表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪気眼魔王候補(少女)の領地経営譚 ~前世の中二病に目覚めた転生者で貧乏男爵家の魔王候補ですが、頑張って作り上げた人脈と強力な能力を生かして領地を発展させます。私こそが最高最善の魔王だ~  作者: 蒼魚二三
第二部・破章:ユリスタシア領奪還編 -無限湧きゾンビィ軍団と熟成チーズ、戦時パン・軍用ビスケットをお供に生存権を勝ち取ろう-
20/32

phase1-3 命短し抗え乙女、強く輝け我が魂 【後編】

 何百、いや何千か。

 数え切れないほどの魔弾を、相手を殺すつもりで撃ち。



「ハァ、ハァ、ハァ――――」



 全ての魔力を使い尽くしてもなお。

 ナターシャは右手を前に突き出すように指示を出し、何度も引き金を引く。

 折れた剣先が付いたままの魔導球からは、残弾ゼロを示す『カチッ』という音が何度も鳴り、ついには魔力供給も途絶えて消滅した。

 少女は強烈な疲労感に負けてその場にへたり込む。



「うぐっ……体が……」




 魔力切れの影響らしい。

 体の中が空っぽになったような感覚だ。

 一周回って感覚が鋭敏(えいびん)になったように感じる。

 一ミリも嬉しくないけど。



「これが魔力切れ、か。なるほどねッ……」

『クッ、ハハハ……ッ、久々に感じた痛みだ――』

「!?」



 しかしアンネリーゼは未だに健在だった。

 煙の奥からゆっくりと現れて、少女に剣先を向ける。




「さぁ立てッ……! 私はまだ生きているぞッ、勝負はこれからだ……ッ!」

「マジ、かよッ、化け物め……!」



 

 魔弾で蜂の巣になったはずの彼女には、弾痕や破損の跡がまったく無い。

 綺麗サッパリ消え失せている。

 折れたはずの剣も無事だ。



「間違いなく、殺したと思ったんだけど……なッ……!」



 いや、疑問は捨てろ。

 何にせよ、抵抗しなければ殺される。

 ナターシャは気合で立ち上がった。


「はぁっ、キッツ……」


 剣を下段に構えて、相手の出方を伺う。


 身体強化魔法の残り時間はあと僅か。一分にも満たない。

 それまでに何かしらの回復が必要だが、魔力切れで魔法は使えないし、インベントリやアイテムボックスも開けない。

 唯一、杖の光剣だけが残っているのが救いか。

 怖くて、負けそうで、構える杖をギュッと握りしめる。




光剣(これ)が詠唱魔法で助かった……」

「ハハ、君、流石だ! 凄く良い! この状況で良く立てたッ! それでこそ魔王候補だ!」

「そりゃどうも……ッ!」



 相手は腹立たしいまでに戦いを楽しんでいる。

 畜生、こちとら八歳の女児だぞ。

 お前みたいな大人の首無しメスゴリラと拮抗してるだけで凄いんだよ。

 いまさら『分かりました』感を出してんじゃねー……!




「行くぞ魔王候補! 最後まで死に抗えッ!」

「手加減しろオラァァ――――ッ!」




 最後の攻防が始まる。

 突撃するアンネリーゼの動きは明らかに先程よりも速い。

 対してナターシャはその場から動かない。

 逃げ回れないと悟ったからだ。



「正面突破を望むか! 良いだろうッ!」

「……ッ!」



 相手の冷気を帯びた斬撃が真上から迫る。

 ナターシャは上段に構え、ガードの体勢を取る。

 気合で受け流して反撃を狙おうという算段なのだ。

 


(あれ……?)



 しかしガートの体勢に強い既視感に襲われる。

 相手の動きが遅く、こちらの思考が早くなり、体感時間が伸びていく。

 この剣筋、どこかで――――



「――! 面白いねッ、待ってるよ()()をッ!」



 どうやらようやく運が巡って来たらしい。

 今まで感じ取れなかった大気の魔力が肌に触れ、染み込む感覚を強く感じ取れるようになる。

 そうだ、今の既視感も、感覚の鋭敏化も魔力切れが原因じゃない……!

