ep1:初夏から始まるナターシャの平和な日常
春の謝肉祭が終わり、ぽかぽか陽気が満ち始めた初夏のこと。
開いた木窓から差し込む光が、ケルト音楽が聞こえてきそうな木造の部屋をやさしく照らす。
カラッとした風が吹き込んでレースのカーテンが揺れる。
「よいしょ」
ちょうど窓の横、少し質素な机の上に。
スライム黒猫な使い魔型カメラと、同型の白猫マイクを目の前に置いて。
ぽふんと椅子に座り。
「やっほー、みんな元気ー?」
[ふぁっ]
[!]
右目が金色、左目が蒼色というオッドアイの銀髪少女が、風でなびく髪を抑えつつ生放送を開始した。
彼女の名前はナターシャ・ユリスタシア。
元男性の異世界転生者で未来の魔王候補だ。
服装は『魔導服』という、普段着にも戦闘着にも使える物を着ていた。
長袖の黒ワンピースで、膝丈。
服の袖先や裾には白い三日月模様の他に、白いレースの刺繍がズラッと。
なお、左袖はあえて、二の腕辺りから前腕まで破られたデザインであり。
腕を目立たなくするために黒の長手袋を付けている。
コメント欄はいつものように湧いた。
[来た!]
[きちゃああああ!!]
[待ってた!]
ここはユリスタシア家、ナターシャの自室。
殺風景だった昔とはうって変わって、だいぶんと女の子らしい部屋になっている。
具体的に言うとピンク色が増えた。
彼女と同居している天使ちゃんの影響だ。
「魔王候補フェレルナーデの異世界生配信、フェレル・ナーマはじまるよー」
[Yeah!]
[ナターシャちゃんモードだ!]
[かわいい]
因みにフェレルナーデとは、真名を看破されないための別名義。
魔法がある世界では逆恨みで呪われたりするので、真面目に必要なのである。
「んじゃ今日はねー……とりま雑談で行こう」
[うん!]
[雑談!]
ナターシャはリスナーとの雑談配信を始める。
「えっと、あれ。天気良いよね」
[開幕天気デッキ]
[www]
[草www]
[こういう日は常に良バ場だったら良いんだけどさ、たまに重バ場になるの困るよね。○マ娘。ていうかほんと競馬場行きたい……次元移動魔法が全然上手く創れないんだよね……]
[シームレスに競馬の話に入って草ww]
[競馬場に行きたがる魔王候補]
[競馬見るために次元移動はターフ生えるw]
ナターシャは現代に繋がるチートスマホを持っているので、現代の流行にも敏感なのである。
その後も競馬の話……というか。
お互いにいじりいじられの関係を繰り返していると、ナターシャが気まぐれに呟いた。
「なんか競馬の話してたら外に出たくなってきた」
[!?]
[外配信!]
[お外!]
「ふぅー……んっ」
ナターシャはその場で軽い伸びをすると、すくっと立ち上がった。
「よし、暇だし散歩しに行こっか皆」
[やったー!]
[異世界が見れる!]
[異世界の時間だ!]
「いや元から異世界だよ」
[草ww]
[大草原wwww]
コメントに突っ込みつつ、ナターシャは部屋の外に向かった。
そこで脚が見えて、黒タイツと茶色の編み上げロングブーツを履いていることが判明した。
黒猫カメラと白猫マイクは自立撮影モードを起動して、配信者の後を追う。
すると、帽子掛けからヴィンテージな魔女帽を手に取った少女がはたと止まる。
「あ」
ナターシャは思い出したように振り向くと、カメラの向こう側を見ながらこう言った。
「そうそう、初見さんに向けての注意ね。外配信は異世界の皆との交流がメインだから、コメント返しは出来ないんだ。ごめんねっ!」
魔女帽子を胸に当て、ペコリと謝罪する魔王候補。
視聴者も分かっているようで、[いいよ][りょ][はい!]などと同意を示した。
「ああ、あと。もしここが創作物の中で、地の文があるとしたら、こっからずっと私の一人称になるから注意ね。んじゃ、いきまーす」
[草ww]
[草なんよww]
第四の壁を認識してる風を装いつつ、魔女帽を被ったナターシャと、カメラ・マイクは部屋の外に出る。
撮影機たちは、余計な邪魔をしないよう透明モードで姿を消した。
◇
一階への階段を降りていると、玄関前にママン――母のガーベリアが居るのを見つけた。
ナターシャと同じ銀髪で、ナターシャと違う青い瞳。
服装は貴族と言うより平民・農民的だが、とてもよく似合っている。
