ep9:ナターシャ領主代行、理念を語ったおかげで全ての経営方針が決まる
とりあえず『ユリスタシア領の三倍』という大きさがイマイチ伝わってこないので、分かりやすく例えてもらった。
「具体的に言うとどれくらいの大きさなの?」
『エンシア王国首都、エイルダムが十二個入るほどの大きさです』
「南の農耕地だけで?」
『はい』
「でっか……」
三日掛けても全貌が見えなかった街が十二個分も入るのか。
もう一生野原駆け回って遊べるじゃん。
『ですが一番の問題は、広大な農耕地を貰ったことではありません』
「ええ、そうなのよ」
「そうなの?」
キョトンとした顔であらあらする母を見た。
ママンはこう答える。
「南部の農耕地に、エンシア王国とマグナギア魔導国を繋ぐ線路の一部を作れって言われたの」
「うわぁ……」
一大事業を任されてんじゃん……
でも待って欲しい。
「そう言えばさ。南部農耕地の真下には森林地帯があるよね?」
『そうですね』
「主のスローンなんちゃらとかいう熊さんは倒されたの?」
『では、一帯の状況と経緯を詳しく説明します』
リズールが説明してくれた。
まず、エンシア中央と南東部を分断していた広大な森林地帯があった。
しかし二月辺りに森の主が討伐されて。
人語を解する大狼と協力することにより安全が確保された。
そこで近郊領主が新しい街道を造る計画を発案したんだけど。
マグナギアで『鉄道』という新技術が生み出されたと知り。
王国全土を巻き込んだ一大鉄道網計画に発展したそうだ。
『――以上となります』
「なるほどね」
陸路での物資運送は大変だったみたいだから、まさに夢のような話だったらしい。
リズールは説明を終えて静かになった。
母が話の主導権を取り戻す。
「他にも『エルフォンス教皇国にも鉄道網を繋げる未来を保つため、ユリスタシア領内に良質な魔石の採れるダンジョンを生成せよ』とも言われたのよね。魔王候補なら出来るだろうって」
「ちょっと私のこと過大評価しすぎじゃない?」
「あら、ナターシャちゃんでも難しいことなの……?」
『もしや出来ないことなのですか?』
「いや出来るけどさ」
魔法でちょちょいのちょいですよ。
便利ですよね、魔法って。
「まぁそれはそれとしてだよ。列車の規格とか決まってるの? レール幅とか」
『現在、マグナギアの魔導技師連盟が試作機関車を開発中ですので、その検証結果次第ですね』
「ふーん?」
もう開発段階に入ってるんだ。
まぁうん、この魔導書がウィスタリア&スタンリー作の設計図とか、研究記録を公開しまくったからだろうけどさ。
というか百年前の賢人共、オーパーツじみた魔道具ばっか創ってんだよね。
どうして公開しなかったのか知りたい。
「ちなみに検証結果が分かるのはいつ頃?」
『明日です』
「早いね!?」
スピーディーな開発力に驚いた。
明日の結果次第では即建設に取り掛からなきゃいけないのか。
めっちゃ忙しいじゃん。
「えっと、先に確認するけど、土地の確保は出来てる?」
『リターリス様が既に交渉を終えています。土地を明け渡す条件として、エンシア王国首都・ユリスタシア領中央へと気軽に移動出来るように駅舎を作ることが盛り込まれていますね』
「意外と素直だね南部の人……」
現代では『先祖代々の土地だから』云々で揉めてるのよく見るのに。
いや、父の経営手腕が凄いのかもしれない。
忙しそうにしてたのはそのせいかも。
私も期待に答えるかな。
「分かった、レール幅が決まったら魔法で線路と駅舎を創る感じでいい? 線路を敷く技術とか、修復する技術の習熟とかが必要ならやめとくけど」
『いえ、どちらも魔術での対応が可能ですし、人力保線技術の手順書化と、技術の伝達は既に行いました。魔法で敷設しても問題ないかと』
「そっか。なら気兼ねなく魔法使うね」
『魔法使用の際はお手伝いします』
「うんお願い」
こうして線路・駅舎建設は魔法で行う事が決まった。
すると、二人の話を見守っていた母がナターシャに近づく。
「ねぇねぇナターシャちゃん」
「どしたのお母さん?」
「ユリスタシア領中央の駅舎は、赤レンガ通りの前に建ててね? あの分かれ道の左側よ?」
「うん分かった」
「あとね、建てた駅舎には我が家の紋章を付けるのよ? ユリスタシア家が作ったって皆に伝えないとダメだから」
「はーい」
「それとね――」
どうやら駅舎の建設場所と、必要な作業を教えてくれるようだ。
南部の駅舎は合計で二つ。
街道が集中してる南東と中央に建てるらしい。
馬車が止まれるような広場付きで。