 さぁ勝機が来た! 目覚めろ赤城恵(わたし)

 最強の異能(お前)が大人しく封印されたままな訳が無いだろう――!?




「我が全霊! 受け止めてみせろッ!」

「――ッ!」




 ギュンッ、と時間が早まる。

 斬撃、激突。

 重い鉄塊が鉄板の上に墜落したような音が響く。

 アンネリーゼは全霊を以て確実に仕留めに来た。

 殺意を向けられたことへの敬意だ。



「何……?」

「フハハッ――」



 だが、しかし。

 地面が潰れて、土砂が巻き上げられるような現象は起きなかった。

 ただ起こったのは『ナターシャの光剣が素早く動き、アンネリーゼの一撃を弾き返した』という結果だけだ。

 少女の蒼く透き通った双眸には、体勢を崩し、動揺を隠せないデュラハンの姿が映っていた。

 嬉しくてニヤリと笑みが漏れる。




「――限定解除の更に下。【片鱗】ってヤツだ!」




 そう呟く少女の右手には、いつの間にか白い包帯が巻かれていて。

 限りなく透明な黒い霊気(オーラ)を纏っていた。






「チィ、奇跡の残滓か……!」

「行くぞォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッッ!」






 咆哮と共に蒼い瞳が白色へと変化し、ドゥッ、と背中から謎の白いオーラが発生した。

 強化魔法の効果は残り二十秒――

 ボロボロの銀髪魔女っ娘は、大光剣となった杖を大きく振りかぶると、全身全霊で飛びかかった。






「お前に勝つッ!」

「その希望を砕くッ!」







 少女は上段からの斬り落としを仕掛ける。

 アンネリーゼも体勢を戻し、相手に向かって力任せに振り払った。

 剣が触れ、僅かに拮抗する。





「舐めんなァァァァアアアアアア――――ッ!!」

「ぐっ……!」





 少女は空中前転で斬撃の威力を増した。

 鋭い金属音が鳴り、金色(こんじき)の火花が散る。

 アンネリーゼは押し負けた。

 たたらを踏む。




「面倒な……!」

「んなことッ――知るかよォッ!」

「な、縮地だとッ!?」

「喰らえェェェ――――ッ!!」




 少女は着地と同時に距離を詰め、怒涛の連撃を繰り出した。

 大剣らしく重厚ながらも、光の筋が残るカミソリよりも鋭い剣閃。

 激しく舞い散る金と赤の火花。

 幾度も鳴り響く金属音。




「おらおらおらおらァァァ―――――――――ッ!!」

「ぐぅぅ……ッ!」



 ぶち切れた少女は止まらない。

 アンネリーゼは防戦に追い込まれていく。

 それもそのはず、ナターシャは相手が忠実に守り、戦いを通じて覚えさせられた基礎的な剣技を、荒削りながらも模倣しているのだ。

 剣の道においては基本こそが王道。

 こと体格差・力量差による無双への仕返しとして、起源にして最高峰の技だった。

 残り十秒――――




「はぁっ!」

「ぐふっ……」




 ついにナターシャの刃が相手の肩口を斬る。

 鎧を浅く切り裂いただけだが、相手を上回った。

 更に、封印から漏れ出た【片鱗】の追加効果で、アンネリーゼは僅かによろける。

 勝機が見えた少女は、トドメの一撃を見舞うべく大剣を後ろに大きく反らした。




「これでッ――」

「まだだッ!」

「――!?」

「勝負はこれからだァァァァアアアアアアッ!!」

「うッ!? くぅ、うわぁっ!」






 相手から冷気を含む膨大な魔力が放出され、子供のナターシャは大きく吹き飛ばされる。

 隠していた真の実力を出したらしい。

 何とか着地したものの、仕切り直しを余儀なくされる。





「君が倒すんじゃないッ! 私が殺すのだッ!」

「くっそ、負けず嫌いだねぇッ!」

「どの口が言うッ!」





 アンネリーゼは容赦なく追撃をかけた。

 突進からの横一閃。大振り。技術もへったくれもない。

 ナターシャは大きくバク宙しながら後退する道を選ぶ。

 というかもう、こうするしかない。







