ep11-閑話:ネコの国は近づいた
「ホニャニャラニャムナカ、ニャカニャムニャンニャム――」
「お、おーいみんなー?」
「あっ、ナターシャ様」
「ナターシャ殿でありますか」
ケットシーのニャトが奇妙に踊り狂う中。
私は三人と合流した。
「ニャムニャニャニャカニャン――」
「この状況はなに?」
「ホニャラニャニャニャム――」
「猫脈をこの地に繋ぐための儀式らしいです」
「であります」
「猫脈」
「ニャカラカニャンニャカ――」
なんだそれ。
「猫脈ってなに?」
「ニャカニャンニャカニャカ――」
「分かりません……」
「皆目検討もつかないであります」
「二人にもわからないんだ……」
「ニャムニャカニャカニャン――」
クレフォリア・斬鬼丸も戸惑っていた。
しかしエリオリーナだけが儀式を真剣に見つめている。
彼女はなにか知っていそうだ。
聞いてみるか。
「ニャカラカニャンニャカ――」
「ねぇエリーナちゃん」
「静かに……」
「え?」
「ニャンニャカホニャカラ――」
「ここからが儀式の一番良いところ……」
「ええ……」
会話すら出来なかった。
完全に魅入っているようだ。
すると突如、
「――ニャ、ニャンッ!? 来た! 来たニャー! 猫脈から猫うねりが地上に上がってくるニャァァ――!」
「え、何?」
ニャトさんが叫び始めた。
いや、猫うねりって何?
何が来てるの?
よく分からない状況に困惑する。
「これで仕上げニャ――! ハァーニャカニャカニャカニャカ! ハァーニャカニャカニャカニャカ――」
ニャトさん曰く仕上げに入ったらしい。
謎の舞を止めると、葉っぱ付きの木の枝で。
招き猫の全身を撫でる祈祷を行い始めた。
『見ろ! ケットシーの儀式だ!』
『間に合ったな』
「え?」
そこにマジで見知らぬ男性二人が駆け寄ってきた。
商人の格好をしている。
「誰?」
「――ッ!? 商隊長! か、感じます! 膨大な猫の気を!」
「な、誰?」
「ハァーニャカニャカニャカニャカ! ハァーニャカニャカニャカニャカ! ハァ――」
「ああ……! この強大な猫力、間違いない! 来るぞ!」
「ちょっとまって? なにが? 誰?」
混乱して状況が掴めない。
誰? 猫の気? 猫力ってなに?
「ニャカニャカニャカニャカ――!」
「――ッ! これは!?」
しかし、精霊である斬鬼丸は何かを察知した。
「失礼!」
「きゃっ!?」
「わっ!?」
咄嗟の判断で少女クレフォリアとエリオリーナを抱いて後ろに飛んだ。
二人に覆いかぶさると、主に向かって叫ぶ。
「下がられよナターシャ殿! ニャト殿が爆発するであります!」
「はぁ!?」
爆発するだと!?
私も後ろに飛んで逃げ――
「キタキタキタキタ――!」
「ついにあの仮説が証明されるぞ……!」
「はぁ!? くっそ……!」
逃げたら謎の商人たちまで巻き込まれるじゃねーか!
くっそ、誰か知らんがしょうがない!
我がスキルで守ってやるよ!
「限定開放――スキル【過去は我が魂に在り】!」
「「なっ!?」」
前を向いてスキルを発動した瞬間。
私と謎の商人たちを守るように、半透明の青い結界が出来る。
商人たちは驚いた。
「ハァーニャカニャカニャカニャカ――! ……ニャンッ――」
パァァンッ!
それと同時にニャトも爆発した。
甲高い炸裂音の後に。
『にゃーん、にゃーん、にゃーん……』
かわいい猫の鳴き声が何回かこだました。
その後は、爆発の影響か。
辺りが見えなくなるほどの量の煙が赤レンガ通りに満ちる。
「けほっ、けほっ……」
「煙が……」
クレフォリアとエリオリーナのむせる声が聞こえた。
もー仕方ない。
「あーもう、何なのさー」
ナターシャはスキル【未来は我が手中に有り】を限定発動しながら左手を振るい、一瞬で煙を払う。
彼女はいつの間にか黒い魔導服を着ていた。
「せっかくおしゃれしたのに……」
ズレた魔女帽子を左手で軽く直して。
赤レンガ通りの中央――爆心地を見る。
爆心地には、まっ黒になった白猫のニャトだけが居て。
「けふっ……」
ケホッ、と黒い毛玉を吐いた。
地面に落ちて転がる。
「ニャトさん?」
「ニャ」
話しかけられたニャトは全身をはたいて煤を払う。
ペロペロと毛づくろいもしたことで、元の綺麗な白毛に戻った。
「なにかニャ?」
ニャトは何事もなかったかのようにこちらを見る。
「大丈夫?」
「ニャハハ~爆発は予想外ニャけど全然大丈夫だニャ」
「大丈夫なら良いけど……何してたの?」
「猫脈をこの地に繋げるための儀式ニャ。ほら、ニャトの足元を見るニャ!」
「え?」
言われるがままに見た。
ニャトの足元には、猫耳が付いた三角形に目が入った白いマークが刻まれていた。
これはもしや……
「イルミナティのマーク……?」
「違うニャ。『イルミニャティマーク』だニャ」
え?
