phase1-1:制御術式は乗っ取られるもの
女旅人さんはもう一度尋ねてくる。
「知らないか?」
「どう、でしょうねー……?」
少し様子を伺うような動きを見せると、女旅人さんは慌てて取り繕った。
「ああいや、ただ挨拶も兼ねて、これを贈呈しようと思っていてな」
旅人さんがポケットから取り出したのは黒い宝玉だった。
綺麗に磨かれていて、吸い込まれるような黒い色味。
多分だけどオニキスだ。
「それは?」
「ん? はは、気になるか? 触ってもいいぞ」
旅人さんはス、と差し出してくる。
「ほら手を出してみろ」
「あ、はい」
私もつい流されて受け取ってしまった。
押しの強い人だ。
ちなみに触ったところ、宝玉らしくつるつるしていて、きれいに磨かれていることが分かった。
我ながらすごい雑感だと思う。
声としても出る。
「つるつるしてるー」
「はは、そうだろう? 『ナターシャ』」
「――!?」
本名を言われ、咄嗟に宝玉を捨てて距離を取る。
警告ウィンドウが出たのも同じタイミングだった。
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※WARING※
終式封印の術式改ざんが発生しました!
特級制御者が『アンネリーゼ』に変更されます!
ステータス・スキルLvが大幅に低下!
Legend級スキルが封印!
無限魔力消滅!
MPが基準値『1000』に変更されます!
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「何が――」
「……『ゴッズ・オニキス』」
「え!?」
「この世で唯一、神の呪いを蓄積出来る魔石だ」
戸惑う間もなく女旅人――アンネリーゼは語りだす。
ゆっくりと立ち上がり、剣の柄に手を掛けながら。
「神の呪い……!?」
「いやなに、君には感謝している。『レノス』を滅ぼしてくれたからな」
冷淡な笑みを浮かべながら、ようやく抜き身にする。
ギラリと光る凶刃を正中に構え、
「だからここで死んでもらう」
「ひっ!?」
躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。
駆け寄りざまに上段からの一振りが襲いかかる。
ブオンッ!
「――ッぶなぁっ!?」
だが、咄嗟に横に転がり込んで回避出来た。
魔物狩りRTAで鍛えた判断力のおかげだ。
相手の剣――ショートソードが地面に突き刺さる。
「ほう、回避出来たか」
アンネリーゼは驚いた様子だった。
剣を抜き、刃先を撫でて少しだけ尊敬の目を向ける。
「祝福は全て封印したはずだが。修行の成果か?」
「ま、まぁね、ありがと。でもまずは話し合わない?」
「断る。死ね」
再び攻撃が始まった。
アンネリーゼは剣を構えて走り寄ってくる。
対話の余地はないようだ。
今度は先程よりも的確に急所を狙った、鋭い突きが放たれた。
「フッ」
「くっ!」
胸を狙う一撃。
さらに横に飛んで回避する。
追撃の袈裟斬りもバク転することで逃げ切れた。
「なかなか上手いな」
「そりゃどうもッ!」
相手の攻勢は止まらない。
着地の隙を狙って横薙ぎを仕掛けてくる。
避けられない。
分かった、もう考えるのは止めだ。
「【防御結界】!」
「ほう?」
魔法が発動し、ナターシャの周囲を透明な結界が覆う。
結界に相手の剣が当たって拮抗した。
数拍の間、にらみ合う。
「……わたしを襲う意味は?」
「意味は無い。理由はある」
「り、理由は?」
「君が『次期魔王』だからだ。……脆いッ!」
「――ッ!」
相手は会話を打ち切るように結界を破ってきた。
割れたガラスのように砕け散っていく結界。
冷たく告げられる死の宣告。
「終わりだ」
「ひぃっ――」
首元へと迫りくる敵の刃。
反射的に手を前に出し、制止するように相手に向ける。
恐怖で目を瞑る。
僅かばかりの時間稼ぎにしかならなかった。
「……なーんてねッ!」
「何――」
だからこそ、この一瞬を逃さない。
待っていましたとばかりに片目を開けて。
一言、魔法を呟いた。
「【暴風衝撃弾】ォッ!」
「ぐはッ――!?」
瞬く間に生成した風の砲弾を相手の腹にぶち当てて怯ませ、大きく後退させ、
「【火球】、【水球】!」
「視界が……!?」
水蒸気爆発による霧で視界も奪った。
霧の向こう側で、アンネリーゼが悔しそうな声音で呟くのが聞こえる。
『……よくもやってくれたな』
人を騙しておいてよく言う。
さ、ここからも時間との勝負だ。
「【詠唱破棄】――【疑似英霊化・全身全霊】!――」
とにかく全力で、最速で戦闘体勢を整える。
今はそれしか思いつかん。
最上級の身体強化魔法が起動し、ナターシャの蒼い瞳が虹色に変わる。
さらに思考が戦闘に特化されたことにより、最善の一手が導きさだれた。
「――【収納空間】――『黒・猫・魔・導』!」
腰の横辺りに出来た異空間から黒いオーラを放つ黒杖の上部が出現。
ナターシャはその杖をつかむと、最後の詠唱を行った。
「――【我が意志よ。杖へと宿り、光り輝く剣となれ! 剣光付与術】!」
杖が勢いよく抜刀され、金色の火花が散る。
もうもうと立ち込めていた霧が打ち払われる。
銀髪の魔女っ娘が振り抜いた黒杖には、金色の魔法刃が付いていた。
武器種で言うと大剣に近い。
「ふぅ……」
ただ、魔力をゴリッと半分ほど持っていかれた。
今のは精神疲労からくるため息だ。
こんなの初めて。
「よし」
魔法大剣を正眼に構えた時には、目先の敵の変化にも気づけた。
「それが正体ってワケだ」
「見せるつもりはなかったがな」
目の前には、先程までの女旅人はおらず。
白銀の鎧と赤黒いマントを付け、肩に剣をかけた首無し女騎士がいた。
初夏の気配に混じる、むせ返るような血の匂いと仄かに感じる冷気。
斬鬼丸と同程度か、それ以上の体格。
まさしく異質。
どうして気づけなかったのか不思議で仕方がない。
まぁこっちが封印で弱体化してたってのもあるだろうけど。
「改めて聞くけど、話し合うつもりは?」
「無い」
「ああそうですか」
「君、その返しは失礼だ」
「は?」
塩対応で返すと、少し冷気が増した。
いわゆるバッドコミュニケーションって奴だ。ふざけんな。
アンネリーゼは正眼の構えを取り、こちらは背後に複数個の火球を浮かべる。
「だが、そうだな」
「なに?」
その上でなお、相手はこう答えた。
「君が死んだのなら話に応じようッ」
「嫌に決まってんだろうがあああああ――ッ!」
アンネリーゼは否応なしに突撃を仕掛けてきた。
こちらも容赦なく火球を発射し、迎え撃つ。