そして人間種なのにも関わらず、言葉では容易く語り尽くせない彼女の美貌――端的に表すとエルフ的な美貌は、ちゃんと子供たちに受け継がれていた。
ただ胸部だけはエルフ要素がなく。
とても偉大だった。
「そわそわ……そわそわ……」
彼女は何やらそわそわしている。
ママンは緊張していたり気分が落ち着かないと、ああして口に漏れるのだ。
見慣れた光景と言える。
「おはよー」
「そわ……あら、おはようナターシャちゃん」
まぁそれでも特に気にせずに話しかけていくのが、私がナターシャちゃんたる所以だ。
家族仲良く過ごす秘訣ってね。
階段を降り、廊下を歩いてママンに近付く。
「どしたのお母さんそわそわして」
「えっ!? えっ、ううん!? なにもないわ!」
「?」
つい首をかしげる。
なんにもなさそうには見えない。
「えっと、今からお散歩行ってくるんだけど、良い?」
「あ、あら、そうだったの?」
ママンはササっと端に寄って、玄関前から離れた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね?」
「う、うん」
ついでに頭をなでなでされる。
雰囲気から止められるモンだと思ってたので予想外だ。
……気になるから、ちょっと詳しく聞いてみるか。
「あ、お母さん。天使ちゃんは?」
「アーミラルさん? 今日も斬鬼丸さんと魔物狩りに出かけたみたい」
「そうなんだ」
ふむふむ。
天使ちゃんと斬鬼丸は魔物狩り。
「シュトルムとリズールは?」
「シュトルムちゃんはさっき『風を浴びてくる』と言って外に出て、リズールさんは今朝方、パパと一緒に隣村の視察に行ったわ。夕方に帰ってくる予定ね」
シュトルムは近所の警戒で、リズールはパパン――父のリターリスと一緒に領地の視察か。
なるほどなるほど?
「スラミーは?」
「リビングでお昼寝してるわね」
スラミーはいつも通りだった。
ということは、家族関連のそわそわじゃない。
……じゃあ何にそわそわしてたんだ?
「なんでそわそわしてたの?」
「ええっ!? それは、その、お母さんには話せないことなの……っ!」
「そっかぁ」
そこまで言うなら仕方ないや。
あとでお父さんに聞こう。
「分かった、じゃあ行ってくるねー」
「ええ、行ってらっしゃい。気を付けるのよ? 一人で森に入っちゃダメよ?」
「はーい」
母の心配を一身に受けつつ。
ナターシャは玄関を開けて、外に出た。
出てすぐ目に映ったのは、出入り口付きの石垣に囲まれた、十数メートルほどの庭。
床は古風な赤レンガ張り。
花壇ではハーブや野菜が育てられていて、一本のりんごの木が立っている。
この木の実が私の大好物だ。
「さーて、当てのない散歩にでも行こうかな」
さっそく庭の外に向かう。
土と草木の香りを乗せたそよ風が、銀の髪と魔女帽を揺らし、初夏の日差しが体を温める。
気温は……スマホで確認したところ、20℃前後。
「あったかぽかぽかだよね」
出入口――木製の柵を出て、そう呟く。
配信中なので独り言が多めだ。
庭の外は石造りの街道になっていて、幅は馬車二台が通り過ぎれるほど広い。
街道の端はダート、その更に端からは広大な麦畑で、穂先までカラッと乾いた小麦色。
畑の背景には平地の森、僅かに顔を見せる青い山脈。そして晴天。
「そろそろ収穫時期かぁ。こういうの麦秋っていうんだっけ」
収穫日にはママンが丹精込めたケーキを作るので、とても待ち遠しいね。
ふと恋しくなって振り返れば、我が実家――天然スレートの屋根に、あえて木組みを見せる造りの、漆喰塗りの西洋建築物が建っていた。
ママンはいつものように玄関先にいて、こちらに気付くと優しく手を振ってくれた。
「気を付けてねー!」
「はーい。いってきまーす!」
こちらも元気よく振り返して、今度こそ散歩にゴーだ。
とりあえず近所の村――ユリスタシア村を目指そう。
サルディネーラ!
異世界の門を潜り抜けん時、汝に精霊の祝福があらんことを。
あ、ptに関してはモチベに関わりますので正直に言います。
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次話は5月21日、午前0時~1時です。
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