「イルミナティ?」
「イルミ『ニャ』ティ。だニャ」
「イルミニャティ」
「そうだニャ」
なるほど。
「ところで猫脈ってなに?」
「猫の気が流れる地脈だニャ」
なるほど?
「猫の気ってなに?」
「猫の気だニャ」
なるほど分からん。
猫の気ってなんだよ。
頭に疑問符しか浮かばない。
「ぎ、儀式が……儀式が成功したと言うのか!?」
すると、背後に居た商人の片割れ――少し童顔な男性が質問した。
ニャトは呆れながら返答する。
「ニャフぅ、この膨大な猫の気を感じられないのかニャ? 儀式は超大大大成功ニャー!」
「「うおおおお――――――!!!!」」
「ええ……?」
謎の商人二人組は喜びの絶叫を上げた。
少しだけ引いていると、
「や、やった……! 猫脈は本当にあったんだ……!」
「エリーナ様?」
「エリーナちゃん?」
エリオリーナまでもが歓喜に打ち震えていた。
猫脈ってそんなに凄いものなのかな……?
あれ、なんかそんな気がしてきた……
ピロン♪
「え?」
さらに、唐突にスマホが鳴ったので確認すると。
天界製のLINNEというトークアプリに。
天使ちゃんからのメッセージが届き始めた。
――――――――――
天使ちゃん
[なっちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!]
天使ちゃん
[なんかユリスタシア領に神聖な猫の霊気が満ち始めたんだけど何がおこったの!?]
天使ちゃん
[天使ちゃんが下界で完全体になれるくらいの凄いパワーなんだけど!? とつぜん酔いが治ってビビったんだけど!?]
――――――――――
「神聖な猫霊気……?」
また謎の単語が出てきた。
いや、でも待てよ?
「あ、猫脈のことは天使ちゃんに聞けば分かるかも――」
『話は聞かせてもらったぞ!』
「は?」
天使ちゃんに返信しようとしたら。
メガネを掛けた謎の男性――学者らしき人物が現れた。
彼はとても緊張した表情でこう叫ぶ。
「やはり間違いない! 猫は人類の支配者だったんだよ!!」
「「な、なんだってェ――――!!」」
商人二人は衝撃の事実に驚いた。
思わず数歩ほど後ずさる。
私もビビって少し距離を取る。
「誰なの、この人達……」
「イルミニャティ愛好家さんたちニャ。ニャトが指輪で呼んだニャ」
「そ、そう」
あ、ああ、ニャトさんの知り合いだったのね。
だったらまだ理解は出来るけど。
「なんで呼んだの?」
「この時代において『陰謀論者』ほど面白く、大衆に噂を広める存在はないニャ」
「まぁ、たしかに」
時代が時代だけに、娯楽に飢えてるからね。
陰謀論を持ち出すだけでワクワクしちゃうのは分かる。
「ニャトたち猫妖精は『猫こそが人間種を支配している上位種である』という仮説を成立させるための慈善活動をしつつ、上手く商売に利用させて貰ってるのニャ。今回の儀式もそれが目的だったニャ」
「そういうことだったんだね」
説明を受けてようやく理解できた。
全ては『猫支配者説』という、かわいい陰謀論を成立させるための演技だったのだ。
ニャトは『もちろん彼らの幸福のためでもあるニャ』と語った。
「ただのジョークだったんだね。良かった」
「うニャん、ほんとにジョークですむなら良かったんだけどニャ……」
「ん?」
しかし歯切れが悪いニャト。
とても困った顔をしている。
何か言いたげだ。
「どうしたの?」
「……えっと、お耳をお借りしてもいいですかニャ?」
「あ、うん」
口元に耳を近づける。
ニャトはこう語った。
「実は……今回の儀式、本当に成功しちゃってニャ?」
「うん?」
「その、存在しないハズの猫脈が――」
うん……?
「――ほ、本当にこの地と繋がっちゃったんだニャ……」
「うん、え……えっ?」
どういうこと?
「しかも溢れる猫の霊気は、神龍の力が漏れ出る龍穴――神龍穴と同等か、それ以上ニャ……」
「マジで言ってる?」
「本当ニャ……」
神龍クラスの猫の霊気がこの地に溢れてる?
それってつまり、ユリスタシア領が最強のパワースポットになったってこと?
いや、いやいや。
「いや、冗談だよね……?」
「ニャトもそう言いたいけど、今回は本当なのニャ……この言葉が嘘だったなら、全財産を火山の火口に投げ捨てた上で商人辞めて修道院に入ったって良いニャ……なんなら好物の魚も断つニャ……」
「嘘でしょ……?」
ニャトさんにそこまで言わせるとは。
本当に事実なのかもしれない。
うん、信じよう。
「そ、そっか。そこまで言うなら事実だろうね、あははー……」
「ニャハハハー……」
ようやく離れた二人。
乾いた笑いを漏らすと。
ふぅ、とひと息をつき。
「とりあえず、座って空でも見ようかニャトさん」
「そうだニャー」
私は天使ちゃんから送られてくる[猫霊気凄い!][今なら何でもできそう!]というメッセージを未読スルーしながら。
ニャトさんと共に青い空を見上げた。
猫精霊が行うニセの儀式(信者多数)+ナターシャのえげつない幸運値=ベストマッチ!
あーもうめちゃくちゃだよ
次話は6月2日、午後11時~0時です。




