗しい美女だった。
「これが八代目の未来か……美しい……」
アロンドルアがぼそりと漏らした言葉を聞き逃さなかった。
聞き耳スキルだけはピカイチなんだ私は。
銀髪の美女さんは慌ててローブを被り直すと、私に手を差し出してきた。
「大変失礼しました、次代様。これより、貴方を、我々イリエスタ家が。当代様の元へご案内します」
「よろしくお願いします」
時間かかっても面倒なのでさっさと手を取る。
竜族との感謝の勝ち抜き戦一万回を終えた後なので、本来なら多少は警戒すべき場面かもしれないが、さっきの反応を見る限り敵意は無いだろう。
なぜなら今、私の手を握っている銀髪の美女さんは、嬉しくて興奮しているのか僅かに息が荒い。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ええ、問題ありません、次代様。お気遣いなく」
「……」
問題ありそうだけども。
ま、気にするだけ無駄だし、さっさと家に帰って学生生活したいので何も聞かないことにした。
私はアロンドルアと別れた後、イリエスタ家の方々に囲まれるようにして廊下を進み、魔王であり竜王、称号は『永世楽園の魔王』の、七代目魔王キャスペリアが待つ玉座の間に入場する。
◇
玉座の間は荘厳で、静かな場所だった。
部屋は暗く、松明が赤く、七つの赤い旗が墓標の如く垂れ下がっている。
最奥には空の玉座があり、その前には長い紫髪、頭部から黒く捻れ立った二本の竜角、尾てい骨辺りから黒い竜尾を生やした、黒い夜会用ドレス姿の女性竜人が背を向けて立っていた。
緊張で息を呑む。
「では、次代様。このまま、一人で、当代様の元へ」
「分かりました」
ここでイリエスタ家の方々ともお別れ。
私と魔王、二人だけでの継承の儀が始まる。
一歩、また一歩と近づく度に、周囲が照らされ、赤い旗に縫い上げられた金の紋章が浮かび上がる。
それは、歴代の魔王達の魔術刻印。
自らの偉業を後世まで伝え残すために作られた物だ。
特に、四歩目で浮かび上がった『呉』のような紋章には見覚えがあった。
あれは従属の悪魔の物だ。彼も魔王だったのか。
(まぁ、悪魔になれるような人なんだから、当たり前か……)
そして七歩目、竜の横顔のような紋章が浮かび上がると同時に、七代目魔王は振り向いた。
蛇のような瞳孔は金色で、さらに絶世の美女で、そのバストは豊満であった。
竜王キャスペリアは静かに、しかし威圧するような声で尋ねる。
「人間。貴様が次の魔王か」
「……ッ、そうだ。私が八代目、『創世白銀の魔王』の称号を手に入れた者だ」
こちらも負けじと威厳よく振る舞う。
相手は何も言わずに悠然と歩き出し、私の前に立つと、その偉大な胸部の上から目線でこちらを見てくる。
ジロジロと、まるで品定めをするような視線だ。
正直、このまま『ああ、デッケェなぁ』と思いながら眺めても良いけど、家に帰りたいので話を進ませる。
「先代魔王、いや、竜王キャスペリア。何か不満が?」
「いや……」
彼女は不服そうに顔をしかめると、こう尋ねる。
「まずは貴様に問う。魔王とは何だ」
「魔を統べ、闇を制し、世界を正す者」
「では勇者とは何だ」
「魔王が道を外れた時に現れ、魔王を倒す者」
「そうだ。お前の答えは正しい」
よっしゃ。
学校の授業で習ったのが生きた。
「では、今一度問う」
「!」
おっと応用問題が来た。
竜王キャスペリアはとても怪しむように、最後の質問に入った。
「魔王と勇者、その二つを持ち合わせるお前は、何だ? お前は、これから何を成す?」
彼女は瞳孔を細め、ジッと睨んでくる。警戒の色を隠さない。
答えによっては多分、殺しにかかってくる。
ま、正直に答えるしかあるまいて。
「私は、私の望む世界のために、世界に新たな法則を創り、領域を創るつもりです」
「……そして? 結果、何が出来る?」
「かの邪神、覇王、厄災の獣ですら地上の理――弱肉強食の世界に縛られ、盤上の一齣に過ぎなくなる世界が出来上がります。なぜならそこは私の世界。神だろうと何だろうと、ここに干渉したからには、この世界に因果を寄せて束ね、一柱として現出させ。目の前のそれを殺せば有無を言わせずちゃんと滅びる……そういう世界が、出来ます」
「おお! よくぞ言ってくれた次代魔王!」
「むごッ――」
竜王キャスペリアはしゃがむと、私に抱きついてきた。
ものすっごい柔らかな暴力と窒息感が襲う。
私は抵抗虚しくそのまま持ち上げられた。
「そうだ、強者こそ正義! 潔さこそが真の悪! 貴様の考え、まさしく魔王!」
「――――(くるしい)」
「八代目! 貴様の継承を認めよう!」
七代目がそう言ったことで、私は部屋の最奥――空の玉座前にワープする。
ここに座れってこった。
それで魔王継承の儀は終了。
「はぁ、ふぅ、竜王の圧はすごかった……」
ただ、感触は悪くなかったが、真面目に死にかけた。
世界ランク一位だからと安心してたけど、まさか腕力が同等とは思わなんだ。
家に帰ったら真面目に筋トレしよう。
「はぁ、よっと」
私が空の玉座に座ったことで、新たな赤旗が生成される。
魔術刻印はまだ縫い付けられていない、新品の赤旗。
これからの成長に期待して欲しい。
最後に天界からのお祝いウィンドウが表示された。
―――――――――――――――――――――――
【congratulations!】
魔王継承の儀を終え、
真の魔王として『世界』に認められました!