「じかんぎれ、かぁ……っ」







 ――残り時間、ゼロ。

 湧き出ていた謎の白いオーラがかき消え、白かった瞳も元の蒼色に戻る。

 全ての力を使い切った影響で全身に力が入らなくなる。

 右手のオーラは消え、光の魔法刃が消えた杖も手から勝手に離れてゆく。






「あぁ……勝ちたかった……ッ」







 でも動けない。

 もう空中で姿勢制御をする余力すらない。

 溢れて止まらない悔し涙と共に、頭から地面に落ちていく。

 私の、負けか――――












「ようナターシャ、あとは任せな」

「遅いよ、ディビス」









 ――そう悟った瞬間に、南方からの援軍が到着した。

 元は放牧地、現在は耕されて黒い土がむき出しになった場所に。

 月の光を帯びた透明無垢の聖剣を振りかざす、一人の男性冒険者が乱入する。

 アンネリーゼは思わず動揺した。






「貴様は――」

「匿名希望だオラァッ!」

「ぐっ!?」






 ディビスの振り下ろした聖剣がアンネリーゼを弾き飛ばし、放つ冷気を断ち切る。

 そこには、ナターシャとアンネリーゼの右手を繋いでいた、目に見えない鎖があった。

 彼はそれを断ち切った。






「貴様、どうしてそれを……!」

「うるせぇ散れッ!」

「チィ……!」





 斬撃を回避するために、アンネリーゼはバックステップで後退する。

 着地後は剣を構え直し、乱入者を排除せんと動いた。

 ディビスはその場で防御の構えを取る。




「たかが一人――!」

「脳無しが。救援が俺だけだと思うか?」

『――我が主によくもやってくれましたね』

「なッ!?」






 突如発生した多重層の透明なドームがアンネリーゼの突撃を阻んだ。

 斬りつけても弾き返される。

 超高度な魔法技術、反転防御結界を誰かが無詠唱で出したのだ。



「誰……馬鹿な!?」



 デュラハンが存在しない顔を向けた先の空には、本体の魔導書を片手で広げた青髪赤眼の美人メイド――リズール・アージェントが浮かんでいた。

 リズールも、感情が消えた顔でアンネリーゼを見下げていた。






「魔導書がどうして!」

下等種(ゲス)が。黙って消えなさい。【究極獄炎撃(メガデスフレア)】』

「ぐぉ――――」






 詠唱と共に、結界内部で核兵器級の爆発が発生、衝撃で結界が僅かに膨れる。

 巻き込まれたアンネリーゼの姿は、赤と黒と茶色の炎に掻き消された。

 同じタイミングで続々と援軍がやって来た。




「うおおおおおおおおおおお! なっちゃ――――んっ!」





 まずは全力で走り込んできたピンク髪の熾天使が、墜落しかけていた銀髪の少女をショットガンタッチで優しく受け止めた。




「よっしゃあああああ――――――!!!!!!! これでメインヒロインだああああああ――――――!!!!!!!!!」

「うるさ……」



 天使ちゃんこと熾天使アーミラルだった。

 彼女は泥だらけになりながらも立ち上がり、ボロボロになったナターシャを抱きしめる。

 めっちゃ頬をすりすりされて、一ミリも動けない少女の顔が更に汚れる。

 続いて斬鬼丸と、スラミーを抱えたシュトルムが駆けつけてきた。



「間に合ったな」

「間に合ったでありますな」

「まにあったー?」

「間に合ってないよ――!」



 天使ちゃんが珍しく突っ込む。

 しかし斬鬼丸とシュトルムは首を振って否定した。



(いな)。間に合ったであります」

「ああ、苦労したぞ」



 そう漏らす二人の背後から。

 何もなかったはずの場所からぞろぞろと、クレフォリア親衛隊や、エリオリーナ専属の護衛部隊の方々が姿を表した。


 総勢にして千名ほど。

 前衛である騎士団員達は、ナターシャを守るように隊列を組み、流れるように抜剣し。

 後衛には魔導軍が並び、魔導軍正式装備である黒塗りの魔法の杖(ワンド)が差し向けられた。

 そして彼らの代表者、一人の騎士隊長と一人の魔道士が歩み出る。



