ep10-閑話:それはそれとして子供なので遊びます。
私は書斎から自室に向かうと。
髪を梳いたり、久々に普通の服に袖を通したりと外出の準備を整えて。
「領主代行の仕事終わったー!」
スイッチをオフにした状態でリビングに現れた。
これは単純な話で、小麦の収穫を終えるまで土地が開かないからだ。
下手すると六月中旬までマジでやること無い。
「お疲れー」
「あるじたすけてー!」
リビングでは天使ちゃんと、だる絡みされてるスラミーが迎えてくれる。
私はまず、スマホでの配信開始の連絡を優先した。
「えっと『やっほー! 今日はナタ生だよ~! この後すぐ!』っと……」
コメントした瞬間、天使ちゃんからピロンと音が鳴る。
その後すぐさまピロンピロンと、私のスマホから通知音が鳴り始めた。
コメントの通知をオフにしておく。
配信機材を取り出して、各種設定を終える。
「なっちゃんって意外とゲリラ配信好きだよねー」
「まぁ暇だからねー」
「たすけてー!」
領主の娘に出来ることは『食う寝る遊ぶ』しかないのだ。
勉強はうん、毎日やってるからいいんだよ。
「というかさ」
「なに?」
「酔ってる?」
「酔ってなーい」
「いや絶対酔ってるじゃん。スラミーを開放しなさい」
「あーん抱きまくらー……」
天使ちゃんからスラミーを回収してテーブルに置く。
スラミーはぴょんぴょんと跳ねながら、逃げるように二階へと向かった。
しばらくすれば戻ってくるだろう。
「まったく」
「あついー……」
椅子に座ってぐでんとしている天使ちゃんに声をかける。
「お水要る?」
「ほしい」
「ちょっと待ってて」
キッチンからコップを持ってきて、魔法で水を注いだ。
天使ちゃんは一気飲みするとテーブルに突っ伏した。
ぼそぼそと呟き始める。
「意外とね」
「うん?」
「度数が高かったの」
「うん」
「でも飲まないと勿体ない気がしてね」
「うん」
「全部飲んだの」
「バカなの?」
一時間も経たない内に四リットルの日本酒を飲み干すとか。
そりゃ酔うよ。
「今日は動けなさそう?」
「あと一、二時間くらいすれば動ける」
「分かった。氷水入れたピッチャー置いとくから、それで飲んでね」
「ありがと」
キッチンからリズール謹製の透明な水差しを持って来て、魔法で氷と水を入れて。
天使ちゃんの横に置いた。
彼女は水差しを抱きしめる。
「ちべたい」
「そりゃね」
さらにもぞもぞと動き出す。
「あ、なっちゃん良いものあげるね」
「後で良いよ」
「ううん、今渡す。【異次元収納】」
彼女はインベントリ――重量を気にせずに色々な物を収納可能な、薄い板状のゲーム的なウィンドウの事だ――を開くと。
虹色の水晶玉のようなものを一つ取り出し。
手渡してくれた。
「なにこれ?」
「天界製のダンジョンオーブ」
「なんで?」
「人が死なないダンジョン作りたいって聞こえたから」
「え? 私の魔法創造じゃ創れないの?」
「うん。色々と制約があるの」
「……後で教えてね?」
「復活したら教える」
「分かった」
私も【異次元収納】スキルを使用し。
ダンジョンオーブを中に入れた。
その後、酔い潰れた天使ちゃんの頭を撫でてからリビングを出た。
◇
庭に出ると、空色髪に朱色エクステのゴーレム少女、ヘルブラウ・シュトルムが居た。
木陰に座り込んで黄昏れているようだ。
「やっほーシュトルム。元気?」
「ジークリンデか。元気だ」
暇そうに挨拶を返してくれた。
一緒に魔物狩りに出られないからか。
最近の彼女はちょっと塩対応だ。
「魔物狩りに行けなくてごめんね?」
「別に気にしてないさ」
そっぽを向かれた。
気にしてるし不服らしい。
隣国に居た時は、ただの物好きな上流階級の娘として振る舞う事で自由に動けたが。
ここエンシアでは一貴族の娘。
どうしてもおしとやかに過ごさざるを得ないのだ。
「シュトルムも一緒に村に行く?」
「冒険者ギルドが出来たら一緒に行く」
「そ、そっか」
早く一緒に狩りをしようと急かされた。
この家に生まれた時はラッキーと思ったが。
恵まれた生まれが、今になって足かせになるとは思わなんだ。
「じゃあ行ってくるね」
「ああ」
庭を出て、村に向かう。
彼女の機嫌を取り戻せるよう、急いで冒険者ギルドを設立したいものだ。
◇
村に着いた。
普段と違う……ように思わせて普通にのどかだ。
収穫の時期が近いのか、鎌を研いでいる光景を良く見るくらい。
「よし、今日はここから始めようかな」
中腹辺り、具体的に言うと村の中央で止まった。
そのまま配信を開始する。
「やっほーナターシャだよー。配信開始だよー」
[やっほー]
[やっほー]
[やっほー]
突発配信なのにも関わらず、結構な数の視聴者が居た。
この挨拶も今回が初見なのに統一されている。
現代の視聴者は対応力が凄い。
「じゃ、暇だから散歩配信しまーす。コメ返しは気分次第で」
[わーい]
[散歩の時間だー]
[散歩ー]
使い魔型カメラとマイクを出したまま歩き始めた。
実は、私が異世界で配信業をする理由の一つに。
映像や撮影という概念を一般に周知させる、という目的があるのだ。
一応、この世界の未来のために配信をやっている。
「しっかしフォリア監督と深雪さんに会わないな……」
軽く村を見回したが、いつもの女児軍団が影も形もない。
近くの領民さんに聞いてみよう。
「あ、エドさんすいませーん」
「へぇっ!? 令嬢さん、なにか!?」
「フォリアちゃん知りませんか?」
「フォリアって、あの演劇の?」
「はい」
「あー、分からんねぇなぁ……ただ村の中に居るのは確かですぜ」
「そうですか。ありがとうございました。失礼します」
「どういたしやして」
どうやら村に居るのは間違いないらしい。
よし、だったら。
「今日はフォリア監督を探してみるか」
[あの子かww]
[もう面白いw]
[即興演劇させられそうww]
「ま、その前にニャトさん達と合流しに行こう」
[いいね!]
[ニャトって誰?]
[ケットシーの商人]
[へー]
ナターシャは赤レンガ通りを進む。
遠くには人影――ニャトさん含む四人が見える。
近くまで来ると、彼らの状況が分かった。
そこでニャトは、
『フニャニャニャニャー……ニャンニャカニャンニャンニャカニャンニャンニャン――』
「えぇ……」
[wwwwww]
[何あれwwwwww]
[wwwwwwww]
招き猫らしき置物の前で。
葉っぱの付いた木の枝のような物を持って。
くねくねぐるぐると、謎の舞を披露していた。
「な、何してるのー……?」
不思議に思いながらも近づいていく。
次話は6月1日、午後11時~0時です。