初代魔王の血筋が空の玉座に座ったことで、
世界は平和になります。
【create】
真の魔王となったことで、
第三法則『魔法』の改定が可能になります。
ダンジョンオーブの生成が可能になります。
龍脈が利用可能になります。
詳細は『メニューページ→クリエイト』から。
【quest】
『覇王』が貴方に『自身の浄化』を求めています。
『厄災の獣』が貴方に『隷従』を申し出ています。
『邪神』が新たに誕生しそうです。
干渉することで服従させましょう。
再確認は『メニューページ→クエスト一覧』から。
―――――――――――――――――――――――
「まーた連絡なしに新しくなってる……」
事前のアップデート報告くらいして欲しい。
私は椅子から降りて、さっさと自宅を目指す。
通りすがりに竜王キャスペリアと特に意味のないハイタッチ。
今回が初見だが、なぜか息が会った。
「これで私が魔王だー!」
「お待ち下さい、我が魔王」
するとイリエスタ家の方々が私を囲む。
何だ何だと戸惑っていたら、イリエスタ家の魔術刻印――白い世界樹を刻んだ腕輪を渡された。
「これは?」
「初代魔王が残した聖遺物の一つ、『静謐の森』の最深部まで迷わず行ける『道標の腕輪』です」
「おお……」
「我が魔王、我らが悲願。我々と共に最深部へ行ってはいただけませんか」
私に向かって頭を下げるイリエスタ家の方々。
とりあえず理由を聞こう。
「行って、何をするんですか?」
「何もしません」
「え、じゃあ何で行くんですか?」
「到達することが我らの悲願だからです」
「なるほど……」
うーん……イリエスタ家は大魔道士の家系で、世界最古と言っても過言ではない。
ただ、うん、ちょっと答えに困ったのでこう言った。
「学校の高等部――十五歳になってからで良いですか?」
「成人まで待てば良いのですね!?」
「あ、はい」
「分かりました。それまで誠心誠意、ユリスタシア家にお仕え致します」
イリエスタ家の方々は私の前に移動すると、全員その場で跪いて忠誠を誓った。
「何か御用があれば、私たちに何なりとお申し付けください」
「わ、分かりました。……十五歳以降は?」
「悲願達成後は……分かりません。その時に考えます」
「えっと、ユリスタシア家は使用人を募集してますので、いつでも応募して下さい、とだけ」
「ご一考させていただきます」
祈られた。まぁ、うん。
多分だけど、使用人が増えたってことだろう。
一時的にね。
「それでは我が魔王。今から何をすれば良いでしょうか」
「えーっと……」
その場で考え込む私。
ぐだぐだやっていると後ろから竜王が来た。
彼女の乳が頭の上に乗る。
「八代目、何を迷っておる。さっさと『我が名を世に知らしめよ』と言えばいいだろう」
あ、それもそうか。
「我が名を世に知らしめよ!」
「かしこまりました」
指示を受けたイリエスタ家の方々は、一斉に転移魔法を使用し始めた。
えっ、転移出来るの良いな。私まだ使えない。
羨ましそうに指をくわえて見送ると、頭上の竜王キャスペリアがニヤニヤと話しかけてきた。
「おい八代目。貴様、中々丁度いい身長だな。不老の術を使ってみないか?」
「わたしゃ乳置きじゃないんだぞ竜王」
ベッ、とその場から逃げ出し、さっさと帰った。