「クレフォリア姫親衛隊隊長のウォルター、他五百名。姫の命により馳せ参じた」

「同じく。マグナギア魔導国軍、護衛大隊長のミルエル中佐だ。敵はあの結界内か」



 実は彼ら、ナターシャが創った範囲隠密魔法で姿を隠しながら、二人のお姫様を護衛していたのだ。

 楽しい時間の邪魔をしないようにしていたらしい。

 まぁ詳細は置いといてとにかく、ナターシャが紡いできた絆の結晶――沢山の仲間が集結した。

 ナターシャは小さな笑みを零す。

 




「ははは……これで、私の作戦勝ちだよ、アンネリーゼ」





 未だに爆炎が燃え盛る結界を見て、悔しさを吹き飛ばすように小さく漏らした。

 すると苦しげな笑い声が響く。





『クッ、ハハハッ……』




 バンッ、と結界に白銀のガントレットが当たる。

 アンネリーゼの手だ。

 熱による鎧の溶解と再生を繰り返しながらも、燃え尽きない。

 更にもう片方の手も、結界に叩きつけられる。





『これが、地獄の業火か……ああ、熱い、苦しい……嬉しい。今にも死んでしまいそうだ……だがな――』





 右のガントレットが力いっぱい握りしめられる。

 その後、一瞬だけ両手が消え、次の瞬間には――






「この程度では死ねないんだ……」

『ぐぅっ!?』






 結界が壊れ、爆風が天に登って消えていく。

 リズールは破壊の反動を受け、フラフラと地面に降りた。



「リズール殿、大丈夫でありますか?」

『……問題ありません、敵の注視を』

「承知」

『しかし、何という怪力……』



 警戒を強めるナターシャの仲間たち。

 目の前の焦土と化した場には、右の拳を大きく振り抜いたアンネリーゼが現れた。





「……やはり脆い。だが、君。『ナターシャ』。中々出来るじゃないか。この場は身を引こう」





 アンネリーゼは満足したのか、撤退を選んだ。

 当たり前のように、ゆっくりと空に浮かんでいく。

 まだ、ギリギリ意識を保っているナターシャは、皮肉っぽく返した。



「はは……和平に応じてくれて何よりだよ……」

「何を言っている? 決着はまだ付いていない」

「え……?」



 彼女は左手を掲げると、禍々しい黒色(こくしょく)の魔力を収束し始めた。



「故に、お前に『平穏』はもたらさない」

「え、え……?」

「これマ!? ヤバっ――!」



 天使ちゃんはとんでもなく慌て始める。

 身を挺して――倍に増えた天使の翼も総動員して少女を隠した。

 ナターシャも微量ながら感じ取っていた。

 あの力は間違いなく【死】だと。




「無駄だ熾天使、『真名』は既に知っている」

「やってみなきゃ分から――ん!」

「愚かな……」




 左手に力を宿した彼女は、死を運ぶ者(デュラハン)として、物々しい声音で呟いた。

 


「『ナターシャ』。汝に【死の宣告】を」



 左指でナターシャを指し示す。

 デュラハンの固有スキル、【死の宣告】だ。

 黒い死の魔力はアンネリーゼの指先へと集約し、一本の黒線として射出。

 熾天使アーミラルごとナターシャを貫いた。




「ぐふっ――」

「――!?」




 黒線は熾天使アーミラルによる物理・高次元的な障壁も、ナターシャに掛かっていた契約破棄魔法――【守護正典(ラフィサノン)】すらぶち抜き、少女の小さな心臓に結びついた。

 天使ちゃんは悔しそうに顔を歪め、涙を流す。



「そん、な……!」

「てんし……ちゃん……」



 苦しそうな表情を浮かべるナターシャ。

 アンネリーゼは構わず話を続けた。



「聞け『ナターシャ』。君には温情として『一年』の猶予を与える。それまでに私を殺せなければ、君の心臓に結ばれた【死線】が、容赦なく君を絞め殺すだろう」

「ふざ……けんな……っ」





 勝手に襲ってきた分際で……

 善意に漬け込んできた癖に……

 無垢で可愛い少女に、ひどい暴力を振るっておいて……ッ!