うん、よーく分かった。
「よし、鉄道問題はこれで解決だね」
『そうですね』
「後は……えっと、あれ」
『鉄道敷設後の領地経営・開発方針ですね』
「そうそれ!」
最後の議題として上がったのが、鉄道を敷いたあとの経営方針だ。
まだ未開拓の北部~東部の湿地帯・山河地帯などは放置するとして。
人の流れが活発になる現ユリスタシア領~南部の農耕地には、様々な施設が必要になるだろう。
母も困ったようにため息を漏らす。
「はぁ……そうよね、確かに必要よね。どうしましょう?」
『我が盟主、いい案はありますか?』
「そうだねぇ……」
考え抜いた末にこう答えた。
「……南部に競馬場を作りたい」
「競馬場……!?」
『ほう、なるほど』
驚く二人。
ナターシャは戸惑う。
「だ、ダメかな?」
「いいえ、お母さんは賛成するわ! パパの馬が一番になるところがみたいもの!」
『私も賛成します。南部の農地転用をスムーズに進めるためには、上流階級向けの観光施設が必要ですから』
「よし、じゃあ一つ目が競馬場ね」
『記録しておきます』
南部農耕地に競馬場を作ることになった。
詳細はのちのち決める。
『他に案はありますか?』
「……あ、もういっこ思いついた」
『なんでしょうか?』
「えー、んんっ」
ナターシャは軽く咳払いしてから問いかける。
「魔石採掘用のダンジョンをさ、ユリスタシア村周辺に作るのってあり?」
「ダンジョンを……!?」
『ほう、なるほど』
驚く二人。
なんかさっきも見た光景。
とりあえずアイデアを話す。
「幻想戦争の結界内みたいにさ、致命傷を受けても死なないダンジョンがあって、豪華な攻略報酬があるなら、喜んで魔石集めをやってくれるんじゃないか、って思ったんだ」
「『……』」
二人は食い入るような目で私を見ていた。
ちょっとだけ不安になる。
「……流石に安易かな?」
『いえ、そのまま話を続けて下さい。静かに聞きます』
「わ、分かった」
言われた通りに話を続ける。
「私はここに平等な学校を作りたいって言ったけど、
絶対に貧富の差、才能の差があるんだ。
で、公正に支援するにしても、全員に目を行き届かせるのは難しい。
取りこぼしが起こると思う。
だけど間接的な支援方法――長年の努力が実ったり、
幸運が降りかかる環境を事前に整えておけば、
そういう不遇な学生を少しでも救えると思うんだ。
その具体的な支援方法として、
『良質な魔石の採れる、内部で死んでも地上に戻されるだけで実は死なないダンジョン』
を作りたい。
これなら何度だって挑戦出来るし、戦い慣れれば実力も上がる。
集めた魔石を売ればお金を稼げるし、攻略に使える回復アイテムや、強力な装備を買えば更に強くなれる。
領地内にもいい消費サイクルも生まれると思うんだ。
色んな職業が生まれて、貧困対策になるかもね。
ああもちろん、ダンジョンを攻略出来たら豪華な報酬が貰えるよ。
一攫千金、億万長者も夢じゃない!
学生よさらに強くなれ!
……みたいな感じのダンジョン都市化計画を思いついたんだけど、どうかな?」
問いかけられた二人は、緊張しながらお互いを見合うと。
同意するように、静かにコクコクと頷き。
「お母さんは賛成するわ!」
『私も同意見です』
計画に乗ってきた。
満場一致だ。
思わずビビるナターシャ。
「えっ、批判意見とか欲しいんだけど」
「お母さんには無いわ。だって、ナターシャちゃんが思い描く理想の都市を見たくなっちゃったんだもの!」
『私にもありません。魔力資源の生産と内需の拡大、貧困や格差への対応しつつも、学徒を主軸とした街づくり……領地の経営方針としてこれほど素晴らしい物はありません。このリズール、感服致しました』
「え? え、えへへ……」
そ、そんなに褒められるような物かな?
なんか照れちゃうな。
『では我が盟主、計画に名前を付けて下さい』
「名前……」
名前か……
じゃあ、計画名は――
「――プランS、正式名称は魔天楼計画、なんてどう?」
「うふふ、いい響きね」
『流石は我が盟主です。記録します』
リズールが簡易議事録に記入したことで、プランS――魔天楼計画は正式に承認された。
したがって、経営会議は終了となる。
『会議はこれで終了ですが、ダンジョンを生成地点だけは決めましょう』
「そうね」
「分かった」
三人は村近辺のどこに生成するか議論し、決めるとお互いの職務に戻った。
ガーベリアは書斎で事務作業を行い、リズールはその補佐。
ナターシャは実働部隊として動く。
次話は5月31日、午後11時~0時です。