 ナターシャの怒りが、激情が。

 空っぽだった体に力を与え、突き動かす。

 少女は泣き崩れる天使の腕の中から出て、ふらつきながらも立ち上がり。

 最後の抵抗のように、相手を睨みつけながら言葉を紡いだ。




「わたしは……おまえとのっ、『決闘』のために……たたかった、わけじゃ……っ!」

「案ずるな。強くなれる『環境』も与えてやる」

「やめ、ろっ……」



 相手の右手が掲げられる。

 少女は足を引きずりながらも前進し、制止するように天に手を伸ばす。



「いら、ない……っ!」

「最後の仕上げだ――【死霊大侵攻(デス・マーチ)】」

「あぁっ――」



 しかし、相手が話を聞くはずもなく。

 今度は凝縮された紫の魔力が、右手から天に打ち上げられ。

 大きく爆ぜた。



「ひっ!?」

「空が……!?」



 騎士団と魔導軍の人々から恐怖の声が出る。

 蒼く晴れ渡っていた空が暗い闇夜に代わり、赤い双子月が地平線から現れたからだ。



「ちく、しょうっ……!」



 ナターシャには、いや、その場の全員が。

 アンネリーゼの手で【闇】の封印が解かれ、今まさに世界中にばら撒かれたのだと、ひと目で分からされた。

 相手から領地を奪え返すまで終わらない、不死者達の夜(ハロウィーン)が到来したのだ。


 その証拠として。

 突如、地面から紫紫の棘のような結晶体が生え出し。


「アア……ア゛ァアアア……」

「グ……ウグウ……」


「ひぃ、ぞ、ゾンビ……!」

「あの紫のがギフタイト結晶……!?」


 周辺にワラワラと、最下級アンデッドである『ゾンビ』を発生し始めた。

 騎士団員、魔導軍の人々は恐怖に震える。



『ひぃっ!? うわぁぁぁ―――――ッ!!!!!!』

『きゃああああああ――――っ!!!!!』



 更に、領内の至るところからも悲鳴が上がり始めた。

 そこら中でゾンビの発生が起こっているようだ。

 動悸が止まらない、怒りで感情が高ぶる。



「ク、ソッ……! はぁっ……!」



 ナターシャは拳を握りしめながら大きく息を吸い込み、相手に向かって全力で叫んだ。




「おまええええええええええええええええええええええ―――――――ッ!!」

「ハハ、君、良い『表情』だ」

「ふざけんな……! 返せッ、返せよ……ッ!」



 平和で……!

 みんなと一緒に楽しく笑いあえる、大事な……!



 涙が溢れて止まらない。

 悔しくて、無力で、怖くて。

 ただ泣きながら叫ぶことしか出来ない。



「ここは、わたしの……ッ! わたしたちの、幸せが……ッ!」



 どうしてお前は。

 私の大事な物を。

 こんなに容易く。



「そうか、では私は『南部』で待つ。欲しいのならば奪い返してみせろ」

「うぅっ……!」



 アンネリーゼはそう言い残して、吹雪と共に姿を消した。


 残された者達が呆然と立ち尽くしてしまう中。

 ナターシャだけは、重い足を引きずりながらも行動し始めた。



「く……そッ……! 早く、南部に……っ!」

「なっ、ダメだジークリンデ! まずは体力を回復しろ!」

「でも……!」



 しかし、同じく正気を取り戻したシュトルムに止められる。

 リズールもそれを見て動き出した。



我が盟主(マイロード)、まずは『邸宅内』に逃げて体勢を立て直しましょう! 反撃はそれからです!』

「私は……まだ、うぅ……――」

「ジークリンデ!? ジークリンデッ!」

『なっ……!?』


 ナターシャはついに力を使い果たし、気絶してしまった。

 本当に何もかもが燃え尽きたようで。

 黒かった魔導服が真っ白に変わる。

 まるで死装束のようだ。

 事態を重く見たリズールは、早急なる指示を飛ばし始めた。



『アーミラル様! 泣いている暇はありません! マイロードの避難と回復を!』

「うぅっ……わ、分かったっ!」



 天使ちゃんは燃え尽きたナターシャをお姫様抱っこして、邸宅へと走り去る。



『ディビスさん! 親衛隊と魔導軍の方々! 領民達の救助と避難誘導をお願いします!』

「お、おう! 任せな!」

「承った!」

「承認した!」



 ディビスは一目散にユリスタシア村へと急ぎ。

 親衛隊隊長ウォルターは大きく息を吸い込み、全軍の意識を呼び戻すような大音量の声を出した。




「清聴おおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ!!!!!」

『!?』




 場の空気に飲まれていた全ての兵士たちが声を聞き、条件反射で姿勢を正した。

 マグナギア魔導軍も同じように姿勢と陣形が整う。

 ウォルターはミルエル中佐に目配せすると、自らの部隊に指示を出した。



「聞け、親衛隊全軍! 任務を伝える!」

『ハッ!』

「君たちの任務はユリスタシア男爵家当主の妻、ガーベリアを含む全領民の保護だ! ギフタイトへの接近は即、死だ! 接近厳禁! ゾンビとの戦闘は最低限に控え、救出を優先しろ! 二人の姫は『邸宅』に居て無事だと忘れるな!? では、進軍ッ!」

『了解ッ!』




 騎士団が走り出す。

 同時に護衛隊大隊長のミルエル中佐から、魔導軍への指示も飛んだ。




「聞け、魔導軍の諸君! お前達は魔法でゾンビの処理を行う! 騎士団よりも迅速に動け! 領民の救出は向こうに任せろ! そしてギフタイト結晶には絶対に近づくな! 死ぬぞ! 良いなッ!?」

『ハッ!』

「よし! 出撃!」

『Yes, sir!』



 魔導軍も走り出し、合計で千人もの大部隊が動き出した。

 剣を構え、杖を携え。

 ゾンビを斬り捨て、魔法で穿ち、先に進む。

 無辜なる領民を助けるために、命を賭して突き進む。



『――――』



 彼らの説明が終わるまで見届けたリズールは、自発的にゾンビを排除していた斬鬼丸・シュトルムに向けて指示を飛ばした。





『シュトルム、斬鬼丸さん! 私に付いてきて下さい! 南部の領民を少しでも助けます!』

「任せろ!」

「委細承知!」





 リズールは二人をスキル【重力制御術】で宙に浮かべ、ユリスタシア領の南方に向かって飛んでいった。

 道中、シュトルムの腕の中からスラミーが叫ぶ。





「ねぇねぇリズール! スラミーは!?」

『スラミーさんは私の収納空間へ! 対アンデット用にHP回復ポーションの生成をお願いします!』

「わかったー!」




 スラミーはリズールが開いた【収納魔法術】の異空間に飛び込み。

 事前に用意されている薬草を食べて薬効成分を抽出する作業に入った。

 これで各人の作業分担は終了する。







『ああ、どうか無事でいて下さい。マイロード』







 風に青い髪を煽られながら、不安そうに呟いたリズール。

 彼女は自らの主のため、これから出来うる限り、全ての障害を排除することに決めた。

 これも成長のため、勉強のため、彼女を強者足らしめるためと、全力でサポートに徹したのが失敗だと悟ったのだ。








「ふむ……」








 そう、とても思いつめた表情を浮かべる彼女を。

 斬鬼丸だけが心配そうに見つめていた。

次話は気が向いたら出ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おう、マジか……はじまったのか……。 [気になる点] 続き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